穴子
カラスヤマ
第1話
「恐がらないで。大丈夫だから」
「…あなたは……神様?」
「違うよ。僕は、人間。君と一緒だよ」
「人間…?」
「うん。君の手紙、ちゃんと穴の底まで届いてたよ」
ごめんね。手紙は全部、食べちゃったんだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「……………」
穴の底。
地獄に落ちてくる手紙を今日も僕はぼんやりと見ていた。その白い手紙は、天使のようにキラキラ光輝いていた。
僕の隣に立つオヤジ。背が低くて子供のようだった。歯がほとんどなくて、薬のせいでひどく痩せていた。
「上に住む奴等は、俺達のことなんかゴミ程度にしか思っていないよ」
「………僕達は、ゴミですか?」
「あぁ…。俺もお前もゴミだ。上の連中からしたらな! 二度と地上には出れない。この地獄で腐って死ぬだけ。だから、な? 変な期待をするな。もう絶望するのはお前も嫌だろ? 大人しく、静かに暮らそう。そうすれば、何の問題も起きない」
僕と同じこの黒い穴の住人であるオヤジが、同情するように僕の肩を叩いた。
昔、罪人だけが住む島があると聞いたことがある。ここは、その『穴』版だ。
罪を犯した者が、放り込まれた巨大な奈落。僕達は、その罪人の子孫。
穴を掘り進め、見つけた鉱石を地上の奴等に売りさばき、食料などを得て生活してきた僕ら。
それでもお腹が満たされたことは生きてきて一度もないし。陽の光がほとんど射さず、病気にもかかりやすく、治りにくい。
正直、いつ死んでもおかしくなかった。
「さぁ、寝よう……。夢の中だけ、俺達は人間でいられるからな。ほら、これはお前の分。話し相手になってくれた礼だ」
「………」
静かに笑った優しいオヤジから受け取った青い錠剤。これを飲めば自分の命を犠牲にして、束の間の夢を見ることが出来る。
薬を飲んだオヤジは、フラフラとここよりもさらに暗い穴の底に消えていった。
僕は、落ちて泥水に沈んだ手紙を見つめ、左手で砕いた薬をその泥水に投げ入れた。
次の日ーー。
「……………」
赤い泡を吐いて、折れ曲がって死んでいるオヤジを発見した。その表情は苦しそうで、悪夢を見ながら死んでいったことが分かった。
周りの奴等は、そのオヤジの体を錆びたドラム缶に強引に押し入れ、穴の真下に持っていき、火を付けた。
罪人の死を知らせることで、上から特別な物資が支給される。安物ではなく、貴重な食べ物や衣服。
どうしてそんなことを上の連中がするのか……。理解出来ないし、理解する気もない。
僕の手に乗る小さなビスケットとチョコレート板。これが、僕とオヤジのすべてになってしまった。悲しいというより、悔しかった。
穴の真下。すぐに僕以外、誰もいなくなった。穴を見上げているとまた手紙が落ちてきた。
無意識にその紙を手に取る。
読んだのは、これが初めてだった。
中身を覗くと、可愛い字でこう書かれていた。
『穴神様。穴神様。どうか、わたしの願いを叶えてください。欲しいオモチャがあるんです。今度の私の誕生日にください。お願いします!!』
手紙を持つ手が震えた。
「………はは…」
僕達は、何も知らない上の奴から神様扱いされているのか?
こんな薄汚れて、憐れな神様なんているかよ……。
言葉に出来ない悔しさ。気づいたら、その手紙を丸めて口の中に入れていた。
涙が溢れて溢れて、止まらなかった。
甘い。噛んだ手紙からは花の香りがした。
冷静になるとすべてが馬鹿馬鹿しく思えてきて。
この地獄から這い出ようとしない、人間になることを諦めた僕達に上の連中を恨む資格はない。
「……………」
今日は、やけに穴の入口が大きく感じる。
定期的に穴に降りてくる鉱石を運ぶカゴ車。僕は、鉱石と鉱石の間にチョコレートの薄紙に書いた手紙を忍ばせた。
きっとこの手紙は上の連中に破られ、足で踏みつけられ、燃やされ、投げられ、捨てられるだろう。
それでも僕は、何度でも何度でも手紙を書いて地上に届ける。
僕という存在を少女に知らせたかった。この地獄で生きていることを。
だから、
「必ず、この地獄から出る」
穴を見つめる小さな人影に僕は初めて微笑んだ。
穴子 カラスヤマ @3004082
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