第25話 証言、受付嬢ヒルダ・イコヒロワ2

 私は彼にもう一度尋ねながら、注意を与えておきます。

 変な事にならないようにと。

 すると彼は、勘違いしました。


「ああ、なるほど、モータルグリズリーを倒すような冒険者はFランクではマズイのだったな、そういう面倒な手続は今度で良い」


 でも、彼の言うことも尤もです。

 しかし、彼は昇格も面倒だからと断ります。

 昇格を断られたのは、長年受付嬢をやっていますが、初めてです。


(本当に何なんですか、この異質な子は)


 そう思っていると、今度はチャージャーボアを狩るなどと言いだしました。

 しかも、また一人で。

 モグリとつるんで居ても困りますが、たまたまモータルグリズリーの死体を見つけただけで言っているなら大変な事になります。

 チャージャーボアも、モータルグリズリーと同じ危険度を誇るのです。

 チャージャーボアとは、鋼のような皮膚を持つ猪で――8トンもある巨体が、時速70キロメートルルデ・ペタルで突進し、牙で突き上げてくるという恐ろしさ。

 そんなのと戦ったら、この子は死んでしまう、なんとかしないと。


「だから、そのレベルでモータルグリズリーを一人で倒せるわけあるか!! 依頼書返しなさい!!」


 依頼書を奪い取ろうとする私の手を、手品か何かのように躱して、彼は依頼書を懐に仕舞ってしまいます


「死んじゃうんだからね!!」


 私の警告も無視して、極めつけの言葉を言いました。


「ルルア・ルルという魔導士を知らないか?」


 ルルア・ルル?

 謂われて、私はしばらく考えました。

 誰だって、こんな子がまさか世界最古と言われるリンドブルグの知恵の塔、古代賢者学院の最高大魔導士学院長にして――〝終わりの魔女〟の名でも呼ばれる世界最強の魔術師ルルア・ルル様を言っているなんて、思い当たる訳が無いのです。

 しかし私の知るルルア・ルルは、その人しか居ませんでした。


 私が尋ねると、


「では少し顔を見に行くか」


 まるで友達に会いにくような気軽さです。

 この常識知らずさには、私も流石に大混乱。


「ご尊顔を拝謁する気!? いやいや! 会えないって!! ―――君なんか、ちょ―――いいかげん人の話しを聞きなさい!!」


 私の警告を完全に無視して、彼は街の雑踏に消えていったのでした。


 彼が居なくなって どっ と疲れを感じた私は、崩れるように背後の椅子に腰を預けました。


「なんだったの・・・あの子」


 そう思いながら、手にあった依頼書の控えを眺めます。

 そして、青ざめました。

 問題は、期日。


「―――不味い! 依頼人に返す筈だった依頼書・・・・!!」


 期日は明日まで。

 もう時間的に達成不可能!

 チャージャーボアの居る森は馬を走らせても、一日は掛かる距離。

 なのに相手は、あのチャージャーボア。

 突進の一撃を受ければ、こちらが鋼の鎧に身を包んでいてさえ死を免れない。


 じっくりと罠を仕掛けて、動けなくして狩る相手・・・。


 幾らモグリとつるんでいても、彼には依頼達成不可能。


 ・・・・彼は違約金を払うことになってしまう。

 ―――私のミスで。


「・・・なにをやっているのよ、ヒルダ」


 私は自分に言いながら、情けなくなて椅子の上で項垂れてしまいました。


「借金等をして、困った事にならなければ良いけれど・・・・それどころか、焦って死んでしまったり・・・!」


 若い冒険者の安否が心配になって、私は頭を抱えてしまったのでした。


「あの子が死んだら・・・・私のせいだ」




 次の日、朝早く。

 昨日の事があり、沈んだ気分で俯いていると。

 どしゃり と、カウンターに何かが置かれました。

 顔を挙げると、チャージャーボアの素材。


「え?」


 眼の前には、あの若い冒険者。


「・・・う・・・・そ・・・」


 私は、ぼんやと呟いてました。


「買い取りを頼む」

「こんなに早く、どうやって狩って・・・!!」


 絶対間に合う筈もない依頼を達成して、彼が帰ってきたのです。


「いや、急ぎの依頼だったろうに遅くなった、すまない。昨日の内に街に戻ったのだがな。夜だったので日を改めた」


 え・・・昨日の内に戻っていたって言うの!? ―― 冗談じゃない!

 どんな馬を使ったら、そんな離れ業が可能だっていうの!

 まさか、個人で魔導馬車でも持っているとでも!?


 馬鹿げた事を謂う彼、しかしチャージャーボアの素材が目の前にある限り、彼の言う事は事実だと思うしか無い。


「まって・・・・・・・・これ、二頭分・・・じゃないですか??」

「ああ」

「何をどうして、どうやったですか!!」


 私は叫んでいた。


 もう分からない。


 今度こそ分からない。


 モグリ!? 居ても無理だわ、アホか!!


「それより、早く鑑定してくれ。そっちも急ぎだろう?」


 「いえ、単に誰も受ける人が居なくて期限間際になった依頼用紙を、私が剥がし忘れていただけ」等とは言えず。

 私は苦笑いを返してから黙々と鑑定を終えて、セウル君に金貨と銀貨を渡しました。


「チャ、チャージャーボア二頭分の素材と依頼達成料、あわせて2万5500タイトです」

「ああ」


 そんなやり取りに気づいた冒険者達が騒ぎだします。

 そして、


「Fランクが一人で狩れる訳ねぇんだよ」

「やっぱ、モグリの冒険者とでもつるんでるんじゃねぇのか?」


 そんな声に、私は考えます。

 そうか、凄まじい手練が二人居る可能性を失念していました。

 しかも、二人共とんでもない強さです。

 何故なら、このチャージャボア、二体とも一突きで倒されていたのです。

 それはもう鮮やかに。

 だとすれば・・・・。

 彼らとギルドが戦争をする光景を想像し、ゾッとしながら私はセウルくんに尋ねます。


「あの、セウルくんは本当に一人で狩ってるんですか? ギルドを追放された人とかとパーティーを組んでいたら、セウルくんも罰が与えられますよ?」


 言っても彼は「一人で狩った」と言い張る。

 有り得ないんですよ、それは。

 と、そこで気づきました。


 チャージャーボアの肉が無いことに。

 チャージャーボアは、肉こそ高いのに。


「あれ? そういえば、肉はどうしたんですか?」

「運べないので、捨ててきた。俺が複数人で狩りをしているなら運んでくる筈だろう」


 確かに、そうだ。

 一人でなければ、あり得ない事です。複数人なら、肉は絶対持ち帰る。

 だとしたら彼は「本当に一人でこの異常事態を起こしているのだ」となる。

 そ、そんなそんな事・・・・ありえない。私の脳がどうしても、目の前の異常を受け付けられずに混乱します。

 受付嬢でも、受け付けられない事は有るのです。

 ――と、そこで気づく。まって。

 肉を捨てたァ!?

 なにしてんだこの若造!!

 思わず私が説教すると、彼は本当にすまなさそうにしました。

 なんだか人間離れした感じがするのに、可愛いところもあるんですね。


 顔もかなり良いし・・・これは・・・・まさか、優良物件ではないでしょうか?

 彼が悪いことを、していなければですが。


「ダンジョンが開いた」


 私が肉の在り処を聞き出して、新たなクエストを張り出そうとしていると、へんな言葉がセウルくんから聴こえました。

 私は顔を挙げて尋ねます。


「―――今、なんと?」


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