第25話:ワインの酔い




 風呂上がり、ネグリジェの上からガウンを着たエレオノーラが私の隣に座る。

 明日は非番のため、今日は夜更かししても問題ない。自分が期待しているだけかもしれないが、エレオノーラも少し浮かれているように見えた。

 隣に座った彼女に、用意していた質問をぶつける。



「ワインはお好きですか?」

「ワイン?」



 首を傾げる彼女に頷き、テーブルに置いておいたワインのボトルを見せる。



「結婚祝いで部下からもらいまして」

「……実はあまりお酒は飲まなくて」



 すまなそうに呟くエレオノーラ。

 ためらうような口調に、ヴィリアント家に長年勤めていたメイドが呟いていた内容を思い出す。「前のご主人様は機嫌が悪くなると、すぐに酒瓶を割ったりして……」と、ため息交じりで言っており、乱暴な主人だと眉をひそめた覚えがある。


 もしかすると彼の所業に嫌気がさし、酒が苦手になってしまったかもしれない。彼女を傷つけてしまったかもしれないと反省し、話題を変えようと口を開くより先に、彼女はボトルを見つめながら言った。



「どこで造られているワインなのですか?」

「確か北部にある国だったと思います。凍ったぶどうを使っているのだとか」

「地域によって味が変わるのですね」

「紅茶と一緒でね」



 エレオノーラが好きな紅茶の話と絡めれば、彼女は花開くように笑う。どうやら興味を示してくれたらしい。「一杯だけどうですか?」と聞けば、「ぜひ」と言ってメイドを呼び出し、準備をしてくれた。







──なぜこんな風になったのか分からない。


 目の前の光景に自分は混乱していた。メイドにワイングラスと、チーズやオリーブなどの簡単なつまみを用意してもらい、二人きりの時間を楽しむ予定だった。もちろんベッドでの行為を期待してなかったかと言えば嘘になる。しかしまさかこんな展開になると思わなかった。


 彼女は頬を上気させ、私の膝の上にまたがっていた。私に頬ずりをし、軽いキスを何度も落とし、「好き」と何度も耳元で囁いた。目がとろんと蕩け、私を見ながら幸せそうに微笑む。全身の血液が爆発してしまいそうだった。


 部下からもらったワインは飲みやすいが、度数が意外と高いことをすっかり忘れていた。「わぁ、おいしい……!」と目をきらきらとさせるエレオノーラがかわいくて、思わず勧めてしまった。つまみも美味しく、話も弾み、夜がどんどん更けていく中で、彼女の呂律がだんだんと回らなくなり、そこでようやく飲ませすぎたかもと気づいた。慌てて水を取りに行こうと立ち上がった瞬間、エレオノーラは私の体をソファに押し倒した。そして今に至る。


 すべて自分の責任である。心の中で詫びながら、彼女のかわいらしいキスの雨や愛の言葉を受け止めた。



「好き、好きです、クライド」

「私も」



 答えれば、彼女の紫の瞳が嬉しそうに細められた。



「きもち、いいです、くらいど」



 うわごとのように呟く彼女のまつげは濡れていた。上気した頬や濡れた紫の瞳。

 興奮という言葉では足りないくらいの衝動が、自身を突き上げていた。彼女の動きがだんだんと速くなる。「すき、すきです」と再び愛の言葉を言いながら、私にキスをねだる。舌を絡ませながら、腰を振る。彼女の口からほのかにワインの香りがして、酔っ払ってしまいそうだった。







「消えてしまいたいです……」



 朝起きた瞬間、彼女はベッドの隅で布団にくるまった。どうやら酒を飲んでも記憶に残るタイプだったらしい。芋虫みたいになっている彼女に苦笑いしながら声をかける。



「体は痛くないですか?」

「大丈夫です……」



 布団から顔を出さず、くぐもった声で答えられた。

全く気にしなくて良いのにと後頭部を掻く。普段はしとやかで上品なエレオノーラが、甘えて好意を何度も伝えてくれたこと。驚きはあったが、とてもかわいらしくて、理性が何度も飛びそうになってしまった。

 布団の上から体を撫でながら呟く。



「朝起きて、貴方の顔を見れないのはさびしいですね……」



 そう言えば、彼女はおずおずと顔だけを覗かせた。まだ恥ずかしさはあるのか顔は真っ赤に染まり、目は泳いでいるが、やっと顔を見せてくれた。すかさず額にキスを落とす。




「おはようございます。今朝は何を食べたいですか?」

「おかゆと、温かいスープを飲みたいです……」



「頭が、痛くて」と付け加える彼女に苦笑する。二日酔いの可能性が高そうだ。胃に優しい食べ物をつくってもらおう。鳥の鳴き声を聞きながら、私は声をかける。



「また一緒に飲みましょう」

「当分は、飲みません」

「おや。それは残念だ」



 からかえば、ちょっとだけ睨まれた。どんな姿でも貴方が好きだから、気にしなくていいんですよ。そう伝えようとしたけれど、また布団にもぐってしまった。恥ずかしさでいっぱいになっている彼女もかわいらしいと、布団の上からぽんぽんと軽く叩く。


 朝の光が部屋の中に差し込んでいた。鳥がのんびりと歌う声と、木々が揺れる音が聞こえた。傍にいる愛しい人に微笑みながら、朝の幸せな時間を味わった。


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