無意識の報い
岡部龍海
無意識の報い
直人はどこにでもいるような大学生だった。
周囲からは無害で穏やかな性格と思われていたが、内面では自分の行動を深く考えることを避け、「仕方ない」「そんなものだ」と自分を正当化する癖がついていた。そ
んなある日の朝、大学へ向かう途中で、ふと足元で何かを踏みつけた感触を覚えた。
目を凝らしてみると、それはアリだった。直人は「あ、アリか」と呟くと、そのまま気に留めずに歩き出した。
「こんな小さなもの、気にしても仕方ない」いつものようにそう自分に言い聞かせて。
その日は特に何事もなく過ぎ、直人は家に帰ると食事を取り、いつも通り眠りについた。
しかしそのまま直人は奇妙な夢を見た。
夢の中、直人は見知らぬ世界に立っていた。
薄暗い霧が漂い、地面には色鮮やかな花々が咲き乱れている。
だが、それらの花には不気味な目がついているように見えた。「ここはどこだ?」と辺りを見回す直人の前に、無数の小さな生き物たちが現れた。
アリ、ハエ、カマキリ、そして小さな花の芽それらは直人がこれまでに無意識に踏み潰したり、切り取ったりしてきた存在だった。
霧の中から重々しい声が響いた。
「あなたがこれまでに消してきた命の声を聞きなさい。彼らが満足するまで、ここを出ることは許されません。」
最初に現れたのは、昼間踏みつけたアリだった。
アリは直人を見上げて、小さな声で問いかけた。
「なぜ、私たちがそこにいると気づかなかったのか?」
「気づかなかったんだ。ただそれだけだよ」
と直人は答えた。
しかしアリは怯むことなく言葉を続けた。
「気づかないことで命を奪うことが許されるのか?」
直人は返答に窮し、初めて自分の無意識な行動が持つ重みに向き合わされる。
次に現れたのは、小学生の頃に無造作に引き抜いた花の芽だった。
「あの日、なぜ私を引き抜いたの?」
花の芽は柔らかい声で尋ねた。
「その頃はただ楽しかったから……深く考えてなかった」と直人は思い出すように答えた。
すると芽は悲しげに首を振り、
「私はまだ咲く未来があった」と語った。
すると直人の周囲に幻影が広がった。芽が成長し、花を咲かせ、虫たちが集い、命が循環する光景。それを見た直人の胸は締め付けられるような痛みに襲われた。
最後に現れたのは、これまで直人が殺してきた無数のハエたちだった。
彼らは一斉に「私たちはただそこにいただけだ」と叫び声を上げる。
その声は次第に巨大な波となり、直人を飲み込んでいった。
直人は耳を塞ぎ目を周りがシワだらけになるほど強くギュッと瞑りながら必死に謝罪を繰り返したが、その声は体の中から聞こえてくるので、耳を塞いでいる意味もなく、途絶えることなく続いた。
目を瞑っているのに見える波の中の光と闇が複雑に混合したようなメチャクチャな世界、そこにはたびたびカブトムシやクワガタムシ、バッタなどが見えた。直人はその生き物たちを見るたびに過去に自分の手で虫籠に入れて放置して、もしくは面白がって溺れさせたり挟んでみたりと、死なせてしまった光景が次々と蘇る。
「もう十分だ……俺は自分の行動に責任を取るつもりだ、許してくれ!」と叫んだが、命たちの声は無情にも彼を許さなかった。
直人はこのままじゃダメだと思い。
「お前らなんか死んじゃえ!」思いついたかのように言い拳を適当に振りまくった。
すると急にメチャクチャな波、声は消え、薄暗く霧が漂う世界に戻った。
「ついに言ったな。」
霧の中から重々しい声と、強い口調の言葉が響いたかと思うと段々と霧が晴れてくる。
「お前用の真の楽園を見せてあげよう」
そこにはいっぱいの赤や黄色などの花に紛れて直人自身が花の芽になっていた。
何がなんだかわからなくなっていた直人は、それを見て言った。
「ここが楽園……」
その瞬間地響きが聞こえ、黒い影が見えたと思ったら、あっという間に周りの花たちが大きな影に引っこ抜かれていった。
「助けて!」とみんなが叫ぶが、足が無いため逃げられない。
そしてついに花の芽の目(直人)掛けて指が迫ってくる。
しかし、その瞬間周りの植物たちは急に全員無口になり、それはまるで一人裏切られたかのように眺められているようだった。
芽の目(直人)は引っこ抜かれ、投げ捨てられた。
湿った土が少しついて無様な姿になった花の芽(直人)はぼそっと言った。
「ひどい……」
「ひどいのはどっちだ?私たちが満足するまでとことん付き合ってもらうからな。」
直人は今も目を覚ますことなく夢の中で報いを受けているんだとか。
無意識の報い 岡部龍海 @ryukai_okabe
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