第31話 幸運を齎す猫(自称)

 遺跡。そこには夢と浪漫がある。プルクラが読んだ物語には、そんな風に書かれていた。


『レスタリア遺跡に最近住み着いた魔獣の調査』


 そう書かれた依頼書をじぃっと見ながら、アウリが首を傾げる。


「討伐じゃなくて調査なのですか?」

「本当は討伐していただきたいんですけど、何やら強い魔獣もいるらしくて。場合によっては騎士団の派遣を要請するので、その前に調査が必要なんです」


 アウリの問いに、討採組合の受付職員、ベリンダが答えた。


「なるほど。それでは討伐しても問題ないのですね?」

「問題はないですけど、無理をしては駄目ですよ」

「ええ、心得ています」


 さっきから期待のこもった目で依頼書とアウリの顔を交互に見ているプルクラの様子を見れば、この依頼を断るという選択肢はアウリになかった。


「プルクラ様、この依頼を受けてもよろしいでしょうか?」

「んっ!」


 プルクラが前のめりで肯定の返事をして、この依頼を受託することになった。





 レスタリア遺跡とは、ブルンクスから南西に二十ケメルほど離れた森の中にある古い遺跡である。その森は更に二十ケメル以上続き、やがてリーデンシア王国との国境であるイージレンド大河に行き当たる。


「ジガン、どうやって遺跡に行く?」


 プルクラとアウリなら身体強化で走れば半刻もかからない距離だが、ジガンに無理をさせれば痩せてしまうと学習したプルクラは、移動手段をジガンに委ねた。


「あー、それくらいなら走ってもいいぞ? 楽ばっかりしてると体が鈍るからな」

「ほんとにだいじょぶ?」

「ああ。半刻くらいなら大丈夫だ……そんな不安そうな顔するな」


 プルクラが眉間に皺を寄せて見上げるので、ジガンは顔を背けて返事した。

 これじゃあ娘に心配される父親じゃねぇか。俺はまだ独身だし、結婚も諦めてねぇ!


「レンダル様に報告して、出発は明日にしましょう」

「ん」


 討採組合を出てからブルンクスの街をしばらく散策し、レンダルの家に戻った。レンダルは出掛けた時と同じ場所でまだぶつぶつと呟いていたので、プルクラは少し心配になるのだった。


 レンダルにきちんと食事を摂らせ、レスタリア遺跡の調査に行くことを告げた翌朝。三人はブルンクスの南門から出発した。南に真っ直ぐ街道が伸びており、途中から西に折れてしばらく進み、また南へ行くという道程だ。


「準備いい?」

「はい!」

「ああ」


 今回は身体強化三倍で走る。半刻程度で目的地に着く予定だ。

 街道を歩く農民や商人、荷車や六つ脚驢馬、八つ脚水牛を追い抜きながら、最初の西へ曲がる交差点を通りがかった時――。


「にゃぁぁぁ……」


 何やら弱々しい鳴き声がして、プルクラが足を止めた。合わせてジガンとアウリも止まる。


「どうした、プルクラ」

「何かありましたか?」

「ん、鳴き声がした」


 すぃっと周りを見渡すと、交差点の角に一抱えありそうな木箱が置いてある。


「に、にゃぁぁぁ……」


 三人は顔を見合わせた。鳴き声は木箱からで間違いなさそうだ。そろりそろりと木箱に近付く。


「気を付けろ、罠かもしれん」

「ん」


 ある程度近付くと、木箱には蓋がされておらず、上から中の様子が見えた。何やら青灰色の毛色をした生き物が見える。


「プルクラ様。木箱に何か書いてあります」

「ん?」


 アウリに指摘され、木箱の側面に掛かれた文言に目を向けた。


『お金持ちで優しい方、どうかこの可愛い猫ちゃんを拾ってください』


 文言を読み取った三人が顔を合わせる。


「金持ちを指定するってどういうことだ?」

「お金が掛かる?」

「……あざといです。とてもあざとい匂いがします」


 プルクラが木箱の中身に視線を移すと、片方の前足を箱の縁に掛け、じぃっとこちらを見つめている金色の瞳と目が合った。何やら期待のこもった眼差しに思える。プルクラは脇の下に両手を差し入れ、その猫を抱き上げた

 青灰色の毛は艶々として触り心地が抜群だ。みょーんと伸びた体は、顎の下からお腹の下辺りまでの毛が白い。手足も白い靴下を履いているようだ。暴れることもなく、まるで見定めるような目でプルクラに視線を固定している。


「……猫?」

「猫だな」

「普通の猫に見えますね」

「でも、ちょっと変」


 腕を伸ばして猫を空中に掲げたまま、プルクラが首を傾げる。


「変?」

「何かおかしいのですか?」

「ん。魔力がすごく多い」


 プルクラには、父と似た金色の魔力をこの猫が放出しているのが視えた。魔力量は膨大と言っても良いくらいだ。ニーグラム程ではないが、自分に匹敵するかもしれないと思った。


 プルクラは、その猫をそっと木箱に戻した。


「お、拾わねぇんだな」

「ん。何だか面倒な予感がする」


 そう言って踵を返すと、木箱の中で猫が立ち上がった。文字通り、後ろ足で。


「ちょっと待つにゃ! こんな可愛い猫を拾わないなんてどうかしてるにゃ!」


 猫が突然喋ったので、立ち去ろうとしていた三人が同時にびくっと固まった。


「喋った」

「……俺にも聞こえた」

「プルクラ様、早く行きましょう。気のせいです」


 振り返って確かめようとするプルクラを、アウリが押し止める。


「厄介事の臭いがします」

「失礼にゃ! ウチは幸運をもたらす妖精にゃ!」


 プルクラが肩越しにそっと見てみると、立ち上がった猫が前足で腕組みしていた。“妖精”という言葉にうずうずする。黒竜の森でも“妖精”など見たことがない。


「自分で“幸運をもたらす”なんて言う奴に碌な奴はいねぇ」

「奇遇ですね、ジガン様。私もそう思います」

「幸運をもたらすのに、捨てられたの?」


 プルクラが猫に話し掛けてしまい、ジガンとアウリは天を仰いだ。


「それは聞くも涙、語るも涙にゃ」

「簡潔に言うと?」

「貧乏なあるじから逃げて来たのにゃ」


 どこに涙の要素があるのだろう、とプルクラが小首を傾げる。そんなプルクラを逃すまいと、猫が事情を語る。自称“妖精”のこの猫は誰にでも見えるものではないらしい。主になる資格を持つ者だけが見えるそうだ。

 前の主は近くの村に住む少女で、その家族には猫が見えなかった。あまり裕福な家ではなく、少女は自分の食事から猫に餌を与えていた。そのせいで少女がどんどん痩せてしまったらしい。それが見るに堪えず、猫は少女のもとから逃げ出したのだそうだ。


「ジガン。主になる資格があるって」

「いや、お前もだろ!? アウリにも見えてるじゃねぇか!」

「私には、何のことかさっぱり」


 プルクラが猫の主にジガンを推し、アウリは逃げた。


「駄目にゃ! 主はお前にゃ!」


 猫はびしっとプルクラを指差した。猫なのに器用だな、とプルクラは思った。人間の言葉を話している時点で猫ではないのだが。それにしても“主”と言う割には態度が大きい。


「プルクラ」

「なんにゃ?」

「名前。“お前”じゃない」

「プルクラ、プルクラ……いい名前にゃ。ウチはルカイン。ルカイン・にゃーバンクライドにゃ」

「ん。ルカイン、元気でね」


 プルクラは、ジガンとアウリを促してその場を立ち去ろうとする。


「待つにゃ!? 今のは完全に“主”になる流れだったにゃ!」

「……お金持ちじゃないし、優しくもない」

「いえ、プルクラ様は下手な貴族よりお金持ちですし、誰よりもお優しいです」

「アウリ、それは今言うことじゃねぇだろ……」

「あ……」


 アウリの言葉を聞いたルカインが勝ち誇ったような顔になる。


「ほらほら! やっぱりプルクラが新しい主にゃ」

「……拒否権は?」

「にゃい!」


 主になることを拒否も出来ないなんて、絶対に幸運をもたらす妖精じゃない。物語に出て来る妖精は、こんなにずけずけした感じじゃなかった。悪戯好きだったり、ちょっとした贈り物をくれたりするけれど、基本的に人目を憚ってこそこそしていた。


「ねぇ、あの木箱は前の主が用意したの?」

「……そうにゃ」

「逃げ出したんじゃなくて捨てられたんじゃねぇかっ!」


 前の主である少女を気遣って自ら去ったような口ぶりであったが、実際には捨てられたのであった。木箱に掛かれた文言から、ルカインを持て余していたことが推測出来る。


「はぁー。ルカ、お腹空いてる?」

「ルカ!? あぁ、ぺこぺこにゃ」

「プルクラ様、捨て猫に餌付けをしてはいけません」

「置いて行っても勝手に付いて来そう」

「当然にゃ!」


 プルクラは、自分の拡張袋から薄切り肉とトマーロ、ラクチュカを挟んだパンを取り出し、半分に割ってルカインに与えた。それをルカインが受け取った瞬間、プルクラの手とルカインの前足が金色に光った。


「にゃにゃにゃ!? 主従契約が成立したのにゃ!? 適当に煽てて集ろうと思っただけだったのに!」


 ルカインにとっても想定外だったようで、本音が漏れていた。三人がじっとりとした目でルカインを見る。


「じょ、冗談にゃ。ちゃんとプルクラを主として敬うつもりだったにゃ」

「全くもって信用ならねぇ」

「大丈夫です。プルクラ様に失礼なことをしたら、私が輪切りにします」


 アウリのひんやりした視線に、ルカインがぷるぷる震えた。


「ルカ、とにかくそれを食べて」

「あ、はいにゃ」

「食べたら出発」


 もぐもぐもぐもぐ、と前足を器用に使ってサンドウィッチを食べるルカイン。黙っていれば普通の可愛い猫に見えなくもない。水筒を差し出せば、それも前足だけで掴んで器用に飲む。


「とっても美味かったにゃ!」

「アウリが作った。アウリにお礼言って」

「アウリ、ありがとにゃ!」


 素直に礼を言うルカインに、アウリは口の端を引き攣らせる。


「プルクラ様が仕方なくお許しになったのです。迷惑を掛けたら即処分します」

「……面倒が増えたな」


 こうして、“妖精”ルカイン・ナーバンクライドが強引に仲間に加わった。





 思わぬ所で時間を食ってしまったが、三人と一匹(?)はレスタリア遺跡がある森の手前までやって来た。


「にゃーにゃー、どこに行くのにゃ?」


 ルカインがプルクラの脚をてしてしと叩いて尋ねる。


「レスタリア遺跡」

「……あそこは止めといた方がいいにゃ」

「何で?」

「嫌な雰囲気がするにゃ」

「ふーん」


 ルカインと話しながらもずんずん進むプルクラたち。


「ここは忠告を聞いて引き返すところにゃ!!」

「嫌なら付いて来なくていいぞ?」

「そのままどこかへ行っても良いと思います」


 ジガンとアウリが冷たくあしらう。ルカインは二人に向かって「シャアー!」と威嚇を放ち、プルクラの肩に登った。


「プルクラはあいつらみたいに冷たくないにゃ」

「……ルカ、邪魔」


 ルカインが衝撃を受けた顔になる。文句を言おうとプルクラを見ると、彼女は森の方を睨んでいた。


「何か来る。ルカ、降りて」


 森の木々が揺れ、何かがこちらへ近付いていた。ルカインはすぐさまプルクラの肩から降りて距離を取る。

 ハーフドワーフのディベルトから買った剣をアウリが拡張袋から取り出し、ジガンに渡した。アウリも腰の後ろに差している自分の短剣を構える。


「プルクラ様、私にお任せください」


 アウリがプルクラより前に出た。


「俺にも少し試し斬りさせてくれ」


 アウリの左にジガンが並ぶ。


 この依頼を受託する際、二人はプルクラに頼んでいた。出来る限り自分たちにも戦わせて欲しい、と。

 依頼の内容は魔獣の「調査」だが、三人とも「討伐」するつもりで来ている。プルクラの場合、父が“至竜石”を見つけたのが湖底の遺跡だったのを覚えていて、レスタリア遺跡で“至竜石”を探してみたいと思っていた。探索を邪魔する魔獣は排除する気満々である。


 アウリとジガンは、これまでプルクラの戦いを見てきて危機感を抱いた。放っておけば、自分が倒した方が早いと言って全部プルクラが突っ込んで行きそうだ。アウリは従者として、戦闘面でもプルクラの役に立ちたかった。ジガンは、娘と言っても良い年頃の女の子にばかり戦わせるのが居た堪れないのであった。


 木々の揺れが激しくなり、何か重たいものが移動する音も大きくなる。木々の間から現れたのは、焦げ茶色の体色をした人型の魔獣。体高は三メトル、筋肉が異常に発達している。上腕がプルクラの腰回りくらいありそうだ。巨大な石斧を持ち、邪魔な木を軽々と叩き折っている。

 最大の特徴は首から上。馬にそっくりな頭部を持っていた。ただし、目が血走り、顔面には太い血管が網目状に浮いている。


馬頭めずか。珍しいな」

「あら。怖気づきましたか?」

「ふん。抜かせ」


 森から出て来た馬頭は四匹。プルクラたちを認めると、馬とは似ても似つかない咆哮を上げて一斉にこちらへ突進してきた。

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