第23話 討採組合

 オーデンセンの街には、貴族街を除いた北・東・西の各門近くに討採組合の出張所がある。魔獣の素材、魔石、鉱石や薬草などを持ち帰った討採者の利便性を考慮したものだ。

 これらの出張所では新規登録業務を行っていないため、街の中心部に近い討採組合オーデンセン支部に向かった。


 支部は四階建てで、二階までが石造り、それより上が木造の建物だった。一階の出入口は開け放たれており、外からでも少し中の様子が分かる。

 思っていたより人が多い。プルクラは怯んだ。中は知らない人ばかりなので軽く混乱する。


「プルクラ様、大丈夫ですよ。一緒に参りましょうね」

「……ん」


 アウリに手を繋がれ、その少し後ろを俯きがちに進む。後ろからはジガンが付いて行った。


 短い付き合いだが、ジガンにもプルクラの人見知り発動条件が少しずつ分かってきた。怪しい魔導具を探している時は、初めて会う衛兵にも指示を出していたし、東門で騎士に囲まれた時も問題なかった。

 魔導具探しはリーガルド男爵の企みを潰すというアウリの願いを叶えるために奔走していた。東門の騎士からはいきなり詰問されたことで、反射的に防衛本能が働いた。

 つまり、相手が見知らぬ人だと意識するより優先すべきことがあれば、プルクラの人見知りは発動しないようだ。


 人見知りは少々うざったいが害はない。害意を向けられたプルクラが暴れるよりは遥かにマシである。

 だからジガンは、二人の後を付いて行きながら祈るような気持ちだった。頼むからこいつらに誰も絡まないでくれ、と。

 プルクラとアウリが無事に受付台まで辿り着き、ジガンはほっと安堵の息を吐いた。


「討採組合オーデンセン支部にようこそ。ご用件を承ります」


 明るい声に、俯いていたプルクラが顔を上げる。自分の登録なのだから自分で言わなければ。


「と、討採者に登録したい、です」


 プルクラがたどたどしくも用件を伝えると、受付の女性がにっこりと微笑む。


「では、こちらにご記入をお願いします。字は書けますか?」

「ん、だいじょぶ」


 受付で登録用紙をもらい、壁際の書机に移動したプルクラは、アウリに助言を受けながら真剣な顔で必要事項を書き始めた。うんうん、この調子なら何事もなく終わりそうだな。ジガンがすっかり保護者の顔つきで頷いていると――。


「お前、ジガンか!?」


 耳が痛くなるほど大きな声で名を呼ばれる。覚えのある声にうんざりしながら、声の出所に目を向けた。


「……はぁー」

「やっぱりジガンか! お前、よくここに顔出せたな!?」

「……そんなでかい声出さなくても聞こえるよ。すぐ帰るから放っておいてくれ」


 プルクラとアウリがジガンの方を見た。その表情に心配している色は一切ない。あの目は成り行きを楽しんでいる目だ。ジガンは再び溜息を吐く。あの二人ではなく自分が絡まれるとは。


「お前ら、さっさと登録して来いよ」

「ああ!? 連れがいんのかよ?」


 声がやたら大きな男は、縦も横もジガンより一回り大きい。両刃の巨大な斧を肩に担いでいる。プルクラとアウリに視線を向けた男が言葉を続けた。


「か弱そうな女子供連れて、遊びのつもりかよ!」

「あー、はいはい。分かったから向こうに行こうな、スバルド」

「馴れ馴れしくするんじゃねぇ! 俺との勝負から逃げた腰抜けが!」


 プルクラとアウリの目がきらりと光る。それを見たジガンのこめかみに青筋が浮かんだ。あいつら楽しんでやがるな?


「別に逃げてねぇよ……勝負する意味がねぇからしなかった。この街から出たのはたまたまそういう時期だったんだ」

「言い訳だけは達者だな!」


 何が起こるのかと少し身構えたプルクラとアウリだったが、ジガンがのらりくらりとスバルドと呼ばれた男の口撃を往なすので興味が薄れてきた。飽きやすい二人である。すたすたと受付に戻って登録用紙を提出する。


「はい、これで討採者三級の登録完了です。一応お聞きしますが、鉄級以上の昇格試験を受けますか?」

「鉄級?」


 首を傾げたプルクラに受付の女性が説明する。


 討採者は、登録したての者が三級。そこから実績等に応じて級が上がっていく。二級、一級までが初心者で、そこから鉄級、銅級、銀級、金級、白金級、そして最高位が黒金級である。一人前と見做されるのは鉄級から。銀級でようやく一目置かれ、金級以上は憧れの的となる。

 級が上がると困難な討伐や採集依頼を受託でき、難易度によって報酬も上がる。金級ともなれば下級貴族より裕福な者も多い。


「アウリは何級?」

「私は銅級です」

「じゃあ銅級の試験、受けれる?」


 受付の女性は少し困った顔になる。


「銅級の昇格試験は、銀級以上の討採者と模擬戦を行いますが、今ここにいる銀級以上はあそこにいるスバルドさんしかいません」

「ん。やる」

「……スバルドさんって、初心者にも容赦ないんです。怪我じゃ済まないですよ?」


 女性が顔を寄せて小声で教えてくれる。言外に止めた方が良いと言っていた。


「だいじょぶ。スバルト、模擬戦やって」


 プリクラは途中で振り返り、スバルトに声を掛けた。


「ああ? 誰とだ?」

「私」

「はぁ!? お前、舐めてんのか!?」

「御託はいいから早く」


 スバルトの顔が怒りで赤く染まる。


「本当にいいんですね?」

「ん」

「スバルトさん! あなたも銀級なんですから、昇格試験の相手をするのは義務ですよ?」

「んなこたぁ分かってるよ!」


 はぁ、と溜息を吐きながら、受付の女性がプルクラを訓練場へと案内する。その後から、スバルトが足音を鳴らして付いて来た。アウリはにこにこしながら、ジガンは頭痛を堪えるようにこめかみを揉みながら訓練場へと入る。そこは建物の裏手にある、ただの広場だった。


「おい、プルクラ」

「ん?」


 ジガンが近付いてプルクラに小声で話し掛ける。


「殺さなきゃ合格だから。殺しちゃ駄目だぞ?」

「ん……手足は吹っ飛ばしてもいい?」

「駄目に決まってんだろ。骨折るくらいにしとけ」

「分かった」


 さすがに登録初日に銀級討採者を殺すのは良くない、と釘を刺すジガン。初日じゃなくても駄目である。


 実は、討採組合が行う登録初日の昇格試験とは、初心者の鼻っ柱を折るのが目的だ。討採者になろうとする者は腕に自信のある者が多く、その腕を過信している傾向が強い。そんな人間は討採者になってもすぐ死んでしまうので、初日で現実を分からせようという討採組合の計らいであった。


 プルクラは短めの木剣を選び、スバルトは槍を手にした。


「斧でもいいよ?」

「……死にてぇのか?」

「負けたのを武器のせいにしないならいい」

「てめぇ……」


 スバルトの顔が怒りで赤黒く染まる。普通の人間なら恐怖で近寄りたくない形相だ。勿論そんなものがプルクラに通用するわけがないのだが。


「どちらかが降参、あるいは戦闘不能になったら終了です。では、はじめ!」

「おらぁぁあああ!」


 裂帛の気合と共に、スバルトが鋭い突きを放った。先を丸めた木製の槍でも、当たればただでは済まない。


「は?」

「えい」

「うっ!」


 確実に捉えたと思ったスバルトだが、そこにいたプルクラの姿が消えていた。既に後ろへ回られており、膝の裏を蹴られて体の平衡が崩れ、思わずその場に膝を突く。その首筋にプルクラが木剣の切っ先を突きつけた。


「実戦なら死んだ」

「まだだっ!」


 木剣を力任せに払い除けて立ち上がったスバルトが、連続で突きを放つ。プルクラは両手で木剣の柄を握り、最小限の動きで槍に木剣を添わせて軌道を逸らし、徐々に前へ出る。完全に剣の間合いに入ってから槍を打ち払い、喉元に切っ先を突きつけた。


「また死んだ」

「くそっ!」


 スバルトが後ろへ跳び退り、槍で横薙ぎしてくる。それも木剣を添わせて上に逸らすと、瞬時に懐へ入って首の横で木剣を寸止めする。


 スバルトの攻撃を悉く躱し、何度も急所に木剣を突きつけるプルクラを見ながら、ジガンが口を開く。


「うわぁ……完全に子供扱いだな」

「プルクラ様は、少しお怒りなんだと思います」

「そうなの?」

「あの人が、ジガン様を馬鹿にしましたから」


 うっ、とジガンの口から呻きが漏れる。あれは俺とスバルトのやり取りを楽しんでたんじゃないのか……。


「そ、そうだったの? 何かごめん」

「?」


 急に謝ったジガンを、アウリが不思議そうに見た。


「くっそぅ! 何で当たんねぇ!?」

「ジガンに教わった」

「何だと?」

「ジガンはこれよりずっと凄い。腰抜けなんかじゃない」


 攻撃が全く当たらず、肩で息をするスバルトにプルクラが言い放った。少し離れた場所で、アウリが「ね?」とジガンに目で訴える。ジガンは、プルクラに遠回しに褒められたようで照れ臭くなり、そっぽを向いた。


「あいつがお前より強い? そんな筈はねぇ!!」


 スバルトは屈んで砂を掴み、それをプルクラの目に投げつける。プルクラは地を這うような低い姿勢でそれを躱し、スバルトに向かって突進した。


「おい、殺すなよっ!」


 ジガンがそう叫んだのと、木剣の柄がスバルトの鳩尾に叩き込まれたのがほぼ同時だった。

 スバルトが膝を突いて体を折り、うげぇぇぇ、と胃の中の物をぶちまける。


「ばっちぃ」


 プルクラは、模擬戦が始まってから一番の速さでスバルトから距離を取った。


「し、勝負あり! 勝者、プルクラさん!」


 受付の女性が躊躇いながら宣言する。もっと早く止めてやれよ、とジガンは心の中で呟いた。





「うふふん」


 プルクラは、掌に収まる銅色の金属片を眺めてご機嫌であった。討採組合オーデンセン支部で発行された銅級討採者証だ。討採組合は国を跨ぐ組織なので、周辺国の殆どで通じる身分証にもなる。“銀鷺の止まり木亭”に戻り、寝台に寝そべってごろごろしながら討採者証を光に翳す。プルクラは、アウリとお揃いなのが嬉しいのだ。


「あー、二人とも落ち着いたか? なら説明を頼む」


 プルクラとアウリの二人部屋にジガンがお邪魔している格好だ。アウリは人数分のお茶を準備した。二人部屋なので、小さな卓が一つと椅子が二つしかない。アウリとジガンが椅子に座り、プルクラは寝台に寝転んだままだ。


「私が説明します。間違いや不足があればプルクラ様、お願いします」

「ん、分かった」


 十五年前、プルクラが生後三か月の頃。ツベンデル帝国が旧クレイリア王国王都レミアシアを陥落させた日。大魔導レンダル・グリーガンが、王妃の命によりマリーネール・クレイリア第二王女を黒竜の森へ転移させた日。


「その日、黒竜ニーグラム・ドラコニス様が赤子を見付け、“プルクラ”と名付けました」

「あー、つまり、プルクラはマリーネール王女で、黒竜に育てられたってことでいいんだよな?」

「はい。それ以来、初めて黒竜の森から出て来た日、偶然ジガン様とお会いになったのです」

「十五年間、黒竜の森で暮らしてたのか……」

「ん。だから人間の常識を知らない」

「それを補うため、私が従者としてお仕えしております」


 ふむふむ、とジガンが顎を擦りながら頷く。


「そもそも、何で森から出ることになったんだ?」


 その疑問にはプルクラが答えた。一つには、黒竜の森の濃密な魔力を浴び続けることが体に悪影響を及ぼす可能性があること。もう一つは、人との関わりが殆どない森では人間として成長出来ないし、生き方を選ぶことも出来ないこと。


「あと、探したい物がある。剣術も習いたかったし、食べたことない美味しいものも食べたい。色んな場所や景色も見てみたい」


 十五歳までずっと森で過ごすというのがどういうことか、ジガンにも正確には理解出来ない。だが少なくとも、知らない人との接し方が分からないせいで人見知りになるのは十分納得がいった。


「いくつか聞いてもいいか?」

「ん」

「えーと、プルクラ様、とお呼びした方がよろしいでしょうか?」


 ジガンが寝台で横になっているプルクラの近くで跪いてそんな言葉を口にすると、プルクラは苦いものを食べたような顔になった。


「嫌」

「フッ。じゃあ今まで通りでいいか?」

「ん」


 正直ジガンもその方が助かる。寝台でごろごろしているプルクラを“王女”として扱うのは難しい。ジガンは椅子に座り直して足を組んだ。


「承知した。では次に、旧クレイリア王国を復興させたいと思うか?」

「? 思わない」

「それは何故だ?」

「んー、理由がないから?」

「理由?」

「復興して、誰がどんな得する? 旧クレイリア王国の元貴族とか、大きな権力を持っていた人が喜ぶだけ。そのために多くの人が死ぬ。そこまでして復興させる理由が私にはない」


 珍しく長い文章で説明したプルクラは、やり切った顔をした。アウリが「プルクラ様、偉いです!」と褒めている。


「よく分かった。じゃあ次に、お前が使ってる魔術みたいなもの、ありゃ何だ?」

「竜の聲」

「リュウノコエ……?」

「んー、竜が使う魔法? とにかく魔術とは違う」

「プルクラ様は、幼い頃からニーグラム様の傍にいたことで、普通の人間には聞き取れない『竜の聲』を聞き、発音することが出来るのです」

「ほほう。それは魔術とはどう違うんだ?」


 魔術は術式を使い、自分の魔力を使って事象を起こす。魔法は術式を必要とせず、自分の魔力を呼び水に周囲の魔力も使って理に干渉する。単純に言うと、魔法を人間が使えるように研究されたものが魔術である。


「なるほど、よく分かんねぇけど何となく分かった。じゃあ最後だ」

「ん」

「お前の身体強化、何倍だ?」


 ジガンは、出会った時からプルクラの身体強化が異常だと感じていた。

 騎士や兵士は二倍が出来て一人前。達人になると十倍を使える者もいて、人間はこの十倍が限界だと言われている。ジガンも長年の厳しい修練を経て十倍の身体強化を会得した。


「んー、普段は十倍から三十倍くらい。ベルサス村で“鬼”と戦った時が百倍、ヌォルの分体とやり合った時は百二十倍まで頑張った」


 ふんす、と鼻息を荒くして胸を張るプルクラ。アウリが「プルクラ様、凄いです!」とまた褒めた。


「百二十……? 十倍が人間の限界って言われてんだぞ?」

「ん。だから『竜の聲』で体を治しながら使ってる。百二十倍の時は治るのが追い付かなかった」


 プルクラのとんでもない台詞に、ジガンは目を見開いた。こんなに小柄で華奢な少女が、そんな無茶苦茶な戦い方をしていたとは。


「お前、無茶し過ぎだろう……。そんなんだから色々と小っちゃ――あいたっ!?」


 げしっ、とプルクラがジガンの脛を蹴った。


「まだ成長期!」


 寝台の上に起き上がったプルクラは、自分の脛を摩るジガンにそう言い放つのだった。

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