第27話 リーデンシア王国の騎士

 身体強化二十倍で、プルクラは街道を駆ける。あっという間に戦闘中の一団に近付いた。走竜に乗っている騎士が十名、全身鎧の歩兵が二十名。黒っぽい色の魔導車を囲み、魔獣からの攻撃を防いでいる。

 魔獣は、背中に青みがかった水晶のような突起がびっしりと生えている。姿形は鼠に似ているが、大きさが異常だ。後ろ足で立ち上がると大人の男性より大きい。

 細い前足の先は鋭い鉤爪がある。発達した前歯は短剣ほどの長さがあった。その大きさに反して動きが俊敏だ。一人の騎士や歩兵に対して三匹くらいで攻撃している。全部で百匹以上いるのではないだろうか。


 ジガンが言った通り、騎士や歩兵の連携が取れていない。いや、むしろわざと連携を取らず、中央の魔導車に魔獣の攻撃を届かせているようにすら見えた。魔導車の外装には、魔獣によると思しき白っぽい線傷がたくさん付いている。


 そんな風に様子を探っていると、近付くプルクラに気付いた騎士がぎょっと目を剥いた。


「何者だっ! そこで止まれ!」


 プルクラは脚にぐっと力を込めてその場に止まる。


「止まった」

「何者だ!?」

「プルクラ」


 走竜に乗った騎士は、高い場所からプルクラを見下ろして苦い顔をしている。問答の暇があれば一匹でも魔獣を倒せばいいのに。プルクラはそう思った。


「何をしに来た!?」

「……お手伝い?」

「お前のような子供に加勢してもらうようなことはないっ!」

「苦戦してるように見えるけど、わざと?」


 ちっ、と舌打ちした騎士は周りを素早く見回し、走竜に乗ったまま突然プルクラに槍を突き刺そうとした。プルクラは体を捻るだけで軽々と避ける。そんなことをしている間に、この騎士が抜けた穴から水晶鼠が何匹も魔導車に襲い掛かっていた。


「放ってていいの?」


 意地になった騎士が猛然と振るう槍を、顔色一つ変えずに躱すプルクラが魔導車を指差す。その様子に、騎士は怒りを露にした。


「貴様っ! 躱すな!」

「?」


 躱すな、と言われた瞬間、プルクラは穂先の少し下部分を掴んでぐいっと引っ張った。


「ぬおっ!?」


 力を込めて腕を伸ばした丁度その時に槍を引っ張られた騎士が、走竜から無様に落ちる。騎士は目を血走らせ、顔を真っ赤にして叫んだ。


「おいっ、殿下を狙う賊だっ! こいつを殺せ!!」


 叫んだ騎士自身も立ち上がり、腰に佩いた剣を抜いた。近くに居た騎士や兵士が集まり、プルクラに武器を向ける。


「魔獣、いいの?」


 魔導車の近くには二人の騎士と三人の歩兵が残されただけで、残りは魔獣を振り払ってプルクラに攻撃しようとする。

 なるほど、その気になれば水晶鼠を振り払うのは難しくなかったようだ。つまりわざと苦戦していたのだ。


「『プロステルネーレひれ伏せ』」


 プルクラに攻撃しようとしていた者と、魔導車に群がろうとしていた水晶鼠が全て、見えない巨大な手に押さえつけられたかの如く地に伏せた。


「ぐっ……」

「なんだこれは」

「た、立てない……」


 その時、後ろの方からアウリが、少し遅れてジガンがやって来た。地竜車はまだ遠くにいる。


「プルクラ様、遅くなりました」

「んーん」

「はぁ、はぁ……お前、魔獣を倒しに行ったんじゃねぇの?」


 魔獣もそうだが、地面に伏せている騎士や兵を見てジガンが咎めるような視線をプルクラに向けた。


「んー、そうしようと思ったら攻撃された」

「まじか」

「助けに入ったプルクラ様を攻撃するなんて万死に値します」


 アウリの声から冷気が迸る。地に伏せる者に向ける目はまるで虫けらを見ているようだ。

 プルクラに攻撃したのならこうなっているのも納得だ、とジガンは思った。寧ろ生きているだけ驚きである。


「さっき“殿下”って言ってた。たぶん魔導車に乗ってる」


 プルクラの言葉を聞いてうんざりするジガンだが、王都の北門からこちらへ向かって来る集団に気付き頭を抱えたくなった。


「そこの者たち!」


 声を掛けてきたのは魔導車を守るために残った騎士の一人で、声から女性だと分かった。


「一体、何が起こったのだろうか?」


 声の調子から、警戒はしているが敵意はないと分かった。


「今伏せてる人たちは、たぶんわざと手を抜いてた」

「なにぃ!?」

「手伝うって言ったら攻撃された。こいつに」


 そう言って、プルクラは一番近くで這いつくばっている騎士を指差す。


「躱すなって言われたから、槍を引っ張った。そしたら、こいつが周りに声を掛けて一斉に攻撃しようとした」

「…………この、彼らの状態は? 魔術で拘束しているのか?」

「んーん。押さえつけてる。離す?」

「いや、魔獣も自由になってしまう。どれくらいこの状態を維持できる?」

「んー、このくらいの“格”だったら、数年?」

「は?」

「はいはい、プルクラはちょっと黙っておこうか。はじめまして騎士様。ジガン・シェイカーと申します」


 プルクラをアウリの方に押しやったジガンは、女騎士の前に跪き首を垂れて名乗った。


「ジガン・シェイカー……もしや、元クレイリア騎士団の“剣聖”ジガン殿か!」

「確かに、十五年前までクレイリア第二騎士団にて副団長を拝命しておりました」


 丁寧な物腰と言葉遣いに、プルクラは目を細めてジガンを凝視した。偽物じゃなかろうかと観察している。信じ難いことに、魔力の質、色、量はプルクラの知っているジガンと同じであった。


「アウリアウリ。ジガンが変」

「何かおかしなものを拾い食いでもしたのでしょうか?」

「おいそこっ、聞こえてんぞ!? ……大変失礼いたしました」


 ぎろりと鋭い眼光でプルクラとアウリを睨みつけ、すぐに女騎士に向き直るジガン。そんなやり取りに、女騎士は兜を脱いで相好を崩した。


「ジガン殿、立ってくれ。私はリーデンシア近衛騎士団所属、ミスティア・リープランド。貴殿らのおかげで大切なお方を傷付けずに済んだようだ。感謝する」

「頭をお上げください。勿体ないお言葉、痛み入ります」


 恐らく貴族であろうミスティアと臆することなく言葉を交わすジガンの様子に、プルクラは軽く混乱した。


「あの少女、プルクラと申しますが、彼女が使う技は少々特殊なのです。詳しく説明しても恐らく信じていただけないかと存じます」

「そうか。ならば深くは聞かないが、このまま拘束しておけると思って良いのだな?」

「それは間違いございません」


 ミスティアとジガンが会話しているうちに、北門から迫っていた集団が到着した。全員が走竜に乗った騎士で、数は二十名ほどだ。その中から、炎のような髪色をした二十代半ばの男が進み出てきた。肩に槍を担いでいる。ジガンはその男に向かって跪いたが、プルクラとアウリは突っ立ったままぽかんとなった。


「ミスティア、何事だ?」

「はっ! この伏せている者たちは魔獣の攻撃を意図的に殿下に向かわせた疑いがあります」

「ほう?」

「こちらの男性は元クレイリア騎士団のジガン・シェイカー殿。後ろの二人はジガン殿のお連れです」

「ふむ。ジガン殿が彼らを拘束したのか?」

「いえ、これはその、後ろの小柄な少女が」


 ミスティアの返答に、赤髪の男は猛禽のような目をプルクラに向けた。走竜からするりと降り、跪くジガンを素通りして真っ直ぐプルクラの前に歩いてきた。


「お前、名は?」

「プルクラ」

「魔術師か」

「違う」


 ぽんぽん、と腰に佩いた黒刀の柄を叩き、プルクラが答えた。


「ではどのように彼らを拘束した?」

「拘束はしてない。押さえつけてるだけ」

「ほう? 俺にやってみろ」


 プルクラはジガンに目で「いいの?」と尋ねようとしたが、跪いたままで視線を合わせてくれない。


「……あなたにやる必要はない」

「いいからやってみろ。それとも嘘なのか?」

「わかった。「『プロステルネーレひれ伏せ』」


 ぐっ、と呻き声を上げ、赤髪の騎士が両膝と左手を地面に着けた。右手にはまだ槍を握っているが、腕を上げることは出来ない。

 この様子を見て、駆けつけた騎士たちが気色ばんだ。


「貴様、何をする!?」

「大丈夫ですか、副団長!?」

「キースラン様!?」

「下がれっ!!」


 キースラン副団長と呼ばれた赤髪の騎士が部下を制止する。


「『レセプタエ解除』」


 プルクラがキースランに向けて解除の「竜の聲」を紡ぐと、彼を押さえつけていた力が瞬時に霧散した。突然自由になったキースランは、ゆっくりと立ち上がって体の各部が問題なく動くことを確かめる。


「これは恐ろしい力だな」

「そう?」

「よし。お前、騎士団に入れ」


 キースランの部下たちからどよめきが起こる。


「断る」


 即座に断りの返事をしたプルクラの態度に、どよめきが大きくなった。


「……断るならお前を拘束せねばならん。その力は余りにも危険だ」


 キースランが身体強化を発動したのがプルクラには分かった。部下の騎士たちも武器を構え、プルクラを取り囲もうと動き出す。


「待て」


 細くて小さめの声がすると、騎士たちはその声の主に向かって全員が跪いた。

 美しい金髪、氷のような青い瞳。中性的な顔立ちの男性である。年齢は恐らく十六~十七歳だろうか。真っ白い服には、上下とも金糸で豪奢な刺繍が奢られて、真っ赤な外衣にも同じ金糸でびっしりと刺繍が施されていた。


「ブレント殿下」


 キースラン副団長が代表して、その男性に声を掛けた。


「その者は私の恩人である。無碍な扱いは許さん」

「畏まりました」

「ただ、其方の申すことも一理ある。騎士団に客人として迎え、為人を確かめよ」

「仰せのままに」

「未だ伏せている者は、誰に命じられたかよく調べよ。ミスティア、行くぞ」

「はっ!」


 従者の男が傷だらけの魔導車の扉を開き、ブレント殿下が颯爽と乗り込む。ミスティアと二人の騎士が走竜に乗って魔導車を先導し、三人の歩兵が小走りで後ろを付いていく。


「プルクラ、と言ったか」

「ん」

「殿下の仰せの通り、お前を客人として近衛騎士団に招く」

「断る」


 三度、キースランの部下からどよめきが起きた。


「用事があって王都に来た。暇じゃない」


 ふぅー、とキースランが自らを落ち着ける為に息を吐いた。


「これは命令だ。お前に断る権利はない」

「畏れながら、キースラン様」

「何だ?」


 ずっと成り行きを見守っていたジガンがプルクラを庇うように割り込んだ。


「ジガン・シェイカーと申します。この子のことはどうかお忘れください。私たちはすぐ立ち去りますので」


 キースランの目がすっと細められる。ジガンは正面からその視線を受け止めた。


「クレイリアのジガン・シェイカー……“剣聖”ジガンか。剣聖が剣も持たず、どうした? 子守に職替えか?」


 ジガンがにっこりと微笑むが、こめかみには青筋が浮かんでいた。

 お前ら、プルクラに手を出したら冗談じゃなく国が消えるぞ? 手を出すまでもなく、プルクラの意に沿わないことをしただけで王都くらい消し飛ぶかもしれん。俺はお前らのことを思って言ってやってるんだからな? 黒竜の怒りに触れても俺の責任じゃねぇからな?


 そう言いたいのをぐっと堪え、ジガンは何とか言葉を絞り出した。


「……この子の父親から頼まれておりまして。これがまた、怒らせるわけにはいかない相手でして……」

「この国の王族は怒らせてもいい、と?」

「勿論そんなことは考えておりません。事の重大性を案じているだけでございます」

「事の重大性?」

「キースラン様」


 それまで黙っていたアウリが口を挟んだ。


「何だ、女」

「リーデンシア王国の近衛騎士団では、恩人を力ずくで命令に従わせるのが普通なのですか?」


 アウリの目には明らかに怒りが浮かんでいた。


「何だと?」

「プルクラ様はブレント殿下が魔獣を使って殺されるのを未然に防ぎました。これは本来近衛騎士団の仕事ですよね? 身内に裏切り者がいたようですが、それを放置したのは近衛騎士団の責任です」

「言葉を慎め、平民が!」

「あなたこそ慎みなさい、騎士風情が。この方をどなたと――」


 キースランの槍が、予備動作無しでアウリに振り抜かれた。穂先が確実にアウリの首を狙った軌道。アウリの優れた動体視力と身体能力でも躱せない一撃。


「何っ!?」


 それまでそこに居なかったプルクラがアウリの前に立ち、キースランの槍を素手で止めていた。プルクラの瞳から感情が消え去る。


「『フルーメン雷霆』」

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