第24話 証言、受付嬢ヒルダ・イコヒロワ
◆◇視点〔受付嬢ヒルダ・イコヒロワ〕◇◆
セウル・F・オルセデオくんは、突然私の前に現れました。
私はヒルダ・イコヒロワ、リンドブルグにある冒険者ギルドで受付嬢をやっています。
今日は、朝からオルデマ・オックスさんが冒険者のCランク昇格試験をしていました。
でも、歴戦の戦士でありBランクのオルデマさんは、若い魔術師を一蹴しました。
その内容はこうです。
「リダル マダル――」
中年の魔術師が詠唱を始めた瞬間、オルデマさんは【疾風】という空気を蹴って加速するスキルを使い、魔導師の横へ移動しました。
そして足を引っ掛けると、突き飛ばしました。
足をもつれさせ、倒れる魔術師。
オルデマさんは倒れた相手の喉元へに、木剣を突きつけます。
「Cランクは、オメェにゃまだ早ぇ」
告げて試験を終えました。
なんという早業、流石〝俊足の
魔術師は悔しさで拳を床に叩きつけていましたが、Cランクになると、
遭遇すれば死の運命を避けられないとまで言われる熊。
10トンの体から繰り出される、剣のような爪の一撃は遭遇した幾人もの冒険者を葬ってきました。
可哀想ですが、あの魔術師の腕では大怪我では済みません。
手練の冒険者というのは、ギルドの宝です。
ここリンドブルグは、西の大国エンドラスト第二都市と云われる大さなので、沢山の冒険者が所属していますが、Cランク以上は少ない。
でもCランクは猛者ですから、なかなかなれません。
私としては、猛者が沢山増えてくれれば依頼の回転も早くなりますし、安心できますし、嬉しいのですけれどね。
―――そんな事をぼんやりと考えてしました。
カウンターの前では私に向かって、頬をほんのりと赤くした若い冒険者。
今日の狩りの成果を報告しています。
私が冒険者に笑顔を向けていると、現れたんです。
若い冒険者は、後ろからやって来た〝彼〟に気づいて酒場に向かいました。
私は、初めて見る〝彼〟に「冒険者ギルドへようこそ」と案内をしようとしました。
すると、まだ子供にも見える〝彼〟はカウンターに巨大な爪や牙、そして皮を置きました。
武器や防具に加工される、鋭い爪や牙――塗れたような漆黒の毛皮。
私は直ぐに、状況の異常に気づきます。
似つかわしくない年齢の人物が、モータルグリズリーの素材をカウンターに置いたのだと。
鑑定などしなくても、ここで長く働いている私には、それが明らかに死神熊と呼ばれるモンスターの素材だとわかりました。
「冒険者になりたい。それから、これを売りたい」
眼付きの悪い彼はどこか堂に入った様子で、静かに言いました。
私は彼の後ろを見ます。
そこに居るはずの猛者の冒険者を探します。
しかし、誰も居ません。
でも、そんな訳、
「これ―――君がひとりで?」
私は何時も通り笑顔で言おうとしましたが、おかしな状況でおかしな顔になっていたと思います。
「ああ」
「モータルグリズリーの素材ですよね―――!? これ!」
思わず確認した大きな声に、酒場の冒険者達がざわつきました。
「ガキ・・・一人、だよな?」
「今、ヒルダさん、モータルグリズリーって言わなかったか?」
「まさか」
彼は頷く事もせずに、あっさり、
「そうだ」
答えました。
そんな馬鹿な事は、有り得ません。
「これ、どう見てもA級のサイズですよ? Bクラス冒険者数人でも危険なサイズです!! 君ひとりで倒せる訳ないじゃない―――っ!!」
「そうでもないぞ」
も、もしかしてモータルグリズリーの死体を見つけただけでしょうか? それで討伐したと言い張っている? 嘘でランクを上げるつもり? そんな考えが浮かびます。
しかしそこで、もう一つの、嫌な事実に思い当たりました。
たまにあるのです。
ギルドを追放されたり、協会に入会拒否された冒険者が、この様な若い子を騙してギルドを利用しようとする事が。
「まさか君、モグリの冒険者とつるんで無いでしょうね!?」
私の指摘に、ギルドが静まり返りました。
少し殺気立っています。
もしモグリの冒険者とつるんでいるなら、所属冒険者に、眼の前の彼の捕縛依頼が行くかもしれなのですから。
なのに、彼はどこ吹く風。
ギルドの荒くれたちの剣呑な視線を、まるで気にしない。
表情一つ変えないで言います。
「いいから早くしてくれないか、知り合いに会いに行くんだ」
知り合い? そう思いながらも、今は彼を詮索する方法も有りません。
私は彼に入会用紙を渡します。
「代筆は必要ですか?」
「いらん」
文字が書けるなら、教育を受けている人の様です。
「本当に何者だろう?」そう思いながら、モータルグリズリーの素材の確認に入りました。
それは見事の一言でした。
一太刀――― 一撃で倒しているのが分かりました。
私は声が震えるのが分かりました。
〔うそでしょ・・・・・・?〕
Bランク冒険者でも、こうは行きません。
モータルグリズリーの体は鋼のような皮膚に覆われており、防御力が非常に高い。
数人がかりで切ったり焼いたり、何度も何度も攻撃して、やっと倒せる相手です。
なのに焼けたような刃傷が、たった1つ。
もしモグリとつるんで居たとしても、これが出来るなら、そのモグリは恐るべき手練。
そんな人間に勝てる人物は・・・・・ウチに所属している人間では・・・Aランクで街一番の剣士と謂われるデインさんか、ギルドマスターのロファさんしか居ません。
しかも生きて帰れるか、分からない。
私は少年らしき人物の背後に居るかもしれない人間を想像して、ギルドを挙げた大戦争の予感に、体の
「で、幾らになる?」
彼が入会用紙を差し出す姿が、まるで私の喉にナイフを突きつけている様に見える幻視をして、私は
大丈夫、私は沢山の手練達を毎日相手してきたではないか。
それでも声が上ずるのが抑えられません。
「は、はは、はい確かにモータルグリズリーの爪、牙、皮、合わせて1万タイトになります! あと此方が冒険者カードです・・・Fランクですが・・・・」
「助かる」
それに恐ろしいのはこの子じゃない。
この子の背後の人間だ。
むしろこの子は被害者だ。
そう考えると私は、モータルグリズリーを一刀で切り伏せる実力を持ちながら卑劣な真似をする人間に腹が立ってきました。
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