第2話:姪と息子の同盟結成
「アナベル、なにしかめっ面してるの? またオジさまのこと?」
「うん」
「本当にオジさまが好きね~」と友人はからからと笑い、「じゃあね」と手を振った。友人に手を振り、わたしは再び頬杖をつきながら窓の外を見た。王国の貴族たちが通う「タランティア王立学園」が誇るバラ園が見える。その庭園を眺めながら、昨日、叔父とした会話を思い出していた。
決してキレイとは言えない王国第二騎士団の宿舎。そこで騎士団長として働く叔父は、書類に向かってペンを走らせていた。
隣で学園の課題をやっていたわたしは、すっかり集中力が切れてしまっていた。難しい顔をしている彼に唐突に話しかける。
「ねぇ、オジさまは再婚とか考えてないの?」
「なんだい、やぶから棒に」
「だってオジさまには幸せになってほしいんだもん」
「結婚=幸せというのは安直だと思うが」
わたしの叔父──クライド・ドンフェルセンは、資料から目を離すことなくぶっきらぼうに答える。その答えが気に入らなくて、頬を膨らませた。
「それは分かってるけど! でもいい人探すくらいはしてもいいんじゃない?」
「……もう結婚はいいよ。懲りた」
「前妻のせいで諦めるなんてもったいないよ! とんでもない人だったんでしょ?!」
「……誰から聞いたんだ?」
今度は書類から目を離し、わたしの顔を睨みつけながら問う。「やばい」と内心汗をかいていると、長い指が伸びてきて額を跳ねた。
「痛っ」
「そんなことより自分の心配をした方がいいんじゃないか?」
「うっ」
額を抑えながら口をつぐむ。
幼い頃から国のために働く叔父の姿を見てきたからか、どうもクラスメイトは幼稚に見えてしまう。仲のいい異性の友人は一応いるが、口を開けば流行のファッションや誰かの噂話ばかり。興味がないわたしには、ついていけない話題だった。
難しい顔をしているのを見たのだろう。叔父は顔をほころばせた。その表情に一瞬だけ見惚れる。
目を引くような美形ではないが、切れ長のネイビーの瞳や、高い鼻筋など、端正な顔立ちをしていた。何があっても動じない冷静さと包容力があり、周りからの人徳も高い自慢の叔父。
その穏やかな微笑みに、わたしはため息を心の内でつきながら思った。
(誰か、誰かいないかしら。この素敵なオジさまを幸せにしてくれる人)
わたしは窓の外を見ながら、ふう、と再び息を吐く。
すると後ろの方から話し声が聞こえた。教室にいる全員に聞かせてやろうと悪意を感じるような大きな声。会話の内容が嫌でも耳に入ってきて、眉をひそめた。
「サリオンのやつ、気にくわねぇよな」
「調子のってるよ」
陰口だった。噂の相手は、サリオン・ヴィリアント。クラスメイトである。
サリオンはクラスの中では一目置かれた存在だった。
長い前髪のせいで瞳が隠れてしまっているが、よく見ると整った顔をしているらしい。さらに成績、実技ともに優秀で、勤勉。教師からも愛されている。自らコミュニケーションをとるタイプではないが、困っている人がいれば必ず手を差し伸べる。
同グループの友人がうっとりとした顔で語っていた内容を思い出す。あまり興味がなかったため、「ふーん」とだけ返したら睨まれてしまった。
クラスの女子のほとんどから好意的な目線を向けられているサリオン。承認欲求が強い男たちからしたら嫉妬しかないだろう。
教室を見渡せば、他のクラスメイトたちも不快そうに眉を寄せている。陰口を叩くことでマイナスイメージを植え付けさせたいのだろうが、まったくもって逆効果だと気づかないのだろうか。
クラスメイトの嫌悪感は伝わってくるが、注意する者はいない。
噂話をしている彼らは子爵家のグループであり、サリオンは男爵家だ。カースト的に下位にあたる。「学園内では社会的身分や経済的地位によって差別されてはならない」と規則では決まっているものの、やはり貴族階級による序列はある。
窓際の席で頬杖をつきながら、叔父のクライドについて考えていたのに、すっかり興が削がれてしまった。もう帰ろうと立ち上がった時に、聞き捨てならないセリフが聞こえてきた。
「しかもアイツ、マザコンなんだぜ」
「マジか、気持ちわりぃ」
胃から何か熱いものが込み上げるのが分かった。
ひったくるように鞄を持ち、コツコツとローファーの踵を踏み鳴らしながら、噂の出所へと歩いていく。「な、なんだよ」とたじろぐ男どもの近くの机を、バン!と思い切り叩いた。しん、と教室内が沈黙に包まれる。
「ウダウダうるさいわよ! やり方がダッサイわ!」
わたしが怒鳴ったのと、教室のドアが開いたのはほぼ同時だった。
立っていたのは先ほどまで噂の中心になっていたサリオンだった。異様な雰囲気に目を丸くし、こちらに近づいてくる。
「……何かあった?」
「なんもねーよ!」
男たちは叫ぶように言い、逃げ出した。あんな得意げに噂話をしていたのに、いざ本人が現れたら尻尾を巻いて逃げるのか。その情けない後ろ姿に、唾でも吐きたい気持ちを抑えながら睨みつける。
サリオンは少しだけ寂しげな微笑みを浮かべながら口を開いた。
「ありがとう」
「……別に貴方のためじゃないわ。わたしがムカついたから怒っただけよ」
腕組みをして横を向く。
大きなトラブルにならなかったのを安心したのか、教室にはざわめきが戻り始めてきた。
『マザコンなんだぜ』と先ほどの言葉が蘇り、またふつふつと怒りが湧き上がった。独り言のように愚痴を吐く。
「家族のことが好きで何が悪いのよ。きっとアイツら、わたしの話を聞いたら『オジコン』って馬鹿にしてくるんだわ。考えるだけで腹立つ!」
「オジコン?」
「えぇ。すっごく素敵な人なのに、女運がない叔父のことよ」
急にサリオンの気配が変わった気がした。彼の方へと顔を向けると、長い前髪の向こう側から金色の瞳が大きく見開いているのが見えた。何かを期待するような光を放っている。
心臓が跳ねると同時に、サリオンは再び口を開く。決して声量があるわけではないが、よく通る、いい声だった。
「急にごめん。今日、時間ある?」
*
(この状況は何かしら……)
学園には整備されたバラ園がある。中央には噴水があり、その周りでは種類が違うバラが一年中楽しめるようになっている。
バラ園にはテラス席が点在しており、ランチタイムには人気スポットになる。今は授業が終わったからか生徒はまばらだった。
ちょうど人目隠れる場所の席に連れてこられたため、怪訝な顔になってしまう。「そこに座って」と促され素直に座ったとき、彼の真剣な表情を見て、ひとつの可能性が浮かんだ。
(もしかして、告白とか……?)
嬉しいよりも困惑の方が勝ってしまう。クラスでも人気なサリオンのことだ。彼から告白されたとなれば女子からの顰蹙を買ってしまうだろう。ドロドロとした醜い争いに巻き込まれるのは勘弁して欲しかった。
サリオンは形のいい唇を開く。こうなれば先手必勝だ!と命令が走り、自分も口を開いた。
「ごめん!」
「叔父さんって独身?」
「「……え?」」
間抜けな声が重なってしまった。
彼は当然、なぜ謝られたのかわからないという顔をしている。先ほどまで考えていた妄想が浮かび上がり、わたしは恥ずかしさで穴に入りたくなった。ぶんぶんと両手を振り、「何でもない! 何でもないから!」と否定する。サリオンは首を傾げながらも、ひとまず頷いてくれた。
「……で、オジさまのことかしら?」
「うん」
「疑問だけ答えると、今は独身よ」
「なるほど」
「……なんで?」
次はわたしが疑問をぶつける番だった。なぜ彼が、叔父の伴侶の有無を気にしているのだろう。見当が全くつかない。
サリオンはバツの悪そうな顔をし、少しだけ顔を近づけてきた。きれいな顔が急に近づいて、心臓がひとつ大きく鳴った。
そして密やかな声で言う。
「母さんの再婚相手にどうかな、って」
「えっ、でもご主人は?」
「最近、死んだんだ」
「そ、そうなの?」
そういえば最近、学園を欠席していたなと記憶が蘇った。
葬式だったのかと納得し、お悔やみの言葉を言おうとしたら、片手でひらりと制された。
「あぁいいんだ。死んでもいい親父だったから」
天気の話をするかのように軽く言うので驚いてしまう。
自分が父親を亡くしたら……想像だけで胸がはり裂けそうだった。きっと三日は眠れないに違いない。
わたしの悲痛な顔を見て、サリオンは申し訳なさそうに言葉を続けた。
「ごめん、君にだって家族がいるのに」
「……ううん、家族の形はそれぞれだもの」
「ありがとう。親父がそんなんだったから、母さんずっと苦労しててさ。誰かいい人を見つけて幸せになってほしいって思うんだよ」
「オジさまのことを知りたい理由は分かったわ。でも、お母様の気持ちは? 再婚したい気持ちはあるの?」
「……正直、分からない」
サリオンは泣きそうな顔で笑う。
「自分がいくら『いい人見つけたら?』と言っても、『自分にはそんな資格がない』って言うんだ。あのクソ親父の代わりに15年以上も領地発展のために頑張って、お金だってやりくりして、忙しかったはずなのに俺との時間も確保してくれてさ。自分のことなんて、いっつも後回しで……」
事実と彼の気持ちがいっしょくたになって、要領を得なかったが、わたしは黙って耳を澄ませていた。せきを切ったように彼の語りは続く。
「再婚って形が母さんの幸せに繋がるかは、正直わからない。でも何かしらの人生の分岐点になると思うんだ。母さんが誰よりも頑張ってきたこと、自分は一番近くで見てきたから……報われてほしいと思ってる」
「……って、ごめん」と謝ったサリオンの顔が、わたしの顔を見てぎょっとした。
彼の独白を聞いているうちに、頬に流れる熱いものを感じていた。
「すっっっごく分かるわ!!!!!」
勢いに任せてサリオンの手を両手で握りしめる。急に大声を出したわたしに、彼は「う、うん?」と頷いた。
「私のオジさまもね! そうなの! 国のために一生懸命に働いていてね、部下にも民にも人徳があるのに……。一度とんでもない女と結婚したせいでね、『もう結婚はいい』って諦めてて! あんな結婚、事故みたいなものなのに!」
誰にも話せない心の叫びがどんどん溢れてきて止まらなくなった。
「『仕事だけできれば十分幸せ』って言うんだけど、大切な人と一緒にいる未来を捨ててしまっていいの?って思うの。しかもあの女のせいで!」
「……そんなにひどい奥さんだったのか?」
「詳しくは知らないし、話してもらえないんだけど。でもオジさまの反応や周りの人の証言からして、ろくでもなかったのは間違いないと思うわ」
「そうなんだ……」
サリオンはしんみりとした口調で言う。
もしかすると自分の母親と、叔父の境遇を重ね合わせているのかもしれない。
握りしめた手に力を入れ、私は明るく言った。
「サリオンの案に賛成するわ。2人を引き合わせましょう!」
サリオンの瞳が再びきらきら輝く。わたしたちは見つめ合い、一度だけ大きく頷いた。
彼と心が1つになった瞬間だった。
そこから1時間ほど作戦会議をした。
具体的な場所や日時が決まり、バラ園がオレンジ色に染まる頃、やりきった顔で立ち上がった。
「ふふ、同盟ね」
「そうだね」
「せっかくだし名前をつけましょう!」
「名前?」
「うん、エレオノーラ様とクライド叔父さまでしょ……エレクラ……エクレラ……」
ぶつぶつと名前を繋ぎ合わせていると、大好きなお菓子が頭にポンっと浮かんだ。
「エクレア! 『エクレア同盟』にしましょう!」
「なんだかお腹が空きそうな名前だなぁ」
のんびりと言って笑う。
こうして、わたしとサリオンによる『エクレア同盟』が結成されたのだった。
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