第11話 初めての立ち合い

「プルクラ様!」


 アウリの直前で止まったプルクラは、彼女に向かって泣きそうな笑顔を見せた。


「プルクラ様? 何かあったんですか?」

「ううん、何も。アウリと会えて嬉しい」


 プルクラは、アウリの顔を間近で見た途端に父のことを思い出したのである。アウリと会えた安堵と、ここに父がいない寂しさが同時に押し寄せたのだった。

 そんなプルクラの内心を知る由もないアウリは、こちらに近付いて来る荷車に乗った中年男性を睨み付けた。あの荷車にプルクラが乗っていたのは見えたので知っている。プルクラがこんな顔をするのは、きっとあの男が酷いことをしたに違いない。


 プルクラと最初に会った時も睨まれ、今はアウリから睨まれているジガン。今日は厄日であった。


「おーい、プルクラ。待ち人とはちゃんと会えた――」


 ジガンは言葉を呑み込んだ。さっきまでプルクラの隣にいた青髪の少女が今はジガンの後ろにいて、短刀の切っ先を首に突きつけている。


 何なんだ今日は。この女も馬鹿みたいに速い。一日で二人も自分より速く動ける人間に会うとは予想もしていなかった。あと、その内の一人が何故か自分を殺そうとしていることも。


「あー、何か誤解があるんじゃ――」

「プルクラ様に何をした?」


 心臓が凍り付きそうな冷たい声で詰問される。アウリの温和な顔立ちが、今は鬼神の如き迫力を醸し出していた。


「何って、一人で歩いてたから荷車に乗れと誘っただけだぞ?」

「アウリ、ジガンは悪い人じゃない」


 すぐ近くに来たプルクラがジガンを庇う言葉を口にして、アウリは短刀を首から離した。そしてすかさず荷車から降り、ジガンに向かって頭を下げる。


「ジガン様、とんだ失礼をいたしました」

「あー、別にいいよ。アウリ、だっけ? あんたみたいな人がプルクラの保護者ならある意味安心だ」

「「保護者?」」


 保護者と聞いて、プルクラとアウリが同時に首を傾げた。


「保護者じゃねーの?」

「従者です」「お姉ちゃん」


 アウリとプルクラが同時に反論した。それでジガンは凡そのことを察した。つまり、アウリとはプルクラが姉のように慕っている従者なのだろう。


「まぁいい。とにかく無事に会えて良かったな、プルクラ」

「ん。ありがと、ジガン」

「ジガン様、ここまでプルクラ様を無事連れて来てくださり、ありがとうございました」

「あー、いや。プルクラなら一人でも――」

「ジガン・シェイカー様! それがしはキウリ・ペンタスと申します! あなた様に師事したく、領都より罷り越しました!」


 度々言葉を遮られて溜息を吐くジガン。しかも今度はやたら声のでかい大男である。アウリに襲われかけて、誰かが弟子入りに来たという話をすっかり忘れていた。


「あーはいはい、ちょっと待ってねー。今こいつを片付けるから」


 六つ脚驢馬と荷車を指し、門を潜ってファルサ村の中に進むジガンと、それにぞろぞろ付いて行く六人。プルクラとアウリ。レノ、ダレン、ギータの男の子三人組。そして弟子入り志願のキウリ・ペンタスである。


「何でお前も付いてくるの?」

「ん? 勝負するって言った」

「……そういや言ったわ。そうだ! キウリ君。この女の子に勝ったら俺が相手してやってもいいぞ?」

「え? 某が、その子とですか? それはさすがに……」

「上級騎士くらいつえぇよ、この子。多分だけど」


 話しているうちに村の納屋について、荷台に載せていた木箱を村の男たちが納屋に運び入れる。別の男性が六つ脚驢馬の手綱を引いて別の場所へ連れて行った。


「プルクラ、お前身体強化使えるだろ?」

「ん」

「二倍までだ。出来るか?」

「ん」

「キウリ君は強化なしで。それならどうだ?」

「……分かりました。ジガン様がおっしゃるなら従うまでですな」

「よし、決まり!」


 面倒な弟子入り志願者の相手を押し付け、その上プルクラの実力も測れる。我ながら妙案だと悦に入るジガンである。

 村の中を南へ移動し、大きな木がある開けた場所まで来た。その傍に粗末な木造の家があって、ジガンがその家に入って二本の木剣を手に戻ってくる。


「プルクラはこれくらいが良いだろう。キウリ君はこっちで」


 プルクラには、少し軽くて短めの木剣を。キウリには大人用の木剣を渡した。プルクラは腰に佩いた刀と背嚢をアウリに預け、木剣を軽く振って感触を確かめた。

 キウリの方を見ると、彼は革製の胸当てと手甲、脛当てを素早く身に着けていた。防具は使い込まれた様が見て取れる。

 木剣を手にした二人が、開けた場所の真ん中で相対した。キウリは伝統的な中段の構え。一方のプルクラは、片手で持った木剣をだらりと下げている。


「降参するか気絶したら負けな。じゃあ……はじめっ!」


 ジガンの掛け声と共にキウリが前に出て間合いを詰めた。


(体が大きな割に良い動きだ。相手の目を見てどう動くか予測している。構えに乱れもない。あれなら大抵の攻撃に対応できる。彼は“シェーガン流”で修行したようだな)


 一方のプルクラは迫るキウリをじっと見つめるだけ。木剣の切っ先はまだ地面を向いている。構えを取らないプルクラに焦れたのか、キウリが気合と共に上段からの打ち下ろしを放つ。


「はぁ!」


 キウリの木剣が脳天を砕く寸前、プルクラは僅かに後退し紙一重で躱した。直後に腰を深く落としながら前に出て、キウリの胴を木剣で横薙ぎにする。

 だがキウリも木剣を縦にしてそれを防御。プルクラは一回転して逆側の胴を攻めるが、これも防がれる。低い姿勢のまま膝から下を狙う嫌らしい攻撃を繰り返し、時折喉を目掛けて突きを繰り出す。華奢な少女とは思えない怒涛の攻撃を、キウリは何発か食らいながらも致命傷を避けている。


(身体強化二倍でこの速度……やはり素の身体能力がずば抜けてる。キウリはプルクラが打ち疲れるのを狙ってるんだろう。普通の相手ならそれで正解だが……)


 プルクラの攻撃は速度重視で、一つ一つの威力は大したことのないように見える。だからこそキウリも何とか防げているのだが。

 数連撃繰り出したプルクラは、そこで一旦攻撃を止めて後ろに下がった。


(おいおい、それは悪手だぞ?)


 体格と膂力の差がある相手に対し、自ら後ろに下がると相手を有利にしてしまう。案の定、疲れて手を止めたと思ったキウリが前に出て、最も力が乗る袈裟斬りを繰り出す。

 それに対し、プルクラは初めて両手で木剣の柄を握り、切っ先を下に向けて下段に構えた。


(……その構えは……まさか“ロデイア流”か?)


 キウリの踏み込みに合わせ、プルクラも前に出た。斜めに振り下ろされる木剣には、その一撃で仕留めるという気迫が籠っている。直撃すれば鎖骨が粉々に砕けるだろう。

 プルクラは向かってくる木剣の力に抗さず、そこに自分の木剣を滑らせるようにあてがうと同時に半身になって袈裟斬りを躱した。滑らせたプルクラの木剣が柄を握るキウリの拇指に達し、その骨を折る。鍔のない木剣だから出来た技である。


「ぐっ! ……参った」

「ん」


 終わってみれば、キウリは多くの打撃を受けて使い古した雑巾のような有り様で、一方のプルクラは結局一太刀も浴びず、汗すらかいていない。

 木剣を手放し、左手で痛めた右手を覆った状態でその場に膝を突いているキウリの前に、プルクラが腰を落とした。


「だいじょぶ?」

「ぬ……先程は侮るようなことを申して済まなかった。貴殿は素晴らしい剣士ですな」

「ありがと。指?」

「ああ、死にはしないのですな」

「『サナーティオ癒し』」

「あれ? 痛みが引いた……」

「ん。良かった」


 プルクラは立ち上がったが、そこで今の状況に突然気付いたようで、キウリに背を向けて赤くなった顔を両手で覆った。


(えぇぇ……今さら人見知りかよ)


 すかさずアウリが駆け寄り、プルクラの肩を抱いてキウリから離れる。キウリは右手を握ったり開いたり調子を確かめながら、離れていくプルクラの背を呆けたように眺めていた。そこにジガンが近付いてひと言。


「なかなか良かったがあと一歩だな。もう少し実力が上がったら弟子入りを考えてやるよ」

「はい! 精進します!」


 ジガンからそう声を掛けられ、キウリ・ペンタスは意気揚々とファルサ村の南門から出て行った。

 その背中を見送ってから、ジガンはプルクラの所へ戻る。彼女は木陰に座り、アウリから飲み物を貰っていた。


「なぁプルクラ。お前、誰に剣術習った?」

「ごくごくごく…………習ってない」


 そう言って、プルクラは背嚢から一冊の書物を取り出してジガンに見せた。


「これで勉強した」


――初級剣術教本(著者:バルドス・ロデイア)


 それはプルクラが十歳の時にレンダルから贈られた剣術の教本。辛うじて本の体裁を保っているというくらいぼろぼろで、相当読み込まれたことが見て取れた。


(げっ!? 団長が十八年前に書いた教本じゃねぇか…… “ロデイア流”に似てたのも納得だ)


「ほ~う。その本で勉強したってことは、独学なのか?」

「んー、練習はお父さんに見てもらった」

「へぇ、そうなのか」


 この時ジガンは、プルクラの父はきっと名のある剣士なのだろうと考えた。どこかジガンの知らない場所で“ロデイア流”の道場でもやっているのか。道場が繁盛していれば、プルクラの服が上質なのも合点がいく。それに、普通は女の子に剣術は教えないから、本で学んだのも納得出来る。だが最終的には、父親もプルクラの熱意に負けて、彼女の練習を見てやった、と。成程成程、と頷くジガン。


 一つも合っていないのだが。


「お前も苦労したんだな」

「?」


 教本だけでここまで強くなるとは、余程鍛錬を積んだのだろう。同じ年頃の子供と遊ぶ暇を惜しむ程に。だから人見知りなのだな。小憎たらしい餓鬼だと思ったが、いや実際小憎たらしい餓鬼だが、その努力は認めてもいい。


 ジガンはプルクラのことを見直した。その推察は九割方間違っているのだが。


「俺も、その本を書いた人から剣術を習った」

「ほんと!?」

「だから色々と教えてやれるぞ? 弟子にしてやってもいい」

「…………その前に、勝負」


 ちっ。勝負のこと憶えてやがった。

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