第19話 ユイン・レーレ1

   ◆◇◆◇◆




 大陸の端、名もなき小さな村にユイン・レーレという少年がいた。

 ユイン・レーレは毎日のように泣いていた。

 彼は生まれながらに魔力ゼロの〝蝕み子〟だった。

 神殿は言う「神に祝福されていない魔物には魂がない、〝蝕み子〟もまた神に祝福されていないのだから魂がないのだ」と。


「人間のふりをしやがって!!」


 殴られる。


「正体を見せろ、この魔物!!」


 蹴られる。


「泣くんじゃねぇよ!! 感情がある風を装って、俺たちが悪いことをしているみたいじゃねぇか!!」


 何度も何度も。


 凶作になれば〝蝕み子〟の毒だと。

 病人が出れば〝蝕み子〟が病気をばらまいたと噂される。

 なにか嫌なことが有れば蝕み子を殴って、憂さ晴らしをする。


「もう、出ていって!!」

「お前が家にいるのは沢山だ!!」


 家族は発狂寸前だった。

 ユインは一人森に入った。

 死のうと思っていた。

 しかし、そこで出会う。

 一人の仮面の男に。


 仮面の男はユイン・レーレに誰でも使える魔術の杖になるという魔器を伝えた。

 それは、ある魔導師が完成させた魔術だと言った。

 魔器の使い方は教えてもらえなかったが、ユインはそれを必死に研究してコモンマジックを使う、コモンキャスターになった。


 やがて幼くもコモンマジックに熟達しLv40にもなった頃、ユインは勇者と出会う。


「君を探していた」


 勇者は、朗らかに微笑んだ。




 神に選ばれし勇者は、レベルの魔王を討伐しに行く旅の途中だと言った。


「ボク、〝蝕み子〟だけどいいの?」


 ユイン・レーレは瞳を挙動不審に震わせながら、勇者に尋ねる。


「そんなの俺たちは気にしないよ!!」

「もちろんよ」

「だね」

「おう」


「ほんとにっ!?」


 ユインの驚愕に、勇者と仲間たちは微笑みを返す。

 ついには司祭姿の女性は、ユインを抱きしめた。


「私のこと、お姉ちゃんって呼んでいいよ」

「・・・お姉・・・ちゃん?」

「そ、ユイン」


 初めて出来た家族だった。

 彼女は心からユインを大切にした。




「〝蝕み子〟だからなんなのですか!!」

「シンシア大司祭さま、しかし・・・流石に城内に〝蝕み子〟を泊めるのは・・・」


 旅の途中、勇者のパーティーとして招かれた城。

 しかし貴族たちは、ユインの額にある〝蝕み子〟の烙印を見て驚き、彼を拒絶しようとした。

 すると勇者のパーティーの司祭シンシアが、ユインを城に入れなければ勇者のパーティーは、一歩たりとも中に入らないと言い出した。

 シンシアは自らが放った魔力を神聖力に変えるスキル、【負荷クレイドル(小)】の持ち主で、この世界で唯一法術が使える聖女。

 そんな人間の言うことは無下にできない。

 城側は、仕方なくユインも中に入れた。

 しかし勇者のパーティーを泊めるという段になって、またも城がユインを拒絶しようとしたのだ。

 これに対して、シンシアは烈火の如く怒りを顕にした。


「彼は私の弟です!!」

「そ、そうは謂われましても!!」「〝蝕み子〟ですよ・・・!! 城に入れただけでも穢れるというのに」「明日は一日中城内の掃除です。これで泊めてしまったらもう・・・!」

「私の弟をなんだと思っているのですか!!」


 困り果てた貴族たちの一人が、頭をかいて指したのは城の外。


「・・・・・・あっちの馬小屋なら」

「っ!!」


 シンシアが石畳に靴をたたきつけた。

 あまりに大きな音が鳴ったので、貴族たちが驚いて腰を抜かしそうになる。


「わかりました」

「そ、そうですか・・・それは良かった」

「いくわよユイン」


 シンシアはユインの手を引いて歩きだす。

 ユインも目を白黒させている。


「え?」


 貴族が尋ねる。


「だ、大司祭様、どちらへ・・・」

「もちろん、私も馬小屋で寝ます!!」

「そ、そんな!!」


 その後、二人は馬にじゃれつかれながら仲良く眠りについた。


 次の日、ユインは姉から、彼女が夜徹し縫った額当てをプレゼントされた。

 姉の手は慣れない裁縫で怪我だらけだった。




 やがてユインも成長し、とうとうレベルも99になった。


「やったわねユイン!!」

「はい、姉さん!!」


 シンシアがユインに抱きついて、とびきりの祝福する。


 勇者、スカウト、戦士も喜んでいた。


「一番はユイン君だったか」

「はやーい! わたしなんかまだ89だよ~」

「ユインは努力家だからな。俺はレベル91が限界らしいが」


 しかし喜んでばかりは居られない。

 勇者が、真剣な顔に戻る。


「でもみんな、ここは魔王配下の魔人ヷーズの居城だ。油断は禁物だぞ」

「はい」「うん」「おう」「気をつけます」

「うん、気をつけて。嫌な予感がするんだ」


 そして勇者の嫌な予感は当たった。


「姉さん!!」

「転移の罠だ!!」


 シンシアがどこかに強制転移されてしまったのだ。

 転移陣はすでに光を失っており、追いかける事は不可能。


「姉さん・・・姉さん! みんな、姉さんを探しに行こう」


 しかし、勇者がユインの背後で意外な言葉を呟いた。


「・・・・その必要はない」

「え?」


 勇者から訊いたことのないような、冷たく低い声だった。


「それよりユイン、装備を脱げ」

「・・・勇者さん、なにを言って?」

「これからお前は、死ぬ」

「は・・・い?」

「お前は、死ぬんだよ」


 断固として繰り返す勇者に、ユインは慌てだす。


「ボクが死ぬ!?」

「だから、お前の装備は先に回収しておく。死体を漁る暇はないからな」

「な、何いってるんだよ!! 意味がわからないよ!!」

「負けイベントだ」

「ま、負けイベント・・・?」

「この世界には、絶対に避けられない運命っていうのが有るんだ。俺はそれを神の使いに教えてもらっている。これからお前は死ぬ、それは避けられない運命だ」

「そんなの訊いたことないよ・・・・みんなも・・・――」


 気づけば、スカウトの女性も戦士の男も、ユインを冷たい眼で見ていた。


「どうしたんだ・・・・みんな・・・ボクたち・・・仲間じゃないか・・・」


 ユインが、困惑に首を振りながら後ずさり言うと、


「〝蝕み子〟が、なに私達と同じみたいな顔してるんだか」

「ずっと吐き気がしていたぜ」


 冷たい声。


「う・・・・嘘だろ? ・・・みんな、嘘だろ!?」

「とっとと脱げ」

「嫌だ・・・!」

「面倒だ【絶対の使命フォースト・クエスト】。装備を全て外せ」


 〈勇者〉の称号アビリティを持つ者だけに許されたスキルを使う。

 こんなの嘘だ!! と叫ぶユインだが、スキルの強制力からは逃れられない。

 裸同然の姿になったユインは、震えながらうずくまる。

 ユインは、勇者のパーティーメンバーとして自信もついて、昔の弱さを振り切って堂々としていた。

 ところが今は、まるで子供の頃に戻っていた。

 

「嘘だ、嘘だ、仲間、仲間なんだ・・・」

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