第26話 証言、受付嬢ヒルダ・イコヒロワ3

 まばたきを繰り返す私に、彼はいつもどおり事もなげに、


「ダンジョンが開いた」


 繰り返しました。


 緊急事態です!! ギルド挙げての大仕事が入ってきた!!


 冒険者たちも騒ぎ出している。


「・・・・セ、セウルくん! ちょ―――ちょっと奥へ!!」


 私はセウル君の手を引いて急いで奥へ。

 これはもう、ギルドマスター案件です。私では処理できません。

 でも、おかしいな、ダンジョンを開くモンスターって・・・フィールドボスって呼ばれてて、ダンジョンのボス並の強さなんですが・・・。


 あれ?


 ボスを、セウル君が倒した・・・・? 一人で?


 あれ?


 始め、ギルマスはセウルくんに塩対応でした。

 まあ、当たり前なんですけどね。


 本当に面倒臭そうにして、帳簿から顔も挙げず返事をしています。


「実は彼、今日チャージャーボアを二頭狩って来まして」


 そんな言葉にギルマスは一瞬顔を挙げてセウル君を見ましたが、


「そうかい。その歳にしては、まぁ優秀なんじゃないかい」


 一言ですか・・・しかし、何日で達成したかは言ってませんし

 一撃で倒してる可能性も、話してません。

 なによりこの人も、あの年でギルマスになるような・・・・化け物ですから。

 しかしダンジョンの事を伝えると、唖然。


「――は?」


 驚愕です。そらそうです。


「倒したのかい? この子が? このヒョロヒョロのちんちくりんが? ダンジョンを開くような高レベルのチャージャーボアを―――!?」


(・・・・しかも多分、一撃なんですよ・・・・)


 面倒な事になりそうなので、言いませんけど。


「・・・彼ならあり得るかも知れません」


 私が、悩んだ末に出した結論をギルマスに伝えると、ギルマスがセウル君に尋ね返します。

 そこからセウルの見事な回答が始まりました。


 証拠を次から次へと。

 しかも攻略の助言まで開始します。


 ギルマスの眼が変わりました。

 まるで戦場に居るかのような真剣な物に。


 自らに突きつけられた、刃物を見るような。


 ギルマスは【鑑定】スキルを持っていませんが、経験からくる鑑定眼は確かです。

 そんな彼女が、


「――君、ランクは?」


 尋ねました。

 セウルくんがFランクだと識ると。


「ヒルダ、彼はDにしておいてくれないかい」


 なんと飛び級を、私に命令しました。


 どうやら・・・彼の強さは本物だと、ロファさんが認めたのです。

 化け物ギルドマスターが、このセウル君もまた化け物だと。

 モグリの冒険者など居なかった。

 私はホッとしました。

 よかった。彼は本当に強かった。

 私は遂に知ったのです、彼の強さを――なんて思ってました。


 まだ、片鱗すら見せていない事も知らずに。


 しかし飛び級には一つ問題があります。


「でもDだと試験が・・・」


 飛び級はギルドマスターの権限で出来ますが、試験だけは避けられません。

 すると、今度はギルマスがおかしな事を言い出しました。


「オルデマさんは帰ってるかい?」


 まさか、オルデマ・オックスさんに試験させようというのでしょうか。


 ギルマスは彼がCランクの試験官だと忘れているのかと思い確認しましたが、オルデマさんを連れてこいと言い張ります。


 私は困惑しながらも、オルデマさんを連れてきました。


「――は? 冗談はしてくれやロファ、オラァCランクの試験官だぜ」


 オルデマさんの言葉は尤もです。

 おかしいのはギルマスです。


 ところがもう一人おかしな人がいました。


「いや、俺はFランクのままでいい」

「「「は!?」」」


 まさかのランクアップを断る冒険者。

 聴いたことがありません。

 おかしな子だとは思っていましたが、とうとう極まりました。


 結局〝セウルくんが試験官に勝ったら、Fランクのまま〟という訳の分からない交渉が成り立ち、オルデマさんが試験をすることになしました。


 当然立腹したオルデマさんはセウルくんを、まさかのCランクの試験場に連れてい――――――私が、考えを終える前にでした。


 試験場からおぞましい衝撃音がして、ギルドの建物が揺れました。


「終わったぞ」


 言ったのは、オルデマさんではありません。


 セウルくんです。


 終了の言葉は本来、試験官の仕事です。

 だけど、その試験官が出てきません。


 心配になった私とギルマスは、試験場に飛び込みました。


 私たちの目にしたのは、壁に埋まり、そこに描かれた絵みたいになったオルデマさんでした。


 横向きに埋め込まれた顔で、


「耄碌シテタノハ――俺ダッタ」


 そんな言葉を残して、オルデマさんは気を失ったのでした。


 ギルマスが辺りを確認し、セウルくんと一言交わします。

 そして彼女は、なにやら独り言を呟いていたかと思うと、


 腰の剣を抜いて、セウルくんに襲い掛かりました。


「ギルマス・・・なにして! ・・・」


 私の制止の声も聞かずに、

 

 「ヒュ」


 部屋の奥から一気にセウルくんの眼前まで飛んで、切っ先を伸ばしました。


 相変わらず、馬鹿げた身体能力です。


 Aランクの人間というのは、どうしてこうも皆、人間を辞めているのでしょうか。


 しかしセウルくんは眉一つ動かさず、風魔術を放ちました。


 部屋が、台風が入ってきたかの様相を呈します。

 されどそこは流石、化け物ギルマス。


 風圧を躱して、天井近くまで跳ね上がりました。


 動きが、私ではもう目で追えません。


「――マスターを名乗るだけは有るな」


 セウルくんがギルマスを褒めました。

 いやいや、そこは逆でしょ。

 

 ギルマスは「試験だ」と言い張り、天井を蹴ってセウルくんに剣を伸ばしますが。


 私は、有り得ないものを見ました。


 ―――無詠唱の五重詠唱です。―――


 とうとう彼、物理現象を無視し始めました。

 まず無詠唱か、二重詠唱のどちらかができれば大魔導士アーク・メイジになりれます―――それをあの若さで両方。

 そしてなによりも有り得ないのが、五重詠唱です。


 二重詠唱は口と脳内で行うのだと、ギルドに所属する魔術師の冒険者が言っていました。

 そこにスキルを加えれば、三重詠唱までなら可能だと。

 しかし、人間には四重詠唱はできません。

 できたとしても、ごくごく僅かな人が2つ目の詠唱スキルを持っていた場合です。

 これが出来るのは、今の時代では、世界最高の魔導師ルルア・ルル様しかいません。

 そうです。四重でも、世界最高の魔導師しかできないのです。

 しかし彼がやったのは、五重詠唱。

 それも全部、無詠唱なのです。


 ギルドの魔術師さんは、口も使うと言っていました。

 もう、どうやってるのか理解すら及ばない。


 最早フリオ・エンド様や、ベイベルク・ノーリ様といった魔導王グリム・ロードと呼ばれるような人間しか出来ない所業。

 これがどのくらい有り得ないかというと、フリオ・エンド様が蘇り、今この場に居る位有りえません。


 私は、自分の頭が可怪しくなったのかと思いました。

 しかも、驚愕はそれで終わりませんでした。


 放った魔術を、後からコントロールするのは非常に困難です。

 それをセウルくんは、五つ同時に、コントロールしてみせたのです。


 更には、慣性を無視するような急旋回をさせました。

 そして遂には、何故か威力を上げた一撃がギルマスに刺さったのです。


 そうです・・・セウルくんは、化け物ギルマスを――――人間を辞めたような人間を・・・・子供のようにあしらったのです。


 ここで私は、やっとセウルくんの本当の強さを知りました。


 化け物なんて言葉じゃ納まらない――想像を絶する・・・軍神の如き強さなんだと。


 ハッとした私の目に、血を床に撒き散らして倒れたギルマスが映り、青ざめました。

 急いで最高治療薬エリクサーを取りに向かおうとしました。


 ところが、セウル君が私を制止しました。

 この時ばかりは、もうこの人が本当に意味分かりませんでした。


 眼の前で、ギルマスが死にかけているのですよ!?

 まさか、無理やり試験を続行したから恨みでも晴らすつもり!?

 するとセウルくんは、ギルマスの傷に手を当てると。


 彼女を〝〖治療〗〟したのです。


 元気に立ち上がったギルマスが、自分の体を確認しながら驚愕します。


「これは、失われた法術!?」


 そうです――セウルくんは―――居ないはずの法術士でした。


 ああ、マジです。

 この子は、マジモンの天才のイケ面。

 しかも神に選ばれている。


 私の将来のお婿さんにしましょう。

 決定です。

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