第20話:二人が出した答え


 

<第17回 エクレア同盟会議>




「今日は宴ね!」



 王都のあるレストランで、サリオンとわたしは乾杯した。小気味いい音が響き、グラスに入った氷が照明にあたり、きらりと光った。



「ついに……! ついにオジさまとエレオノーラ様が!」

「長かった、本当に長かった……!」



 レモンソーダが入ったグラスを机に強く置きながら、サリオンは絞り出す。

 彼の言葉にわたしは「うんうん」と激しく頷いた。



「まさか30を超えた二人がくっつくのに、あんなに時間かかるなんて……!」

「あの二人は例外だよ」



 びしっと突っ込むサリオン。揚げた芋をつまみながら、わたしは言う。



「でもまさか、お付き合いじゃなくて、結婚するとは思わなかったわ」

「それは僕も意外だったな」



 叔父からエレオノーラ様との結婚を報告された日を思い出す。


 仕事をする彼の傍で、課題をしていた時だった。「エレオノーラ様と結婚することになった」と、さらりと言われたのだ。あまりにも軽い言い方に、理解するまでに数秒かかった。



「え?! ……えっ?! いつの間に?!」

「……君たちは過程を、よく知っているだろう?」



 にっこりと微笑まれてしまい、わたしは「うっ」と声をあげた。

 どの件がバレている?冷や汗をかくわたしの心を見透かしたように、叔父は言った。



「まさかアナベルが窓の外で盗み聞きしたり、祭りで後をつけてきたとは……」

「な、なんで、それを」

「サリオン君とエレオノーラ様から聞いたよ」



 頭を抱えた。全てバレていたとは。「何で言うのよ!」とサリオンに向かって怒りの念を飛ばす。

 わたしは観念して、頭を下げた。



「ごめんなさい、オジさま……!」

「いや、私たちも同じことをしたから……」

「え?」

「ただ私たちは一回しか盗み聞きしていない」

「なに開き直ってんですか?!」



 わたしは声をあげた。

 いつ聞かれたのだろうと記憶を探って、1つ思い浮かんだ。


『星降りの祭り』へ行く数日前、仕事を頼まれた。急に何だろうと疑問を抱いていたが、小遣いがもらえるならと特に気にとめていなかった。盗み聞きするために仕事を頼んできたのかと合点がいくと、睨む視線が鋭くなってしまう。



「叔父として、サリオン君がどんな人物か把握する必要があった」

「なーに正当化してるんですか?! ただ楽しんでいただけでしょう!」

「うっ……アナベルだって何度も盗み聞きしたじゃないか」

「ぐっ……だ、だけど私とサリオンのおかげで、オジさまはエレオノーラ様とお会いできたんですよ?!」



 やいやいとわたしたちの言い合いは続く。

 そしてわたしの返しに、彼は腕組みをし、天井を見上げ、ぼそりと言った。



「……その件は、深く感謝している……」



 目をぱちくりと瞬かせた。先ほどまでの怒りがしゅるしゅると萎んでいく。

 握りしめた拳をゆるめ、口元にあてる。ニヤニヤとゆるむ頬がとまらなかった。



「ふふふ、オジさま、エレオノーラ様のこと大好きなんですね~」

「……あまり大人をからかうな」



 天井からわたしに視線を移し、切れ長の瞳で睨んだ。しかし耳まで真っ赤なので全く怖くない。

 これ以上いじめたら流石にかわいそうかなと思い、テーブルの上に置いてあった教科書を抱えた。「ふふ、そろそろ帰りますね」と教科書を鞄に詰め込み、片手を振った。



「気をつけて」



 先ほどまで照れていた男はどこへいったのだろう。わたしを案じる声は、いつもの頼もしい叔父のものだった。


 かっこよくて、優しくて、周りからの人徳も高い自慢の叔父。


 彼の言葉に頷き、部屋を出て、廊下をスキップしながら帰路につく。



(素敵なオジさまが、世界一幸せになりますように!)



 過去を思い出し、ニヤニヤとするわたし。すると「アナベル……?」とちょっと引いている声が聞こえた。しまった一人で思い出して、一人でニヤニヤしてしまった。1つ咳払いをし、サリオンと一緒に大橋を渡った時のことを思い出しながら、話題を切り替えた。



「あの二人のことを、ランタンにお願いしたのが効いたのかしら?」

「……」



 サリオンの顔が曇る。そして何故かこちらを責めるような目つきをしている。

 何故そんな目線を向けられるのか、思い当たる節が全く思いつかなくて「な、なに」とたじろげば、サリオンはすねたように片頬をついた。



「アナベルはあの二人のことをお願いしたんだね」

「さ、サリオンは違うの?」

「僕は、」



 まっすぐに見据えながら、言った。



「『アナベルと恋人になれますように』ってお願いしたのに」

「……!」



 急な告白に口をパクパクさせてしまう。

 言葉にできず混乱していると、彼の手が伸びてきて、わたしの手を掴んだ。



「ころころ変わる表情も、誰かのために一生懸命になるところも、焼き串をいっぱい食べるところも、全部好きだよ」

「や、焼き串は嬉しくない!」



 恥ずかしさで顔を真っ赤にして叫べば、サリオンは声に出して笑った。



「……返事を聞かせてくれる?」



 首を少しだけ傾げ、ねだるようなサリオンがあまりにもカッコよくて。目線を左右に泳がせたあと、じっと金色の瞳を見つめた。顔が熱い。すごく熱い。体の中のすべての熱が顔に集まっているみたいだ。


 ──うまく答えられるかしら。


 愛しい人の金色の瞳を見つめながら、わたしは口を開いた。







<数日後 王都のあるカフェの一角>



 店の壁際の席で、私とクライドは紅茶片手に神妙な顔をして対峙していた。

 ここは周囲にある他のカフェと比べて単価は少し高めだが、隣の客との距離がほどほどに保たれているところが気に入っていた。今日みたいにあまり人に聞かれたくない時にはうってつけである。客層もよく、品のいいざわめきがカフェに満ちていた。



「……やっと休みが重なりましたね」

「大変でした……」



 大橋の近くで互いの思いを伝え合い、結ばれた私たち。相談の結果、結婚という道を選んだ。当時の記憶を思い出す。その時も今いるカフェに来ていた。



「結婚という形にこだわりはなかったのですが……」



 テーブルの上に置いた指を組み替え、クライドは微笑む。



「この国では財産を共にすることも、子を成すことも、一緒の墓に入ることも、結婚という契約を結んでないといけません」

「はい」

「結婚という選択肢は、未来の選択肢が増えることでもあると思っています」



 クライドは組んでいた指をほどき、テーブルの上に載せていた私の右手に重ねた。そして真剣な声色で言う。



「前にお話した通り、私は大切な人をなくすのが怖い」

「はい……」

「でも今は、大切な人をなくすことに怯えるより、大切な人との未来を夢見たくなった」



 手にこもる力が強くなる。



「私の未来に、エレオノーラ様がいてほしい」

「……!」

「この選択によって苦労することもあるでしょう。だけど貴方となら、その苦労も楽しめると思っています」



 紺色の瞳を細め、愉快そうに笑う。力強い言葉だった。私も微笑みを返す。



「よろしくお願いします」



 そしてめでたく結婚することになった私たちだが、その後、お互いに仕事が舞い込み、対応せざる得なくなった。目が回るような忙しさの中で仕事をこなし、ようやく顔を合わせることができたのは、結婚すると決めてから1ヶ月後のことだった。


 私は紅茶を飲みながら、テーブルの上に置いた紙のメモを見つめる。

 結婚に関する手続きについては先ほど話し合ったため、斜線を引く。次の相談内容は、



「家をどうするかですね……」

「クライド様は宿舎近くの屋敷にお住まいなんですよね」

「はい。兄のツテで譲ってもらいました」

「私がクライド様のお宅に移り住むのは……」



 言いかけて、口をつぐむ。

「エレオノーラ様が領地から離れるのは難しいでしょう」とクライドは気遣う。その通りだったため、「すみません」と素直に頭を下げた。

 ゴーシュが死んでからは、領主はサリオンになっていたが、領地管理しているのは主に私だった。領地を長い間離れてしまうと緊急時に対応できないし、サリオンが1人で仕事を回せるまでは、近くでサポートをしていたかった。


 テーブルに両肘をつき、クライドは指を組みながら問う。



「私がエレオノーラ様のお屋敷に移り住むことは可能ですか?」

「部屋はあるので大丈夫ですが……よろしいのですか?」

「宿舎から馬車で一時間ほどですし、全く問題ないですよ。仕事が溜まったときや、夜遅くなったときは、今の家を使えばいいですし」



 ターンカール領から移らなくていいのは大変ありがたい。私は深々と頭を下げた。「ただ……」とクライドは気まずそうに声を潜める。



「サリオン君の気持ち的に、自分が屋敷に移り住んでいいものかと不安で……。義理の父親といきなり暮らすのはハードルが高いでしょう」

「それなら心配ありません」



 即答したので、クライドは首を傾げた。私は苦笑しながら答える。



「『クライド様に屋敷に来てもらえば?』と嬉しそうに言ってましたから」



 私の言葉に、彼は一瞬だけ呆気にとられ、「それならよかった」と愉快そうに笑った。


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