姫様の身代わりで貴族学園に通う事になった従者の俺が、大英雄に担ぎ上げられるまで ~悪辣公女の婚約者候補殲滅計画~

前森コウセイ

第1話 1

「――ビトゥン殿。おまえ達の身勝手な振る舞い、もはや見過ごすわけにはいかないわ!」


 教室に響く俺のよく通る声に、クラスの女生徒達が示しを合わせたようにうなずいた。


 一方、指摘された当人――ダッグス・ビトゥンは顔を怒りで真っ赤に染めて、教壇から階上席の俺を見上げてくる。


 とはいえヤツは所詮は子爵家の次男で、今の俺は肩書だけならエルディオン大公家の公女殿下だ。


 ダッグスは教壇の上で拳を握り締めながらも、深く吐息して怒りを吐き出す。


「――シャルロット様……」


 と、押し殺した声で呼びかけてきやがるから、俺は鼻を鳴らしてその言葉を遮る。


「まー! 不敬だわ! たかだか子爵家があたくしの名を呼ぶというの!?」


 俺の言葉に乗っかって、女生徒達がヒソヒソとダッグスを批難し始める。


「――これだから下位貴族は……」


「しかもあの方、次男なのでしょう? それで偉そうに御家の名前を振りかざすなんて……」


「――殿下に取り入って、ご自身が偉くなったと勘違いなさってるのよ」


 ご令嬢方は自身もまた厳しく礼儀作法を躾けられている為、それがなっていない者には辛辣で容赦がない。


 貴族たるもの、礼儀作法はできて当たり前。


 できない者は侮られても仕方ないという暗黙の了解があるのだ。


 ……ヒソヒソ……クスクス……


 ――女って怖え……


 俺がダッグスの立場だったら、とっくに心が折られて泣いて詫びを入れてるぞ。


 だが、ヤツにはそういった――羞恥心などの概念を持ち合わせていなかったようだ。


 代わりとばかりに搭載された、巨大過ぎる自尊心を振るって、奴は怒声を張り上げる。


「――黙れ、女供! サイベルト殿下の茶会に呼んでやるという事の、なにが不満なのだ!」


 教壇にダッグスの拳が振り下ろされ、教室内に響いた打撃音に女生徒達は息を呑んで身を竦める。


 静まり返った教室に、ダッグスの荒い鼻息だけがやたら大きく聞こえた。


 実の父親にだって、あんな風に声を荒げられた事がないであろう女生徒達は、すっかり怯えてしまっているようだ。


 だから、俺はあえて靴音高く鳴らして、一歩を踏み出す。


「……それがわかってないから、あたくしはおまえを否定しているのだけれど、脳筋殿下は飼ってる犬まで脳筋なのね」


 腕組みして顔を上に逸し、見下ろすように哂ってやる。


「おまえ達サイベルト派の側近達は、殿下の茶会と称してはクラスの女生徒をかき集め、どれだけの女を集められたか自慢し合っているそうね?」


「……ぐっ、それは……」


 俺に事実を指摘されて、ダッグスがたじろいだ。


 それこそが――この騒動のそもそもの原因だ。


 連日のように強引に呼び出されては、楽しくもない殿下達の自慢話に付き合わされて、女生徒達はすっかり参っていた。


 第二皇子シルベルト殿下と第三王子サイベルト殿下が皇太子の座を巡って権勢を競い合っている昨今の宮廷情勢の中で、こうもサイベルト殿下主宰の茶会にばかり参加していては自分だけではなく、御家までもがそちらの派閥に付いたと思われるかもしれない。


 帝国中の王侯貴族の子息令嬢が集められたこの学園は、いわば宮中の縮図のようなもの。


 始めからサイベルト派に付いている御家の子ならいざしらず、そうではない令嬢達は今の状況に困り果てているんだ。


「――おまえ達は女を勲章かなにかと勘違いしているのかしら?

 華を愛でる事すら満足にできず、ただ数を集めて誇るだけならば、女衒に頼んで娼婦でも呼べば良いのだわ」


 ――おまえらの相手など娼婦で十分。


 そういう皮肉を込めて言ってやれば、ダッグスは理解できなかったのか、不思議そうな表情を浮かべる。


 俺はさらに一歩を踏み出し。


「まー! どうしようかしら。おつむが筋肉でできたおサルさんには、あたくしの言葉が伝わらないみたい!」


 あえてダッグスに背を向けて、教室の壁際で怯える女生徒達を見回して、声高く告げてやる。


 ――紳士はいつでもユーモアを忘れず、淑女はいつでも微笑みを。


 敬愛する師匠の教えだ。


 青くなっていたみんなの表情が緩み、かすかながらも笑みが浮かぶのがわかった。


「……だから、そうね」


 俺も笑みを浮かべてうなずきながら、さらにもう一歩を進めながらクルリと身を回す。


 それで俺とダッグスの間には、教壇を残すのみとなった。


 俺は振り返る動作そのままに、右足を振り上げる。


「――あたくしがバカ犬を躾けてあげるわ!」


 教室に乾いた破裂音が響いて、床に固定された教壇の上半分が吹っ飛んだ。


「――ヒィっ!?」


 駆け抜けた衝撃にビビり散らかしたダッグスは、黒板に背をぶつけて尻もちをつく。


「な、ななな……」


「まー! 情けない。これでサイベルト殿下の側近――未来の近衛気取りなのだから笑わせるわね!」


 砕けて上半分を失くした教壇を回り込み、俺は床にへたり込んだダッグスのそばまで歩み寄ると、腰を折ってその顔を覗き込んだ。


「ほら、どうするの? 今なら泣いて謝れば赦してあげるわよ?」 


 これは俺なりの慈悲だ。


 所詮こいつだって、サイベルト殿下に気に入られたくて必死だっただけ。


 ……やり方はともかくとして――主人を喜ばせたいという気持ちは、俺にだってよくわかる。


 だからこそ、この場で、こいつだけの責任で収める道を示してやったわけなんだが……


「――ふざけるな……」


 ダッグスは呻いて顔を上げると、噛み付くような勢いで咆えた。


「――ふざけるな! オレは殿下の騎士だぞ!? 貴様に――女に下げる頭など持ち合わせていない!」


 どうやらこいつは俺とは違って、主人より自尊心の方が大事らしい。


 ……ダメだな、こいつは。


 俺は溜息を吐いて上体を起こす。


「……ならどうするの? 飼い犬らしくご主人サマに泣きつくのかしら?」


 俺はダッグスを見下ろし、淑女の仕草で口元に手をあてて、煽るようにクスクスと哂ってみせる。


 図星だったようで、ダッグスの顔が怒りで真っ赤に染まった。


「まー! タコみたいね。知ってる? タコ。

 茹でると今のおまえみたいに、赤くなるのよ?」


 さらに煽れば、ダッグスはようやく決定的な一言を口にした。


「オレは騎士だ! だから貴様に――兵騎での決闘を申し込む!」


 女生徒達が再び息を呑み、教室内に緊張が走る。


 教師より御家の立場が上の者が多い学園では、生徒同士の揉め事を解決する手段として、決闘が用いられる。


 その内容はいくつかあるのだが、兵騎による決闘もそのうちのひとつだ。


 俺が怯むと思ったのだろうか。


 ヤツは立ち上がると、腰に手を当てて勝ち誇ったようないやらしい笑みを浮かべて俺を見下ろした。


 だが、それこそ俺の望むところだ。


「淑女に決闘を申し込むなんて、本当に見下げ果てた騎士サマね」


 俺の呆れ混じりの言葉に、女生徒達が声を揃えて批判を口にする。


「やかましい! そうやって逃げようというのか?

 ――そうだな、今なら泣いて詫びれば取り下げてやっても良いぞ」


 よっぽどさっきの俺の言葉が癪に障ったのか、一切の捻りもなくそのまま返してくるダッグス。


 ――こいつは……


 その顔をひどく満足げで。


 だからこそ、俺はこいつのその笑顔を無茶苦茶に叩き潰してやりたくなった。


 ――あろうことか、シャルロット・エルディオンに頭を下げさせようとするとは!


「……良いわ。その決闘、受けてあげる……」


 俺は怒りに震えそうになる声を押し殺して、ダッグスの顔に微笑みを向ける。


「ただし、戦うのはウチのいぬよ」


 さすがに淑女が直接決闘を行うのは外聞が良くないという事で、女生徒は代理人による決闘が認められているんだ。


 俺は目を細めてダッグスを見上げ――


「――犬がきゃんきゃん吠えかかってくるのだもの。

 ウチの番犬に相手をさせるのは当然よね?」


 まさか受けると思っていなかったのか、ダッグスがわずかにたじろいだ。


「――な、ならばこの後、決闘場で勝負だ! 後悔させてやるからな!」


 そう告げて、足早に教室を去って行く。


「まー! 去り際まで犬のようだわ!」


 驚き顔で言って見せれば、教室に残された女生徒達は賛同するように、コロコロと笑い出した。


 ――なにはともあれ、ここまでは姫様のご指示通りだ。


 女生徒達の歓声に笑顔を返しつつ、俺は上手く事が進んだことに安堵した。

 

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