第20話 魔導具の捜索

「やるって何をだ?」


 パンを頬張りながらジガンが尋ねる。


「リーガルドの企みを潰す」

「それは分かってる。その企みを潰すために何をやるのか聞いてんだ。そもそも、どんな企みかも分かんねぇだろ?」


 ぐっと拳を握って答えたプルクラに、パンを飲み下したジガンが呆れた目を向けながら確認した。

 プルクラは助けを求める目をアウリに向ける。アウリは傍らに立つ衛兵に尋ねた。


「リーガルド男爵の足取りは分かりませんか?」

「はっきりしたことは分かっていない。ただ、この宿の方へ向かったような形跡があった」


 そう言えば、昨夜もここへの宿泊を断られていた。どうしてもここへ泊まりたいような雰囲気を感じた。


 ……獄舎から脱走したら普通なら街の外へ逃げようとするのではないだろうか? 自分とアウリに何かするつもり?

 それとも、この近辺で何かやらなければならないことがあった……?


「魔導具まで持って脱走した」

「え?」

「逃げるなら、あんな大きな荷物は邪魔」

「それはそうだが、大事な物なんだろう?」

「そう。あいつの企みにとって必要な物」


 二人の衛兵はプルクラの言葉に息を呑む。


「つまり、あれを使って何かやらかそうとしてるのか……?」

「魔導具を探すべき。偉い人にそう言って」


 プルクラがそう言うと、二人は弾かれたように食堂から出て行った。


「で、俺たちはどうすんだ?」


 プルクラが考察し衛兵に助言をしている間に、ジガンは朝食を食べ終えていた。


「私とアウリは朝ごはん食べる。ジガンは寝癖直して」


 ばつの悪そうな顔をしたジガンが部屋に戻り、プルクラとアウリは黙々と朝食を食べ始めた。





 寝癖を直してきたジガンと、朝食を食べ終えたプルクラとアウリが“銀鷺の止まり木亭”の前に集まった。


「この近くに魔導具があるはず」

「おま……それが分かってるんなら衛兵に言えよ」

「魔導具は一つじゃないかもしれない」

「私もそう思います」


 アウリはリーガルドのやり方を良く知っている。たった四人で他国に乗り込むような男ではない。むしろ百人くらい仲間がいてもおかしくない。

 それに、任務の成否を一つの魔導具に頼るというのもあの男らしくない。一つが失敗しても二つ目、三つ目があると考えるべきだ。


「ちょっと待ってて」


 二人にそう言うと、プルクラは高く跳躍して宿の二階部分に取り付いた。隣の建物に向かって斜め上に跳び、そこの壁を使って更に上へ跳ぶ。それを三回繰り返して宿の屋上に降り立った。八階建ての“銀鷺の止まり木亭”は、周りの建物より二~三階分高い。


「……あいつ、ほんとに人間?」

「可愛いですよね! お猿さんみたいです」


 呆気に取られるジガンと無邪気に称賛するアウリからは、プルクラが屋上で何をしているのか分からない。


 当のプルクラは、昨夜見た魔力を探そうとしていた。嫌な感じのする紫色の魔力。それは荷物の中身である魔導具が発していたとみて間違いない。恐らく、あの時はまだ起動していなかった筈。あれが起動されていれば、相当な魔力が放出されると考えた。

 人の多い地上で魔力を視ようとすればかなりの負担が掛かる。人々の魔力が全て視えてしまうからだ。高い場所からなら、地上の人々の魔力までは視えないし、強力な魔力以外は建物に遮られる。プルクラの目論見通り、煙のように立ち昇る強い魔力はそれほど多くない。


「見つけた」


 それは一目瞭然で目立っていた。八階建ての屋上より高く立ち昇った紫の魔力。一つはすぐ傍にある。


「一、二、三……八つか」


 プルクラは、登ってきた時の逆の要領で地上に降り立った。


「いい景色が見れたか?」

「ん。魔導具が八個あった」

「へ?」

「さすがプルクラ様です!」

「一個はすぐ近く」


 プルクラの言葉に、ジガンが何か考え込む顔になる。


「……なぁ、何で魔導具が八個あるって分かった?」

「魔力を視た」

「魔導具が発している魔力が視えるってのか?」

「ん」


 ジガンが何かを言い掛けて口を開き、思い留まって口を閉じた。


「プルクラ様は幼い頃から魔力が視えたんですよね?」

「ん」

「ジガン様。魔力にはそれぞれ特徴があるそうですよ?」

「……ああ、知ってる。ある人から昔そう聞いた」


 ジガンは上の空でアウリに返事をした。何か気に掛かることがあるように見える。


「ジガン。今は魔導具を探す」

「……そうだな。すまん」


 プルクラが先導し、宿の三つ隣にある、一階に飲食店が入った建物の裏手へ回った。蓋付きの大きな箱が二つ並んでいて、プルクラが魔力を視ると、手前の箱から紫の魔力が激しく立ち昇っていた。


「これ」

「ちょい待て。俺が開ける」


 プルクラが蓋に手を掛けるのを止め、ジガンが開けた。罠がある可能性を考えたからだ。片側に蝶番のある蓋を持ち上げると食べ物の腐った臭いがした。どうやら飲食店のごみ箱らしい。


「……くしゃい」


 プルクラが鼻を摘まんで嫌そうな顔になっていた。ジガンも直接触るのが嫌なようで、地面に落ちていた棒を拾って生ごみを掻き分ける。


「これか?」

「……ん」


 魔力を視るのを止め、つま先立ちになってごみ箱を覗き込む。プルクラなら両腕で抱えなければならない大きさをした、鈍色の円筒があった。見えている面には複雑な文様が彫り込まれ、それが白く明滅している。

 アウリもプルクラの横からごみ箱を覗き込んで眉を顰めた。


「魔導具であることは間違いないですが、何のための物かは分かりませんね」

「…………衛兵さん呼ぼ」

「持って行かねぇのか?」

「あと七個ある。衛兵さん呼んで、街の外に運んでもらう」

「なるほど……俺たちが持って行くと疑われかねないか」

「ん。それに、くしゃい」


 プルクラはごみに塗れた魔導具を触りたくないのである。八個ある魔導具を全て街の外へ運ぶのも面倒臭い。人の手を借りた方が良いと判断した。

 直ぐにアウリが動き、衛兵を見付けて連れて来た。キウリ・ペンタス子爵からもらった書簡を見せて事情を説明する。


「見つけたら、その都度街の外へ運んで」

「爆発や毒煙の発生など、どんな危険があるか分かりません。安全のために、出来るだけ早く防壁の外へ運ぶべきです」


 プルクラの依頼をアウリが補足する。


「そ、そんな。運んでる時に爆発したら――」

「さっさと動いて」


 プルクラが軽く威圧すると、ひぃっ、と声を漏らして衛兵が走っていく。じりじりしながら待っていると、その衛兵が五人の仲間を連れて戻って来た。


「もう少ししたら荷車が来る」

「じゃあ貴方はここに残って。他の人は付いて来て」


 残れと言われた衛兵は死刑宣告を受けたように蒼褪めた。“爆発”や“毒煙”がいつ発生するか分からないと思っているのだろう。そんな衛兵の心情にはお構いなしに、プルクラは次の場所へ向かった。


 “銀鷺の止まり木亭”の屋上から見て凡その方角は分かるが、オーデンセンの街を初めて訪れたプルクラには道が分からない。以前この街に住んでいたと言うジガンに「あっち」「こっち」と大雑把な指示を出して先導してもらう。衛兵に先導してもらうのが確実なのだろうが、彼らは自分たちが何のために呼ばれたのかいまいち分かっていない。


 近くまで来たら魔力を視て場所を絞り込む。魔導具を見付けたら、付いて来た衛兵のうち一人を現場に置き、一人が荷車を呼びに走る。ついでに足りなくなった衛兵を呼んできてもらう。

 オーデンセンの街は領都だけあって広大だ。プルクラ・アウリ・ジガンの三人だけなら移動にそれほど時間を取られないが、衛兵が使える身体強化はせいぜい二倍程度。それに合わせるとどうしても時間が掛かる。

 途中で何度か高い建物に登って魔導具の位置を再確認しながら、たっぷり三刻(六時間)かけてようやく八個全てを見付けた。


「……これで全部か?」


 衛兵がほとほと疲れた様子で尋ねてくる。


「あの壁の向こうは分からない。こっち側はこれで全部」


 プルクラは貴族街とこちらを隔てる高い壁を指差して答えた。


「貴族街に残ってたら大事じゃないか……」

「それは大丈夫だろ。貴族街には簡単に入れねぇだろう?」

「……たしかに」


 門番がリーガルドたちの仲間だったらその限りではない。どのみちプルクラたちが勝手に貴族街を捜索することは出来ないのだから、心配しても無駄だ。


 八個目の魔導具が荷車で運ばれていく。荷車を曳いているのは輓獣の一種で、太い角が特徴的な八つ脚水牛だ。巨体で力も強いが従順で大人しい。ファルサ村で飼われている六つ脚驢馬も、この輓獣の一種である。

 八つ脚水牛のつぶらな目が気に入ったプルクラは、並んで歩きながら労わるように背中を撫でる。魔獣でも獣でも人間でも、自分に敵意を向けて来ない相手には、プルクラは優しく接する。


「よく触れるなぁ、そんなでっかいの」

「ん。かわいい」

「かわいいか?」

「ん」


 八つ脚水牛を撫でる姿を見ながら、ジガンはプルクラについて思いを巡らせる。

 俺より強いくせに剣を教えろと言う。

 魔術だか何だか分からない不思議な力を使う。

 十五歳という年齢にしては言動がかなり幼い。幼いと言うか、擦れてない。まるで殆ど人と関わってこなかったように。

 

 そして魔力が「視える」と言う。あのお方と同じように。


 蜂蜜色の髪。若葉のような明るい緑色の瞳。透き通った白い肌、整った顔立ち。今まで気付かなかったのが不思議なくらい、改めて見れば驚く程あのお方に似ている。


「なぁ、お前って……」

「ん?」

「……いや、何でもねぇ」


 仮にそうだったとして、だから何だ? 俺に出来ることは何もない。





 一行は東門から街の外へ出た。しばらく歩くと八つ脚水牛や荷車、それに十数人の衛兵が固まっているのが見えてきた。


「ジガン様! プルクラ殿! アウリ殿!」


 離れていてもよく聞こえる大きな声はキウリ・ペンタス子爵のものである。キウリの傍まで走ると、その後ろに件の魔導具が集められていた。

 そこは街道から二百メトルほど離れた草地。低木が点々と生えている。衛兵ではない制服の男が三人、魔導具の近くに座って何やら話し込んでいた。


「ここの術式は音を発生させるものだと思う」

「そうだな。それで、ここは何かを増幅する術式だよな」

「この術式は何だろう。見たことがない」

「「うーむ」」

「ここにも変な術式がある。繋がり方もおかしいな」

「「うーむ」」


 どうやら魔導具に詳しい者がこの場に呼ばれたようだ。衛兵たちも男らの会話に耳をそばだてている。“爆発”や“毒”といった単語が出ないか冷や冷やしているのだろう。

 彼らではこの魔導具が何の目的で作用するのか、すぐに解明するのは難しいかもしれない。レンダルくらい魔術に詳しい者がいれば分かったのだろうか。


「レンダルがいれば良かった」

「そうですね。レンダル様なら用途が分かるかもしれません」

「……なぁ、レンダルって“レンダル・グリーガン大魔導”のことじゃないよな?」


 プルクラは首を傾げて答える。


「レンダルはレンダル。私の……おじいちゃん?」


 ああっ! とアウリが両手で口を押えてよろめいた。


「レンダル様! プルクラ様が“おじいちゃん”とお呼びになりましたよ! 切望していた“おじいちゃん呼び”です!」


 アウリが興奮し、プルクラは頬を赤らめてそっぽを向いた。


「……俺の疑問に答えてくれる奴、いねぇの?」

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