第23話:お披露目パーティ 前編



 

 私は今、ひどい頭痛に悩まされている。



「結婚とはどういうことだ?!」

「あんな手紙1枚出して終わりじゃないだろうな?!」

「相手は誰なんだ?!」



 口々に叫ぶのは、第一騎士団の知人たちである。騎士団の所属年数としては自分が上だが、貴族階級としては彼らの方が上で、大変微妙な関係である。付き合いが長いこともあり、今では遠慮なく話す関係になっていた。


 仕事で色々と配慮をしてくれて助かる部分もあれば、パーティにしつこく誘ってくる迷惑な部分も持ち合わせている。嫌悪まではいかないが、嬉々として付き合いたい相手ではなかった。


 第二騎士団の若い部下たちに結婚報告したときのほうが、よっぽどかわいげがあった。自分のことのように喜んでくれる彼らを思い出しながら、口の中で愚痴る。


 質問攻めされても面倒なので手紙一枚で報告を済ましたら、まさか宿舎まで押しかけてくるとは思わなかった。仕事はどうしたんだ。暇なのか。



「ついにクライドも結婚か~」

「こりゃあれだな!」

「「「お披露目パーティだな!」」」



 嬉しそうに口を揃えた3人を睨む。



「パーティには行かない」

「あ? 何でだ?」

「新しい奥さんを自慢したいだろ?」

「妻の魅力は自分だけが知っていればいい」



 2人は驚いた顔をし、1人はからかうように口笛を吹いた。いちいち反応がめんどくさい。


「いいからパーティするぞ」「招待状、何枚も送ってやるからな」「無視するなよ」と自分勝手なことを次々と言ってくる。「絶対行かない」と何度も拒否をし、全員を帰らすことができたのは1時間後のことだった。





「今日はお仕事どうでした?」

「特に、何もなかったですよ」

「……クライド?」



 突然聞かれて、歯切れの悪い答えをしてしまった。聡い彼女には気づかれてしまったかもしれない。

 せっかくベッドで抱き合いながら会話を楽しんでいたのに、昼間の出来事を思い出してしまった。


「隠し事は、なしですよ」とエレオノーラは笑う。やっぱり気づかれてしまった。夜の部屋でも美しく輝く瞳を見つめながら、昼間あったことを正直に話した。

 話が終わると、彼女は「まぁ」と相づちをうち、おずおずと自身の考えを口にした。



「一度くらい行った方がよろしいかと。そうしないと何度も招待を受けるでしょうし……」

「ただパーティの中には、」



 そこで押し黙ると、彼女は一瞬だけ不思議がったあと、「あぁ」と切なそうに頷いた。またしても察してしまったらしい。

 そう、招待客の大半が、エレオノーラの過去について知っている可能性が高い。私にエレオノーラの過去を話した知人は、生粋の噂好きだ。酒のネタとして話している可能性は大いにある。


 悪意がうずまく貴族の視線の渦に、彼女を巻き込みたくなかった。



「昔のことを言われても私は平気です。身から出た錆ですし、」

「……私が嫌なんです。エレオノーラが傷ついているところを見たくない」

「ふふ、奇遇ですね」



 彼女はまるで猫のように体をすり寄せ、見上げながら言った。



「私も貴方が大変な目に遭うのは、嫌です」



 小首を傾げて、上目遣いで私を見た。普段は凜とした印象を受ける彼女から漏れる、どこか甘えるような声。

 私の妻はなんてかわいいのだろうと、思わず体を抱きしめてしまう。

 ネグリジェの上から背中を撫でれば、ぴくりと体を震わせた。美しくて、かわいらしくて、感度も抜群。自分好みすぎると悶えそうになる。



「エレオノーラ……」



 耳元でささやけば、名を呼び返された。どちらからともなくキスを交わし、夜の甘い時間へと沈み込んでいく。




 *



 パーティ当日の夜。

 ドレス姿になったエレオノーラを見て、自分はさまざまな欲求に苛まれていた。

 まず彼女の姿を誰にも見せたくないという欲求。次にこのまま寝室へ連れて帰りたい欲求。どちらの欲も叶えられないのは分かっているので、心の中で盛大にため息をつく。


 ドレス姿の彼女は、女神のようだった。


 深い夜のような色をしたマーメイドドレス。レースなどの装飾はないが、全身に銀色の刺繍が施されている。彼女が歩くたびに星が流れるようだった。

 貴婦人に人気があると聞いたので、タイトなドレスにしたのだが失敗だったかもしれない。豊満な胸や腰のくびれが強調されてしまっていて、目に毒だ。

 赤く色づいた唇や、まぶたを彩るアイシャドウ。容姿端麗な彼女の魅力をさらに際立たせる化粧が施されている。右目の下のほくろがやけに色っぽい。


 難しい顔をしていたのだろう、エレオノーラが不安げに寄ってきた。

 そっと自分の胸に手を添え、「具合が?」と首を傾げる。耳たぶから垂れる細長い金色のシンプルなピアスが揺れた。あぁこのまま部屋へ行ってしまいたい。



「あまりにも綺麗で、見とれてました」

「……ありがとうございます」



 あまりにも整いすぎて冷たい印象さえ受ける彼女が、自分の言葉に頬を赤らめる。なんてかわいらしく、いじらしいのだろう。抱きしめたい衝動を抑えていると、彼女は自身の胸に手をあてて述べた。



「こちらのドレスありがとうございます」

「気に入りましたか?」

「えぇ、とても」



 幸せそうに微笑む彼女。気に入ってもらえてよかったと、胸をなで下ろす。


 エレオノーラにドレスをプレゼントしたのは、アナベルの質問がきっかけだった。

「2人は結婚式を挙げるのですか?」と軽い気持ちで聞かれたのだ。私はどちらでもよかったので彼女の答えを待っていたところ、「私は挙げないつもりです」ときっぱりと言った。慌てて、「クライドが挙げたいなら……」と気遣うようにこちらを見たが、「私も挙げるつもりはありませんでした」と同調した。


 質問の答えを聞いたサリオンは、「母さん、ウエディングドレスとか着たくないの?」と不満げに口を尖らせる。



「ドレスを買うくらいなら、旅行へ行きたいわ」

「あぁ、いいですね」

「オジさまはエレオノーラ様のドレス姿を見たくないの?!」

「見たくないと言えば嘘になるが……あぁそうだ」



 名案がひらめき、「ドレスをプレゼントさせてください」と言った。「え?」ときょとんとした顔をされる。



「ずっと何かプレゼントしたいと思ってたのです」

「いえ、そんな」

「こないだの家具のお返しもしたいですし」



 さすがに姪と義理の息子の前でベッドの話をするわけにはいかないので、濁しながら説得する。何度かの押し問答のあと、「じゃあ……」とおずおずと頷いた。

 するとアナベルが元気よく手を挙げた。



「私も! 一緒に選びたい!」

「僕もついていっていいですか?」

「これは頼もしい」



「よろしく」と言えば、2人は嬉しそうに喜んだ。「帰りにスイーツのショップでたくさん買ってもらいましょ!」と不穏な言葉も聞こえたような気がしたが、聞こえないフリをした。

 エレオノーラが気まずそうな表情を浮かべていたので、尋ねるように視線を合わせる。



「素敵なドレスをいただいても、あまり着る機会がないような……」

「何を言っているんですか」



 自分は言葉を強めて言う。



「私の前で何度も着ればいいじゃないですか」



 本音をぶつければ、彼女の顔が真っ赤に染まった。その反応に満足な気持ちになる。

 一方でアナベルとサリオンは「このバカップルが……」と何とも生ぬるい視線を送ってきていた。


 そんなことがあり、先日やっと購入したドレスが届いたのだ。

 想像の中でのエレオノーラも素敵だったが、実物は想像を遙かに超えてきた。プレゼントしてよかったと思うと同時に、この姿を他の男に見られたくないなという独占欲が疼く。



「いきましょう、クライド」



 呼びかけられ、腕に手を添えられる。

 せめて会場でこの美しい女神を自慢してやろうと気を取り直し、私たちは馬車へと向かった。


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