第24話 ジガンの過去

 プルクラについての疑問が大方解消された後、アウリが自分の過去について話した。戦争孤児で、ツベンデル帝国によって暗殺者として教育されたこと、暗殺に失敗し、最後にはレンダルを標的とした作戦の囮にされたこと。アウリの教育や暗殺任務にガレイ・リーガルドが深く関与していたこと。レンダルによって救われ、以来彼を実の祖父のように慕っていることなどを打ち明けた。


「よく頑張りました」


 プルクラはそう言ってアウリの頭を優しく撫でた。


「プルクラ様は、私の過去を聞いても嫌いにならないですか……?」

「ならない。過去は過去、今が大事。私は今のアウリが好き」


 アウリは胸の前で手を組み、目を潤ませた。慌てたように目尻を拭ったアウリがジガンに向き直る。


「さあ、次はジガン様の番です」

「俺の番?」

「ええ。ジガン様のことを教えて下さい。十五年前に何があったのかも」


 長々と溜息を吐き、少し遠い目をしながらジガンが語り始めた。





*****





 ジガン・シェイカーは、クレイリア王国南西部に領地を持つシェイカー子爵家の四男として生まれた。

 貴族家の爵位は長子が継ぐのが一般的で、次男・三男は長男に万一のことがあった時の控えとして教育が施されるが、四男のジガンは末っ子ということもあって自由奔放に育った。


 幼少の頃には、将来の食い扶持は自分で稼がなければならないと気付いたため、兄たちが習っていた剣術の訓練に混ざって人一倍打ち込んだ。勉強は苦手だったが体を動かすのは好きだった。兄たちが貴族に必要な知識や礼儀作法を習っている間も、一人で黙々と剣の稽古をした。四男だから好きにさせよ、と両親も剣に熱中するジガンを見守ってくれた。


 十三歳で騎士見習いとなり、成人の十五歳になると同時に王国騎士団へ入団。ジガンの母はシェイカー領の騎士団に入って欲しがっていたが、狭き門である王国騎士団への入団は父や兄たちが喜んでくれた。母も最後には納得して送り出してくれた。


 二十歳を過ぎてから、第二騎士団団長のバルドス・ロデイアに見出され、第二騎士団の副団長に抜擢された。


「バルドス・ロデイア?」

「ああ。お前が持ってる剣術の教本を書いた人だよ」

「なるほど。聞き覚えがあると思った」


 それからは、ロデイア団長に剣術を叩き込まれた。ロデイア伯爵家はクレイリア王国で主流の剣術、「ロデイア流」開祖の子孫である。バルドス・ロデイアは正しくその剣術を受け継ぎ、王国騎士団でも最強と言われる男だった。


「ジガンの技は、そのロデイア団長に習ったの?」

「そうだ。普段は滅茶苦茶優しいんだが、いざ戦いになると鬼のような人だったよ」


 “剣鬼”バルドス、それがロデイア団長の二つ名であった。本人は非常に嫌がっていたが、王国騎士団内ではその二つ名が浸透し、本人の前では口にしないものの、誰もがロデイア団長の強さを知っていた。


 そしてジガンが二十六歳の時。クレイリア王国はツベンデル帝国の侵攻を受けた。


 その頃、第二騎士団はケーリック・クレイリア第一王子とアルトレイ・クレイリア第三王子の護衛として北西の辺境に赴いていた。第二騎士団からは四小隊、百二十名。この他に近衛騎士が十二名。文官や従者まで含めた総勢百八十名で、シドラシア共和国との国境にある砦の視察を行っていた。王位継承者二人の護衛ということで、バルドス・ロデイア団長と副団長のジガンも同行した。


 視察という名目だったが、実はシドラシア共和国側の大使と会談し、帝国戦での支援を求める筈だった。

 そころが、シドラシア共和国はこの時点で帝国と通じていた。共和国軍と帝国軍、合わせて二千の敵から挟撃された。


 クレイリア側の戦力は百三十二名。二千の敵兵を前に成す術もない、と思われた。だが、キウリ・ペンタス子爵が語ったように、この時ロデイア団長とジガンの二人で千の敵兵を倒した。


「敵は俺たちを甘く見てた。勝って当たり前だった。そこに大きな隙が生まれた。ただ、団長はアルトレイ王子を守りながら敵兵五百を倒したが、俺はケーリック王子を守れなかった」


 ジガンも五百の敵兵を斬り伏せたが、第一王子を守り切ることが出来なかった。誰かを守りながら圧倒的多数を倒すなどという離れ業は、当時のジガンには無理だったのだ。


「まぁ、今でも無理だけどな。土台、俺はその程度の器ってことだ」


 味方はロデイア団長とアルトレイ第三王子、そしてジガンを除いて全滅。倒した帝国兵の装備を剥ぎ取って身に着け、混乱に乗じて逃げるのが精一杯だった。


「とにかく南西に逃げたよ。ランレイド王国を抜け、リーデンシア王国に入るまで二か月かかった。一時も気が抜けなくて、あれはきつかった」


 リーデンシア王国は、かねてから反帝国を標榜していることを知っていたので、リーデンシア王国まで行けば何とかなると考えていた。

 帝国の追撃は苛烈で何度も殺されかけた、とジガンは言う。今でも生きていることが信じられない、と。


 当時、リーデンシア王国の王都シャーライネンには、クレイリア王国の大使館があった。そこに辿り着くのが目標だった。


「結局、大使館に着くまで半年かかった。大使館には、俺たちの他にもクレイリアから逃げて来た奴が大勢いたよ。貴族、平民、みんな疲れ切ってた。俺と団長はアルトレイ王子を大使に預けた」


 その時は、帝国に一矢報いようと闘志を燃やしていた。このままむざむざと祖国を明け渡しはしない、と。

 しかし、逃亡していた半年の間に戦況は決していた。クレイリア王国は地図から消え、帝国の属州となっていた。


「ジガン、家族は……」

「ああ、俺の家族は無事だったんだよ。王都からも離れてたし、戦況がやばくなった時に領の騎士団長が無理矢理親父たちを逃がした。まぁ、そのことも俺がロデイア団長と離れる一因になったんだが」


 バルドス・ロデイア団長は復讐の虜となってしまった。クレイリア王国から逃げ延びた者に声を掛け、帝国と戦う意志のある者を募り始めた。


「あんなに優しかった団長がよぉ……俺は見ていられなくなっちまったんだ」


 しばらくの間、ジガンは家族がリーデンシア王国で暮らしていけるよう、その生活基盤作りを手伝った。そうしているうちにロデイア団長と疎遠になっていく。ジガンが気付いた時には、団長は人が変わっていた。帝国への復讐に残りの人生を捧げようとしていた。


「止めようとはしたんだが……止められなかった」


 ロデイア団長の家族は全員亡くなっていた。家族が無事なジガンの言葉は団長には響かなかった。


「俺は……何だかやる気がなくなっちまってな。家族が生活していけると確信出来た後、一人になりたくてあちこち放浪した。で、気が付いたらあの日から十五年経ってた」


 プルクラとアウリは悲痛な顔でジガンの話に耳を傾けていた。


「あー、暗くなるから昔の話は嫌いなんだよ。今は吹っ切れてるから気にしないでくれ」


 プルクラが寝台から降り、ジガンのすぐ横に立つ。そして彼の頭を優しく撫でた。


「よく頑張りました」

「……子供扱いすんじゃねぇよ」


 いつもの調子で文句を言おうとするジガンだが、その声は掠れ、目には光るものがあった。


「過去は過去。今が大事。私は今の“剣聖”が好き」

「“剣聖”って呼ぶなっつってんだろーがっ!」


 ジガンらしさが戻ってきて、アウリも口に手を当ててくすくす笑う。


「今の話の中で一番驚いたのは、ジガン様が貴族だってことです」

「それ、最初の方だよねっ!?」


 暗い雰囲気が一掃され、これまで通りの三人になる。


「ね、ジガン。今でも一人になりたい?」

「今お前たちをほっぽり出したら、お前の父さんに殺されるだろうが」

「フフフ。そうだね」

「そこは否定して欲しかったよなぁ!」


 狭い部屋に、三人の笑い声が響いた。





*****





「さて、これからどうする?」


 陽が傾き、窓から橙色の光が差し込んでくる。


「ん? 晩御飯食べる」

「そうじゃなくて……いや飯も大事だが、明日からどうするって話だよ。ファルサ村に帰るか?」

「王都に行く。ジガンの剣買う」

「そこまでする必要ある?」

「ある。師匠はかっこいい剣を持つべき」

「あ、そう」


 プルクラは是が非でもジガンに良い剣を持たせたいらしい。


「プルクラ様、また走って行きますか?」

「んー……」


 アウリとプルクラがジガンを見つめる。


「……そこまで急ぎじゃないなら、地竜車で行かねぇか?」

「チリュウシャ?」

「走竜ほど速くねぇけど、六つ脚驢馬に比べたらかなりはえぇぞ? 乗り心地も悪くねぇし」

「無理させたらジガンが痩せちゃうから、それで行く」


 プルクラの言い方には少々納得いかないものの、ジガンはほっと安堵した。オーデンセンから王都シャーライネンまでは直線距離で七百ケーメルほどある。その距離を身体強化で走らされたら、痩せるどころか行き倒れてしまうかもしれない。乗合地竜車を使えば、乗り継ぎを考えても四日で着く。


「地竜、かわいい?」

「かわいくは……ねぇかな」


 ごつい八つ脚水牛を「かわいい」と言っていたプルクラなので、もしかしたら地竜もかわいいと思うかもしれない。ジガンにはプルクラが何をかわいいと思うかの基準がまだ分からない。


「ジガン様、何か準備するものがありますか? 食料とか」

「朝出発したら、夕方には次の街に着く。だから昼飯はあった方がいい」

「承知しました。何か買っていきましょう」

「そうだな」


 アウリの提案にジガンも頷いた。


「ジガン?」

「何だ?」

「“至竜石”って知ってる?」

「あー、勇者の英雄譚に出てくる石だよな?」

「ん。私、“至竜石”を見付けたい」

「へ? 御伽噺じゃねぇの?」

「んー、御伽噺でもあるし、そうじゃない部分もある」


 プルクラは、父ニーグラムから聞いた、“至竜石”を見つけて取り込んだことがあるという話を聞かせた。

 “至竜石”の話をしたということは、プルクラがジガンを信頼しているということだ。アウリは、プルクラがそういう関係を築けたことが嬉しくなる。


「途方もない話だなぁ」

「ん。でも夢がある」

「そうだな。まぁぼちぼち探そうや」

「ん」





 地竜車乗り場は東門の近くにあった。宿で早目の朝食を済ませた三人は、途中の露店で昼食を買い、拡張袋に収納してから乗り場にやって来た。倉庫のような建物の前に、深緑色の制服を着た男女が立っている。彼らから乗車券を買うのだ。


「どちらまで?」

「王都、三人分」


 ジガンがぶっきらぼうに答える。料金は三人で銀貨六枚(約六万円)だった。アウリが腰帯に提げた革袋から硬貨を取り出して支払った。


「地竜、見れる?」


 プルクラが女性の乗車券売りに尋ねる。人見知りよりも地竜への興味が勝っているようだ。


「もう少ししたら出てきますよ」


 女性の答えに、プルクラの顔がぱぁーっと明るくなった。


輓獣ばんじゅうと言っても一応魔獣だからな? お前も物好きだよな」

「人の役に立ってる子は応援したい」

「へぇ、そういうもんか」

「ん」


 そんな話をしていると、建物から大きな動物が現れた。見た目はずんぐりとした蜥蜴だ。尾が短く、手足が太い。体高はジガンより高く二メトル(メートル)は超えている。体長は尾を除いて五メトルくらいだろうか。濡れたような艶のある、濃い灰色の鱗が朝の陽光を反射して所々煌めいている。

 のっしのっし、とゆったり動いているように見えるが、歩幅が大きいので結構速い。地竜は真っ直ぐにプルクラに近付き、顔を寄せる。乗車券売りの男性が慌てて走ってきた。


「危ない!」

「だいじょぶ。この子は大人しい」


 間近で見る地竜の顔は巨大で、口元には短いが鋭い歯が並んでいるのが見えた。プルクラが鼻面を撫でると、金色の目を細めて気持ち良さそうにする。


「かわいい」

「これもかわいいんだな……」

「ん!」


 地竜が、もっと撫でろと言わんばかりに鼻面を手に擦り付ける。プルクラは上機嫌で地竜を撫でた。

 そんなことをしていると、かなり小さな地竜二匹が木で出来た車を引っ張り倉庫から出てきた。横に長い直方体の左右に六個の車輪が取り付けられている。側面には縦に細長い窓が片側に八つずつあり、こちらから見える外面に馭者が座る席があった。後ろには扉があって、そこから乗降するようだ。


 車の下を覗き込むと、車輪は金属製の骨組みによって車本体につけられている。骨組みの内側には太い鉄線をぐるぐる巻きにした発条と、その内側にある筒状の物が見えた。

 プルクラたちは知らないが、これは帝国の“魔導車”から流用された足回りの構造だった。走行中の衝撃を大幅に緩和し、乗り心地が大きく向上する。その分車の製作に費用が掛かるが、大量生産によって当初より金額はだいぶ抑えられるようになった。また、目的地まで掛かる時間が短縮される為、便数を増やすことが出来る。結果的に掛かる費用の回収も容易であることから、各地の地竜車がこぞって導入したという経緯がある。


 木製の車本体には敢えて色が塗られておらず、防水性と耐久性を上げるための仮漆ニスだけが塗られている。目立つ色だと魔獣に襲われる危険度が上がることが理由だ。


 プルクラたちは真っ先に乗車して一番前の席に着いた。馭者席がある前面にも大き目の窓があり、景色がよく見えるからである。

 車内は真ん中が通路で、左右に三つずつの座席が八列並んでいた。満席の場合で四十八人が乗れる計算だ。オーデンセンから乗る客で、席の半分くらいが埋まった。


 前面の窓越しに、馭者が綱を振るのが見える。地竜車はゆっくりと動き出した。

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