第29話 剣、購入

 海の幸を満喫したプルクラたちは、ジガンの剣を買うために武具屋に向かうことになった。王都では懇意にしていた鍛冶屋や武具屋はないとジガンが胸を張って宣言したので、討採組合に行ってお勧めを聞いてみることにした。


 王都シャーライネンは広大なので、討採組合の支部が五つもある。中央に一つ、東西南北に一つずつである。このうち中央支部はリーデンシア王国内にある支部全てを統括しており、討採者が出入りする支部ではないらしい。

 良い剣を取り扱っている店の情報さえ手に入れば良いので、一番近い北支部へ向かうことになった。


 到着した北支部の前でジガンが二人に尋ねる。


「俺が聞いてくるから、二人はここで待っとくか?」

「どうしますか、プルクラ様?」


 インクライの討採組合でじろじろ見られたことを思い出し、プルクラはこくこくと頷いた。


「待ってる」

「じゃ、ちょっと聞いてくる」


 プルクラは通りに背を向け、建物の方に顔を向けた。アウリはそんなプルクラを人目から庇うよう後ろに立つ。


 ジガンにはどんな剣が似合うだろう? 折れてしまった剣には愛着があったのだろうか? 同じような剣が良いのか?

 剣の師匠なのだから、かっこよくて強そうな剣を持って欲しい。出来れば、自分とお揃いで黒い刀身、ジガンは魔力が少ないから魔力が通りやすい素材が良い。とは言え、使う本人が気に入ることが一番大事だ。ジガンの戦い方を考えると、丈夫な素材が良いのだろうか。


 建物の壁をぼーっと眺めながらそんなことを考えていると、ジガンが戻ってきた。


「待たせたな。いくつか聞いたから、近い所から行ってみよう」

「ん」

「はい」


 討採組合北支部から程近い武具屋に足を運んだ。そこは討採者御用達とも言うべき店らしい。剣や槍といった武器だけでなく防具や各種道具類も揃う大きな店だ。そこで長剣が並んでいる場所を見て、ジガンが小さな声で呟いた。


「駄目だな」


 三人で店を出てから、プルクラはジガンに尋ねた。


「何が駄目だった?」

「ありゃ全部、鋳造の量産品だ。すぐ駄目になる」


 ジガンによれば、最低限鍛造でないと買う意味がないと言う。予備で持っている剣が鋳造の量産品だからである。


「なるほど」


 二軒目は騎士ご用達の店で、しかも剣専門だった。一本一本が丁寧に展示されており、迂闊に触れない雰囲気である。


「駄目だ」


 またジガンが呟き、急ぎ足で店を出た。


「無駄な装飾が多い。剣は飾るもんじゃねぇ」

「なるほど」


 三軒目は鍛冶屋だった。打ち上がった剣も置いてある。ジガンの目が、これまでで一番真剣になった。壁に掛けられた剣を一本ずつじっくり吟味し、やがて一本の剣の前で止まった。


「親父さん。これ、ちょっと振ってみてもいいか?」

「……裏に回ってくれ」


 ジガンが選んだのは、刀身が僅かに青みがかった長剣。刀身はもちろん柄や鍔にも一切の飾り気がない、無骨な剣だった。


 愛想のない店主の後ろをぞろぞろと付いていく。鍛冶場の手前に扉があり、そこから裏庭に出ることが出来た。藁束が置かれた切り株がある。


「試していいぞ」

「ああ」


 店主から剣を受け取り、少し離れて軽く振るジガン。何度か振ると口の端が上がった。


「悪くねぇ」

「ふん」


 ジガンの言い方が気に食わないのか、店主が鼻で笑った。


「こいつを切ってもいいのか?」


 ジガンが藁束を差しながら尋ねる。


「ああ。その為に置いてんだ」

「分かった」


 切り株の前に立ったジガンは、正眼に構えて藁束を睨んだ。しゅっ、と微かな音がする。


「ふぅ」


 ジガンが息を吐くと、藁束の上部が斜めにずれ落ちた。それを見た店主が目を丸くする。


「……いい腕だ」

「いや、剣がいいんだよ」


 柄を目の高さに掲げ、そこから切っ先まで刀身を確認しながらジガンが答えた。店主は照れたように頭をがしがしと掻いている。


「ジガン、ちょっと見せて」

「こいつに見せていいか?」


 ジガンが店主に了承を得てからプルクラに剣を渡した。


「何か気になるのか?」

「魔力の通りを見る」

「魔力の通り?」

「ん」

「そんなもん、今まで気にしたことないぞ?」


 ジガンの言葉に、プルクラが愕然とした顔をした。


「……魔力を通すと何倍も鋭さが増す」

「え、そうなの?」


 ジガンは店主の方を向いて尋ねる。


「……坊主の言う通りだ」

「あー、親父さん。こいつは女だ」

「なにっ!?」


 今度は店主が愕然とした顔になり、プルクラをまじまじと見つめる。


「……お嬢ちゃん、すまねぇ。失礼なことを言っちまった」

「ん、許す」

「ところで、本当に魔力を通すと鋭くなるのか?」

「そうだ。より多くの魔力を流せば、より鋭く、よりしなやかになる」


 ほぇー、とジガンが感心したような声を上げた。


「この剣は凄く魔力の通りがいい。ジガンにぴったり」

「そうか?」

「ん」

「お嬢ちゃん、見る目あるな」

「えへへ」


 店主に褒められたプルクラが頬を染めて照れた。


「俺はディベルト。ドワーフと人間の混血だ。こう見えて、ここで八十年近く剣を打ってる。だが、魔力の通りの良さに気付いたのはお嬢ちゃんが初めてだ」


 ディベルトと名乗った店主はプルクラに手を差し出した。プルクラがその手を握り返した。


「プルクラ。ジガンの弟子」

「そうか。剣が必要になったら言ってくれ」

「ん」


 剣を買うのはジガンなのだが、置いてけぼりである。ただ、正確にはプルクラがお金を出すので、ディベルトの接客態度は正しいと言える。


「ジガン、その剣でいい?」

「ああ。俺には勿体ねぇくらいだ」

「勿体なくない。ジガンにぴったり」


 プルクラが先程の言葉を繰り返す。よく理解できないものの、ジガンも頷きを返した。


「ディベルト、これを買う。鞘ある?」

「あるぞ」


 またぞろぞろと店内に引き返した。ディベルトが店の奥から黒一色の鞘を持ってくる。


「これがその剣の鞘だ」


 ジガンが鞘を受け取って剣を納めた。


「ディベルト、いくら?」

「大金貨一枚と金貨五枚だ」

「だ、大金貨!?」


 ジガンが金額に驚いて大声を上げた。


「ちょっと待て、プルクラ。前の剣は金貨三枚だったんだ。これは高過ぎる」

「アウリ?」

「決して高くありません。剣の出来を考えれば安いくらいです」

「お嬢ちゃんも見る目があるな」

「ディベルト様、申し遅れました。アウリと申します」

「お嬢ちゃんも剣が必要ならいつでも言ってくれ」

「ありがとうございます」


 アウリがにっこりと笑って返事をした。


「いや、しかし」

「アウリ?」

「はい、プルクラ様。……ディベルト様、こちらをどうぞ」


 アウリが革袋から大金貨と金貨を取り出し、ディベルトに渡した。


「確かに受け取った。いや、今日はいい日だ。俺の剣を認めてくれる客に買ってもらえるのが一番嬉しい」

「ん。ディベルトはとっても腕のいい鍛冶屋」

「良い店と巡り合えましたね」


 ディベルトとプルクラ、アウリが和気藹々と話す中、剣を使う本人であるジガンは蚊帳の外であった。

 現役の騎士時代を含め、大金貨に値する剣を所有したことなどない。折れてしまった前の剣が一番高かった。これ、腰に佩いてて大丈夫? 盗まれない? こんな高い剣を買ってもらって、これからどんな無茶な要求があるのだろう?


「ジガン、帰ろ?」

「あ? ああ、そうだな」


 ジガンが勝手に戦々恐々として慄いていると、プルクラから声を掛けられた。上の空でディベルトに別れの挨拶をし、三人で店から出るのだった。





*****





 その頃、討採組合インクライ支部では――。


「だから知らねぇって言ってんだろうが!」


 支部長室でレブロ・ダーマスが吼えていた。


「別にぃ、取って食おうって訳じゃないんだからさぁ。行き先くらい教えてくれたっていいじゃない?」


 支部長の対面で長椅子に座っているのは、淡い桃色の髪を長く伸ばした少女。見た目はプルクラよりも幼く見えた。しかし、その赤い瞳は獲物を見付けた獣のように爛々と光っている。

 少女に後ろには、濃い紫色の髪を短く刈った筋骨隆々の大男と、魔術師のローブを纏い、鍔の広い三角帽子を目深に被った女が立っている。


「会ってみたいのよぉ。鋼棘蠍を一人で討伐したっていう、プルクラって女の子に」


 桃髪の少女が、舌なめずりしながら口にする。視線はレブロ支部長から片時も離れない。


「あのなぁファシオ。仮に知ってたとしても討採者の情報を漏らす訳がねぇだろう?」

「んもう、釣れないわねぇ。私と支部長の仲じゃない」

「どんな仲だよっ!? お前とそんな仲になった覚えはねぇぞ!」


 くっくっく、と桃髪の少女――ファシオが口の端を吊り上げて笑いを漏らす。


「まぁいいわぁ。本当にその子が強いんなら、近いうちに会えるでしょ。さ、行くわよ。ダルガ、オルガ」


 大男――ダルガと、魔術師――オルガに声を掛け、ファシオは挨拶もせず支部長室を出る。


「まったく、困ったもんだ……」


 残されたレブロ支部長が独り言ちた。

 ファシオ、ダルガ、オルガは三人とも白金級討採者で、文句のつけようのない実績を上げている。討伐に王国騎士団の二個中隊が必要な魔獣を幾度も三人で討伐してきた。だが、同じ討採者からの評判は頗る悪い。人の獲物を横取りする、狩場を独占するなどはまだ序の口で、見込みのある新人に「指導」の名目で模擬戦を持ちかけて大怪我を負わせたり、挙句の果てには人目のない所で殺したという噂まである。


「ジガンがいれば大丈夫だと思うが」


 ジガンは銀級だが、実力は金級かそれ以上だとレブロ支部長は思っている。本人が等級を上げたくないと固辞した為、昇級が見送られたに過ぎないのだ。ジガンを師匠と呼ぶプルクラも昇級を断ったので、師弟で似たのかと内心驚いたものだった。


「あの子には潰れて欲しくねぇなぁ……」


 応接室の長椅子に、ちんまりと座っていたプルクラを思い出しながら呟く。小柄で、良く見ると大変に可愛らしい少女。単独で鋼棘蠍を討伐したというのは未だに信じていないが、仲間想いの良い子だと思えた。


 討採者をする以上、討採者同士のいざこざはどうしても起こる。ただ、質の悪い白金級から目を付けられるなんてことは滅多にない。


 せめてこの支部に顔を出してくれれば警告が出来るんだが。


 支部長室で、レブロは重い溜息を吐くのだった。





*****





 その頃、ツベンデル帝国の某所では――。


 オーデンセンの街に魔獣誘引機を仕掛けたガレイ・リーガルド男爵とその部下たちは、その夜街の南方四ケメルの草地へと秘密裏に飛来した帝国の魔導飛空艇によって回収され、帰還していた。


 ここは帝国の“養成所”の中でも、比較的新しい北西部に作られたもの。そこには“研究所”が併設されている。四つある研究棟のうち最大の一棟に、ガレイ・リーガルドが呼び出されていた。呼び出したのはケルダン・ベルグレイ子爵。この研究施設の所長である。


「ベルグレイ所長、仰せにより罷り越しました」


 間諜部部長で男爵位を持つガレイ・リーガルドよりもケルダン・ベルグレイの爵位が高い。そのため恭しい態度をとっているが、内心では馬鹿にしていた。研究所に所属する職員は戦闘力が乏しく、敵と戦う前線に立つことがない。それは所長のベルグレイも同じだ。

 帝国軍人たるもの、敵をより多く屠ることが一番の誉れだと考えるリーガルドは、戦闘に参加しない研究職を下に見ているのだった。


「ああ、リーガルド部長。忙しいところ済まないね」


 こちらへ、という言葉と共にベルグレイが歩き出す。一体何の用だ、と訝しみながらリーガルドは付いていく。やがて研究棟の最奥にある巨大な扉の前に着いた。


「この中の物は研究所でも一部の者しか知らない。作戦上必要だから君に見せるが、当面の間は他言無用だよ」

「畏まりました」


 勿体ぶらずに早く見せろ、とリーガルドは胸の内で毒づく。扉の横にある凹みにベルグレイが手を翳すと、少し遅れて重い扉がゆっくりと開き始めた。


「これは……」


 予想以上に明るく、広々とした場所で何人もの白衣を着た職員が忙しなく行き交っている。そしてその中心には、リーガルドが初めて見る魔導具が四つ床に鎮座し、更に同じ形に見える物が四つ、空中に静止していた。

 合計八つの魔導具は四つで一組のようで、魔導具から迸る明るい紫色の光線が縦に長い長方形を形作っていた。つまり空中に長方形が二つある。


 巨大な障壁だろうか。それとも新しい武器?


「ベルグレイ所長、これは何でしょう?」

「これはね、転送の魔導具だよ」


 二つの長方形は対になっており、片方から入ってもう片方から出ることが出来る、とベルグレイが説明する。


「なっ!? それでは、任意の場所に軍を送れるのですか!?」

「いや、残念ながら今のところそれは出来ない。この“転送門”は、かなり大きな魔力を持ったものしか通ることが出来ないんだ」


 “転送”には通過する者の魔力が必要で、数十メトル程度の距離なら余程魔力が少ない者以外は転送出来るが、距離が離れると必要な魔力も膨大になるらしい。

 ちっ! それでは使えないではないか、この役立たずが! リーガルドは内心で盛大に舌打ちした。


「リーガルド部長が言うように任意の場所へ軍勢を送れるよう改良中だが、それにはかなりの時間と予算が必要だ。それで、現状でもうまく活用する作戦を皇帝陛下がお望みらしいんだよ」

「陛下が……」

「うん。これから作戦立案に関わる各地の文官や武官に“転送門”を見学させるが、同じ敷地で職務に勤しむ者のよしみで、君に最初に見せようと思ったんだ」


 つまり、この“転送門”を使った軍事作戦の立案に関して、リーガルドに時間的有利を与える。ベルグレイはそう言っているのだ。

 リーガルドの中で、ベルグレイへの好感度が急上昇した。研究しか能がないと思っていたのに、そんな風に気を利かせてくれるとは。


「ベルグレイ所長、お心遣い痛み入ります」

「魔獣誘引機がうまく行かなかったお詫びだよ」


 オーデンセンの街に特筆すべき被害は齎されなかったことは既に報告されていた。魔獣誘引機がうまく作動しなかったのか、リーガルドたちの設置が悪かったのか、今となっては判別がつかないのだが、ベルグレイは開発者の責任を認め、リーガルドに便宜を図っているのだった。


「所長のお心遣いを無駄にせぬよう、精一杯努めます」

「よろしくね」


 ガレイ・リーガルドがケルダン・ベルグレイに張り切って宣言している様子を、この部屋の天井付近にある梁の上からじっと見つめる一匹の鼠には誰も気付いていなかった。


 就業時間が終わり人気のなくなったその部屋で、鼠が“転移門”の魔導具に小さな前足で触れる。左右二つの目のほか、額から後頭部にかけて六つの目が開き、赤く光った。まるで笑っているかのように口の端が吊り上がり、鼠には相応しくない鋭い牙を覗かせる。


 鼠に擬態したヌォルの分体は必要な作業を終え、満足したように闇に消えた。

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