第33話 お化けこわい

 むかしむかし、最果ての国の王ベールギランは己の力に溺れ、周辺国を武力により次々と制圧。更に力を増し、ルドシア大陸北西部にその勢力を拡大していきました。

 ベールギラン王とその軍は暴虐の限りを尽くします。戦う力を持たない平民に対しても、殺戮、略奪、強姦を繰り返し、ひとかけらの慈悲も見せませんでした。

 征服した国の王族を鏖殺し、逆らう貴族たちも容赦なく粛清し続けたベールギラン王は「狂王」と恐れられ、近隣国はいつ攻め込まれるのか戦々恐々の日々を送ることになりました。


 ベールギラン王が侵略を始めてから三十年が経った頃、近隣国とその同盟国は連合軍を結成し、一致団結して狂王とその軍に立ち向かいます。総勢二百万にのぼる軍勢の戦いは三年続き、半数以上が命を落としました。累々と横たわる死体と流れ出る血で戦場は穢れ、広範囲に渡って草木も生えない「死の大地」へと変わってしまいました。


 「死の大地」では聖職者による聖別を施されずに死んだ者が「食屍鬼」へと変貌し、恨みを晴らすべくベールギラン王へと向かいます。広大だった支配領域は食屍鬼によって次第に汚染され、深刻な食糧難に陥りました。


 いくら強大な軍でも、空腹では力を発揮出来ません。狂王の軍は元々半数以下に減っていましたが、食屍鬼の攻勢で更にその数が失われます。逆に食屍鬼の数はどんどん増えていきました。


 食糧難、大幅な軍の縮小、増え続ける食屍鬼……。ベールギラン王は遂に城へ追い込まれ、城の周囲を埋め尽くす食屍鬼を眺めながら、昼間なのに真っ暗に曇った空を眺めました。


「死を司る神よ、我に死の軍勢を操る力を授けよ!」


 そう言うと同時に、ベールギラン王は自らの胸に剣を突き立て、その傷口に手を捻じ込んで自分の心臓を掴みだし天に捧げました。

 心臓は黒い靄に包まれて消え、ベールギラン王の死体と城を取り巻く食屍鬼の群れも、同時に消えました。


 こうして「死霊王」が生まれ、今も虎視眈々と現世を滅ぼす機会を窺っているのです。





*****





「……という話を昔読んだ」


 レスタリア遺跡とは逆方向、森の出口へ向かってひた走りながら、プルクラがジガンとアウリに向かって告げる。ルカインはプルクラの肩に掴まり、振り落とされないよう必死なので話を聞くどころではない。


「急に昔話が始まったから何かと思ったぜ」

「プルクラ様は色んなお話を読んでいらっしゃいますね」

「だから、お化けこわい」

「「え?」」


 鋼棘蠍にも怯まず向かっていくプルクラなのに、お化けが怖い?


「えーと、つまり霊系が苦手ということでしょうか?」

「……ん」

「でも、プルクラが読んだのは作り話だろ?」

「お父さんは実話って言ってた」

「おぅ……」


 作り話でお化けが苦手なんて可愛い所もあるんだな、と思ったジガンだが、ニーグラムによれば実話らしい。


「普通、殺せば死ぬ。でもお化けは死なないでしょ?」


 殴っても斬っても攻撃が効かない理不尽さが怖いらしい。


「神殿で“聖化”した武器なら効くって言うけどな」

「そうなのっ!?」


 ジガンの言葉にプルクラが食いついた。倒せるなら怖くなくなる。神殿でなくても良いが、資格を持つ神官が儀式を行うことで、武器に聖の属性を付与出来る。ジガンは自分が聞いた話をプルクラに伝えた。ただ、自分では試したことはないということも付け加えた。


「私も聞いたことがあります。 “聖化”した武器以外では倒せない、と」

「神官の中には戦える奴もいるらしいぞ?」

「へぇー!」


 森を出たら“聖化”した武器を手に入れて、改めてレスタリア遺跡を攻略しよう。ちゃんと効く武器が手に入るまで、お化けはお断り。そうしよう。

 プルクラはそんな風に考えていたのだが――。


「なぁ、おかしくねぇか?」

「これだけ走れば、もうとっくに森を抜けている筈です」


 往路とは違いかなりの速度で走っている。ジガンとアウリが言うように、もう森から出ていてもおかしくない。


「魔獣もいない」


 三人は徐々に速度を緩め、やがて立ち止まる。


「……鳥や虫の声も聞こえません」

「つまりどういうこった?」


 アウリが首を傾げながら「分かりません」と答えた。

 プルクラが後ろを振り返り「ひっ」と息を呑んだ。ジガンとアウリも振り返る。


「あれは……」

「レスタリア遺跡、でしょうか」


 木々の隙間、霧の向こうに石柱が見えた。かなり離れたと思ったのに、殆ど移動していないことになる。


「幻覚魔法にゃ」

「「「え?」」」

「あの怪しい奴が幻覚魔法を使ってるにゃ。真っ直ぐ進んでるように思わせて、同じところをぐるぐる回っていたのにゃ」

「……魔術じゃなくて魔法、なのか?」

「そうにゃ。あれは人間じゃにゃいから」


 ルカインが教えてくれたが、安心出来る材料が一つもない。


「ルカ、あれは死霊王?」

「違うにゃ。死霊王っていうのは、食屍鬼の大軍勢を率いるマジでヤバい奴にゃ。あれは魔術師の成れの果て。“霊魔”なのにゃ」

「“聖化”した武器以外で倒せる?」


 今倒せるか倒せないか、それが最も重要である。


「プルクラくらいの魔力があれば倒せるけど、プルクラは戦えにゃいにゃ?」

「やり方教えて」

「武器に魔力を流して――ってどこ行くにゃ!?」


 武器に魔力を流すのは得意だ。肩に乗っていたルカインをジガンに放り投げ、プルクラは“霊魔”に向かって走り出した。怖がらせてくれたお返しをしなければならない。

 アウリとジガンも後を追うが、プルクラはあっという間に“霊魔”の傍にいた。


「んにゃっ!? もうあんな所にいるにゃ!?」


 プルクラが全く戦わないので、ルカインは彼女のことを魔力が多いだけで戦えない魔力バカだと思っていた。


「あれでも本気出してねぇよな?」

「ええ。プルクラ様が本気を出せば見えませんから。駄猫はプルクラ様が戦えないと思っていたのですか?」

「にゃ、そうにゃ」

「そんなだから駄猫と呼ばれるのです」

「そう呼ぶのアウリだけにゃっ!?」


 “霊魔”は近付いたプルクラに炎の槍を連射していた。空中で待機している炎槍が多過ぎてとても数える気になれない。それが怒涛の勢いで襲い掛かっているが、プルクラはひょいひょいと躱して“霊魔”に肉薄した。

 鞘から抜いた黒刀が青白い光を放つ。黒竜の爪から作られた刀は、それ自体が壊れることを気にせずいくらでも魔力を流すことが出来る。


 “霊魔”が怯えた様に凄まじい速さで後退を始めた。槍より速い炎矢が雨あられとプルクラに降り注ぐ。


「『オービチェ障壁』」


 躱すのが面倒になったプルクラは、障壁を張って“霊魔”を追う。炎が効かないと見た“霊魔”が氷や岩の攻撃に切り替えるが、プルクラはもう目前に迫っていた。

 近くで見た“霊魔”は、ぼろぼろになった魔術師のローブを纏い、フードの奥に二つの赤い光点が窺えた。実体がないので表情は分からないが、動きが雑になったことから焦りのようなものを感じる。


 刀の間合いに入ったプルクラは、瞬間的に身体強化を五十倍に引き上げ、“霊魔”の後ろに回り込む。そして首らしき辺りを黒刀で横に薙いだ。

 その瞬間、青白い閃光が迸る。“霊魔”の魔力体が爆散したのだ。


 ジガンとアウリ、そしてジガンの腕の中にいたルカインは閃光に思わず目を閉じる。次に目を開けた時は、プルクラがすぐ傍に立っていた。


「距離があって、刀が光ってたから辛うじて見えたな」

「あそこで後ろに回れば敵は完全に見失うでしょうね」

「アウリをまねっこしたけど上手く出来なかった」


 感想と反省を三人が述べる中、ルカインは爆散してまだきらきらと青い粒子が舞っている“霊魔”が居た場所と、プルクラを交互に見て口をはくはくと開け閉めしている。


「にゃんで三人とも落ち着いてるにゃ!? “霊魔”が爆散したにゃ!」

「ん? 駄目だった?」

「駄目じゃにゃいけど普通じゃにゃいのにゃ! よっぽどでかい魔力を叩きつけにゃいと、あんな風ににゃらないのにゃ!」

「まぁ、プルクラだからなぁ」

「ええ、プルクラ様ですし」


 ルカインは、目を真ん丸に、口を半開きにして固まった。そのままジガンの腕からプルクラが抱き上げる。


「“霊魔”って魔石ない?」

「あそこに何か落ちてますよ?」


 様子を見に行くと、舞っていた青い粒子が一か所に集まり、拳大の魔石に変わっていた。


「でっかい」

「でかいな。鋼棘蠍よりでかいんじゃねぇ?」

「さすがプルクラ様です」


 魔石を拡張袋に入れて、三人とまだ固まっている一匹は遺跡を離れた。





「あぁぁあああっ!?」

「ど、どうした!?」

「プルクラ様!?」

「にゃっ!?」


 ブルンクスの街へ無事戻り討採組合の前まで来て、プルクラが突然頭を抱えた。


「“至竜石”、探すの忘れてた」

「そんなことか、脅かすなよ……」

「一番大事なこと」


 そんなこと扱いされたプルクラがジガンを睨む。


「今日は遅いですから、また明日にでも行ってみますか?」

「ん……その前に“聖化”した武器欲しい」


 また霊系と遭遇した時に備えたい。プルクラは余程お化けが怖いらしい。


「“聖化”武器……ブルンクスの神殿では無理かもしれません。大きな街なら確実ですが」


 明日神殿に行って尋ねてみましょう、とアウリが提案し、プルクラもそれを承諾した。


「依頼の報告、しよ」


 ジガンが扉を開ける。夕刻なので中は討採者がかなり多い。ひくっ、とプルクラの顔が引き攣った。


「プルクラ様。私が報告してくるので、ジガン様とお待ちいただけますか?」

「いいの?」

「もちろんです」


 プルクラとジガンは、討採者証と魔石をアウリに預けた。アウリが建物の中に入っていくのを見送る。


「にゃぁプルクラ」

「ん?」

「“至竜石”を探してるにゃ?」

「ん……見付かればいいなって思ってる」


 プルクラは茜色の空に目を向けながら答えた。“至竜石”は旅の目的の一つではあるが、それに固執する気はない。


「ルカは“至竜石”知ってる?」

「“至竜石”を見付けて、プルクラはどうする気にゃ?」


 ルカインはプルクラの問いには答えず、質問で返した。


「まだ分からない。取り込めるなら取り込むかもしれないし、そのままお父さんにあげるかも」

「お父さん?」

「ん。お父さんがもっと強くなったら嬉しい」


 あれ以上強くなってどうすんだよ、と隣で話を聞いているジガンは思った。


「“至竜石”は、いつもあるわけじゃにゃいのにゃ」

「「え?」」


 重要そうなことを言っているのだが、締まりのない喋り方のせいで何とも気が抜けてしまう。


「“至竜石”を持つに相応しい者が現れたら生まれるんにゃ」

「……生まれたら分かる?」

「適合する者は、自然と導かれるのにゃ」


 そう言えば、お父さんもそんなことを言っていた気がする。シドル湖の底に沈んだ遺跡に導かれたようだった、と。


「じゃあ、探しても意味ない?」

「そうとも言えにゃいにゃ。“至竜石”に相応しい者が現れても、それを求めないことだってあるにゃ。そうすると別の適合者に権利が移るにゃ」

「適合者はいっぱいいる……?」


 どうやら“至竜石”を取り込めるのは、“相応しい者”だけではないようだ。


「それほど多くはにゃい。でも、悪用する奴がいるかもしれにゃい」

「悪用する奴も適合する可能性があるってのか?」

「そうにゃ。今までもそういうことがあった…………気がするにゃ」


 プルクラとジガンががくっと転びそうになった。真面目な話だと思って聞いていたのに、最後に「気がする」と言われれば力も抜ける。


「ま、まぁ、今まで通り気長に探せばいいんじゃねぇか?」

「ん。そうする」

「それでいいにゃ」


 ルカインが何故か得意げな顔になっているのが少し苛立たしい。知っていることがあるなら全部教えてくれればいいのに、とプルクラは思った。だが、無理に聞き出すつもりはない。ルカインが教えてもいいと思えば、そのうち教えてくれるだろう。


「お待たせしました!」


 アウリが革袋を掲げながら戻ってきた。それぞれに討採者証を返し、革袋を渡す。革袋には依頼達成の報酬と、討伐した魔石を売却したお金が入っていた。アウリはそれぞれが倒した魔獣の魔石をきっちりと分けて清算してくれていた。


「おー。意外と多いな」

「馬頭を倒しましたからね。道中の魔獣の分は大したことないんですけど」

「アウリ? 何か多い気がする」

「“霊魔”の魔石だけで大金貨二枚です。受付のベリンダさんがびっくりしてましたよ」


 レスタリア遺跡の魔獣調査という依頼はしっかり達成し、“霊魔”というかなり厄介な敵を倒したことで非常に感謝されたそうだ。

 初めて受託した依頼を無事達成した充実感を胸に、プルクラたちはレンダルの家に帰るのだった。

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