第22話 さあ、蝕み子少女に自分の価値をわからよう

「〖光あれライト〗、ほらコレで見えない。さっさとしろ」

「あれ? 剣士なのに魔術・・・・―――というか魔術で更衣室作る人、始めて見ました・・・ま、眩しいですね。でもコレは―――恥ずかしいです」

「お前は羞恥心が随分強いな、それでよく冒険が出来るな――」


 冒険中は色々あるからな。

 しかし人が苦手な人間は、羞恥心が強い傾向にあると賢者から訊いたことが有るな。


「――では、外で待っている」


 俺が出ていくと、安堵した息の後、シュルシュルと衣擦れの音がし始めた。

 ところで黙ってはいるが、あのローブの胸の刺繍部分は魔道具だ。

 刺繍に使っている糸は、俺の作った〈時編みの糸〉という時を糸にした物を使っている。

 デザインもただの刺繍に見えるが、魔術の言葉を意匠化したもので、時空系の魔術やスキルに影響する。

 俺のオリジナルにして、得意魔術だった。〖次元断アカシック・セイバー〗は、空間を切断する魔術、それを強化する為に使っていたローブ。

 そして、【召喚】も召喚獣を待機させる空間や、別の場所にいる召喚獣の側にゲートを開いて呼び出す。

 これは時空系のスキルに分類される。

 あのローブを着ていれば素早く開いたり、大きく開いたりが楽になろうだろう。

 だから俺の使っていた装備品は、全てあの女にやろうと思っている。

 俺の魔力が無い今、自分で作るのは不可能になったが、手に入れようと思えば、すぐに手に入る。


「終わりました」


 戻ると―――


「ほう」


 俺は、感嘆を漏らしていた。

 風呂場からくしを持ってきて、ナグの乱れた髪をとかす。


「あの、どうしたんですか・・・」


 くすぐったそうにするナグの髪を手早く整えると、もう一度離れる。


「やはりだ」


 俺は首を縦に振った。


 美しい―――美しいが――――


「少し、美しすぎるな」


 俺は、数百年前サンドーラという国で秘宝と呼ばれた美姫を思い出す。

 美姫と言っても〝蝕み子〟の元・娼婦。彼女は、貴族に見初められ半ば強引に妻とされる。

 ところが、あまりの美しさが原因で王族まで巻き込んで彼女を奪い合う争いが起きた。

 結局その国は混乱の最中さなかを隣国に攻められ、滅びかけた。

 まさに傾国の美女である。

 ここジールクレイドル大陸の三大美女に数えられる、その美しさは正に伝説級だが、彼女は不幸であった。

 最終的に俺と彼女が出会った時に、涙ながらに「攫ってくれ」と懇願されて、遠い国の片田舎に連れ去ってやった。

 ナグの見た目は、それに喩えられてもよい。


「ナグ」

「なんですか?」

「俺と一緒にいろ」

「え・・・・・・はぃぃ」


 ちなみにサンドーラの秘宝の話には少し続きがある。

 美姫ティアレイン・ローレライが生きていた時代、俺はニニュエ・セブンライトという森の妖精エルフ族の女だったのだが。

 男性不信で引きこもりのティアレインの相手は、本当に大変だった。

 常に不安になり、俺が男性と話せば不安になる、なんなら女性と話しても不安になる。

 あの時だけは転生の条件が揃ってもすぐに転生しなかった、ティアレインの最後の眠りを見届けるまで待った。

 ―――懐かしい、話である。


 風呂を沸かしてナグを入れさっぱりさせる。


「杖とローブ、本当にありがとうございます!!」


 ますます美しさを増したナグが頭を下げる。

 ―――処女雪を思わせる、銀の髪が揺れる。光の筋の奔流が流れた。

 軽い音でもしそうな光の束は、僅かに両目を隠している。

 髪の間から覗く〝世界色〟の瞳は、タレ目がちで気が弱そうだが、奥に芯がある。

 けれど恐らくこの世界の哀しい部分ばかり見てきたであろうそれは、哀憐あいれんを湛えていた。

 主張のない鼻に、目を離せば消えてしまいそうな微笑みを見せる花びらのような唇。

 ――薄い体。

 ――頼りない輪郭。

 ――悲しいほどに美くしい容姿。

 

「ああ、本当に似合っている」


 「えへへ」と、はにかみながら笑うその儚い姿に――俺はどこか、男性不信の引きこもりの面影を感じた。


 そういえばティアレインの口癖は「ニニュエと結婚したかったな」だった。


 ・・・・・・・・まさかな。




 さて――俺は、ガラクタを集めてナグのところへ行く。


「ナグ、ちょっと良いか」

「はい!」


 先にダンジョンへ行く準備を終えたナグが、俺を待つ間に庭にゴミを集めていた。

 こちらに振り返る姿が、なんだか嬉しそうだ。


「召喚ゲートは出せるか」

「・・・・えっと、出せますけど――契約できないんですから意味ないですよ?」

「いいから出してくれ」

「・・・・・・はい」


 戸惑い、若干に辛そうにしながらも、手を前に出しナグはスキルを使う。


「【召喚】ゲート開け」


 すると、縦長の黒い楕円の穴が空中に浮かんだ。

 俺はその中にガラクタを放り込む。

 放り込まれたアイテムは、ナグの召喚獣を待機させておく召喚獣待機部屋デフォルト空間に入り込んでいく。

 真っ暗な何もない空間なので、ここに召喚獣を長時間待機させる場合、環境を変えてやらないと召喚獣たちは疲弊してしまう。


「え!? 何をしてるんですか!!」

「【召喚】のゲートはな、こうして使えば重量・容量無制限の道具袋として使えるんだよ」

「へあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「便利だろう?」


 大昔、これを仲間の召喚術師に提案した時は、激怒されたが。

 便利すぎたので、相手も折れた。


 俺は魔道具を全部入れ終えると、「もう良いぞ」と声を掛ける。

 すると返事がない。

 おそらく昔のように激怒が返って来るのだろうと思ってナグを見ると、泣いていた。

 しゃくり上げる彼女を見て、俺は少し困った。


「すまん、そんなに辛かったか――」

「わ、私―――、私―――!! ずっと誰の役にもたてなくて! ・・・それで・・・それでぇ・・・」


 なるほどそういう事か。逆だったのか、こんな事ですら役に立てて嬉しいのか。

 嗚咽に崩れていく声。

 顔を両手で隠し、俯く。

 泣き声は聴こえない――押し殺して、泣いているのだろう。


「ナグ言っておくが」

「な・・・なん、でしょうか」

「お前の力は、こんなもんじゃない」

「・・・・へ?」

「お前は、もっと凄い。この程度は序の口だ」

「で・・・でも、これなら召喚できない召喚師でも! 荷物運びができます!」

「確かにコレも凄いことなんだが、荷物持ちで満足するな――他にもこんな事ができる」


 近くにあったワインボトルの先だけを、ゲートの中に入れる。


「ゲートを閉めてみろ」

「えっと・・・はい、【召喚】ゲート閉じろ」


 ゲートが消える。

 現象としては〝閉じる〟というより、〝消える〟が正しい。

 すると――


 キン


 俺の手に、先を失ったワインボトルが残った。


「え―――」 

「どうだ、きれいに切れただろう」

「な、なんですか・・・これ!!」


 ナグが勢いよく尋ねてきた。

 俺は流れるワインをグラスに注ぎながら答える。


「魔術に空間そのものを断つ、〖次元断アカシック・ブレイド〗という魔術がある。それと同じ理屈だ。【召喚】のゲートは、ここと別の場所を繋ぐ穴、その接続がなくなれば、ほぼ〖次元断〗と同じ現象が起きる」


 〖次元断アカシック・ブレイド〗は俺の得意技だ。原理を研究し尽くしている。


「ア、〖次元断アカシック・ブレイド〗って!! 伝説の〝五賢人〟ラル・フェローバーグ・トゥエルブ様や、フリオ・エンド様達が得意とした、空間ごとあらゆる物を斬り去る伝説の魔術!?」

「そうだな。空間ごと引き離すので、恐らく斬れない物はない」


 ただ〖次元断〗同士は、反発し合う。

 これはフリオの時代に、ある出来事で検証済みだ。

 ナグの〈ゲート〉はどうなんだろうな。


「これって凄いことじゃ!?」

「だから、お前は凄いと言ったじゃないか」


 彼女の顔が、ゆっくりと驚嘆に変わっていく。

 そしてワナワナと震える手を見だした。


「わ―――私にも、伝説の魔術と同じことができる――――――!!」


〔こ、これなら―――もう役たたずじゃない・・・・・・・・・・・・〕


 呟くナグが、揺れる瞳で、俺を見た。

 まるで―――神の慈悲を受けた使徒のようだ。

 涙が伝っている。


「――あ、ありがとうございます・・・・・・・・・ありがとうございますセウルさん!! ・・・私・・・私!! ―――――――――救われました・・・!」

「違う」

「え? ――」


 どういう意味だろうという顔「――救われてないんですか?」などと言っている。

 だから俺は首を振って告げる。


「お前はもっと凄い」


 ナグは「何を云われたのか分からない」という顔をしていた。

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