第35話 さあ、選ばれよう

 ふとナグが宙を見た。

 そうして、自分の袖の匂いを嗅いだ。


「どうした?」

「いえ、その今日は一杯動き回ったんで」

「ああ、風呂にでも入りたいのか」

「えっと、はい・・・」

「なら」


 俺は立ち上がり、ナグの背後に回った。


「え、なんですか? セウルくん?」


 少し怯えた様子のナグの着ている服――俺がやった物の裾に指を走らせ、聖法陣を描く。


「もしかして、水を出してお風呂を――」


 言いかけたナグの首筋に、俺は手を触れて。


「〖帰還リーブ〗」


 法術を展開した。


「ぴぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 夕暮れの森にナグの悲鳴が木霊す。


「〖帰還〗でお前と共に、お前の服の聖法陣に飛んだ。これなら短距離移動ですむ」

「また、裸にぃぃぃぃぃ」

「風呂に入る手間が省けていいだろう。俺の触れている物は転移できるが、お前の触れていたものは転移できない。つまり、汚れは置き去りで、すっかり綺麗な体だ」

「いいえ、汚されましたよ! わたしの乙女な部分が汚されちゃってますよ!?」


 涙目で訴えてくるナグだが、分かってないな。


「今回は誰もみてないぞ」

「セ、セウルくんが見てるじゃないですか!」

「なるほど。しかし、俺は気にしないから大丈夫だ」

「それはそれで、乙女な部分が傷つくんですが!!」

「お前の乙女は面倒くさいな」

「いつか刺されますよ!?」

「いや、刺されたことは有る」

「既に体験済みだった!!」

「『くっ、コロせ』とか、『お前をコロして、私も死ぬ』など、とにかく命のやり取りが好きなやつだった」

「それはたぶん、命のやり取りが好きなんじゃなくて、別の何かを好きなんだと思います!」




 次の日、俺とナグはまた世界樹(苗)の上に居た。

 いや、これはもう苗とは言えないか。

 雲の上まで伸びる世界樹。

 そんな雲の上で、俺は世界樹の黄金の実をもいではナグのゲートに放り込む。

 もう、数え切れないほど入れている。


「ど、どれだけ採るんですか?」

「世界樹の実は、エリクサーの原料だから、高く売れる」

「そ、そういえばそうですね」


 〝エリクサー〟――治療薬ヒールポーションの最上位の物で、欠損や機能を失った部位を元に戻したりできないが、傷くらいならなんでも塞いでくれるしHPは完全回復する。

 これより上の回復手段は法術の〖完全治癒パーフェクト・ヒール〗だけだ。

 〖完全治癒〗なら、欠損や機能も取り戻すことが出来る。

 そんな治療薬としては最高のエリクサーだが材料の実がなる場所が、この通りダンジョンで、しかも雲の上なので簡単には収穫できないのでエリクサーは高価だ。

 しかし、俺なら飛んで来れるので実の収穫は簡単だ。

 そういえばフリオの時代、俺達の世界で世界樹を育てられないかと実験したことがある。

 一応は成功したが、今あの樹たちはどうなっているだろうか。


 ヤナヤも小さな翼で飛んで、口を使い世界樹の実を取ってきて、ナグのゲートに放り込んでいた。

 たまに食っている。


「食べても、瑞々しく甘いからな」


 子供には堪らないだろう。

 俺も一つ齧る。

 とろけるような舌触りと甘さ、滴る程の瑞々しさ。

 うむ堪らないな。俺も、まだまだ子供舌か。

 甘味の少ない世界なので、そういった理由でも高く売れる。

 これでモンスター素材と実を売れば、30万タイトくらいになるか。


「セウルくん、お金どれくらいになりますかね」


 ナグも気になったのか、尋ねてきた。


「30万タイトだな」

「じゃあ、私は3万タイトですか。遠いですけど頑張れば150万タイト返せるかもしれません」


 あほかコイツ。


「お前の取り分は15万タイトだろ」

「え、いやいやいやいや! そんなに頂けません!!」

「お前なぁ・・・まぁ後でいい」


 後でちゃんと話すか。


「えっと・・・はい」


 所在なさげにしたナグが、実を齧った。

 そして、驚愕した顔になり・・・、一筋の涙を流した。


「どうしたんだ?」


 俺は尋ねるが、


「え、いえ! なんでもないです。とっても美味しくてビックリしました」

「そうか」


 と、そこで精霊魔術の〖風の乙女の喚声エリア・チャット〗の声が聴こえた。


『ボスが発見されました!』


「早かったな」

「・・・・・・ボスですか、討伐されたらダンジョン消えちゃいますね。もうお金儲けできないですね」

「逆にボス討伐隊に選ばれれば、儲かるぞ」

「・・・いや、無理ですよ。だんだんセウルくんの強さは分かってきましたがFランクですし、選ばれる訳がありません」


『ギルドからの討伐隊、選出メンバーを発表します。

Aランクパーティー〝光の天秤〟からリーダー剣士デイン・デイライト、魔術師アム・ミリハ。

Bランクパーティー〝カルマ〟からリーダー槍術士ナイン・ナルディア、楽師パル。

同じくBランクパーティー〝カタストロフィー〟からリーダー狂戦士ノックス・ガル、魔獣使いアイシャ・ラブル。

Fランクパーティー〝セウルズ〟からリーダー剣士セウル・F・オルセデオ、召喚術師ナグ。

以上8名の選出となります』


 連絡が終わると、ナグがちょっと理解が追いつかないという感じに、こめかみを押さえ俺の顔をじっと見た。


「――――なんで私達、選ばれてるんですか――!? ―――ああ、そうか何かの手違いですね、ギルドに知らせに行かないと!」


 ナグが、ダンジョンの出口方向に走ろうとしたので、俺は立ち上がり襟首を捕まえる。

 そうしてボスの居場所の目印になる、火炎魔術が打ち上がっている方向に引き摺って行く。


「よし、行くか」


 ナグが暴れ回り、俺の手から逃れようとする。


「うぎげぁ―――。れ、冷静にしないでください!! 異常事態なんですよこれは!!」

「他のパーティーが待っているんだ、早く行くぞ」

「いや! ボスとか、私死んじゃいますよ!!」

「安心しろ、お前は死なない」

「なんで!」

「俺が守るんだからな」


 何故かナグが、俯いて黙ってしまった。


 首がしまって、咳き込んだが。

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