第16話 さあ、蝕み子の少女を見つけよう

 しばし部屋の片付けを手伝っている間に、ギルドマスターはハルピュイアの伝令を現場へ飛ばしていた。

 ちなみに「結局手伝ってくれるんだね君は、ツンデレなんだね」とか「指先が触れ合ってドキドキするよ」とかのたまわっていた。とりあえず「キツイ」と返しておいた。


 やがて俺たちが冒険者ギルドのロビーへ戻ると、すでにダンジョン討伐の依頼書が掲示板に張り出されており、お祭り騒ぎだった。


「ダンジョンだ!!」

「ダンジョンクエストが来たぞ!!」

「野郎ども、準備は良いか!!」

「おうよ!」


 俺に次いで、ギルドマスターも現れる。


「ヒルダ、王宮へ連絡。ダンジョン討伐隊を編成するって伝えて」

「はい!!」


 ダンジョンを歓迎する冒険者達だが、彼ら以外には頭痛の種でしか無い。

 ゲートから魔物が溢れ出すのは勿論、ダンジョンボスがゲートから出てくれば、近隣の街どころか、酷い時は国まで滅びかねない。

 だからダンジョン討伐は、王宮からも報奨が出る。

 しかし冒険者からすれば、ダンジョンは宝の山だ。

 特に〈界素〉の純粋な結晶、〈世界石〉が取れるのが大きい。

 ちなみに、〈界素〉とは魔力と神聖力の総称。そしてこの世界の全てを構成するのが〈界素〉だ。

 ――魂だけは〈界素〉で出来ていないが。

 騒ぐ冒険者たちにコホンと咳払いをしたギルドマスターが、改まって言う。


「君達、ダンジョンを開いたのはセウル君だ。感謝するように」

「いや、見つけただけだ」


 俺は訂正しておく。

 あまり目立ちたくはない。

 ギルドマスターも察したのか「見つけたのは」と言い直した。


「セウルって誰だ?」「初耳だぞ?」

「彼だよ」


 ギルドマスターが自分の左を指した。


「この新人か!」「ありがとな坊主!!」


 口々に礼を言う冒険者たち。

 そんな様子を見ながら、ギルドマスターロファが俺に笑顔を向け。


「さて、セウルくん。ボクとパーティーを組むんだよね」


 何度か転生したが、こんなに身軽なギルドマスターには会ったことがないぞ。

 俺は、ちんちくりんを指差しながら受付嬢を振り返る。


「頭がおかしいのか、これ」

「〝これ〟は、結構」

「君たち、かなり失礼じゃないかい!?」

「悪いなギルドマスター、俺はクラス登録を済ませていない。パーティーは組めない」

「じゃあ済ませよう、ボクが書いてきてあげるよ、法術――は不味いから、魔術師でいいよね――それともウィザードかい? ――あ、魔術と法術の総称が魔法だし〝魔法使い〟なんてどうかな!!」


 落ち着け、ギルドマスターが身軽だと冒険者が浮足立つだろう。


「この女、結婚以外は早いな」


 よし、停止した。


「俺は剣士だ」

「剣士!? ――魔剣士なのかい?」

「いや、ただの剣士だ」

「あの魔法の腕で、剣士とかふざけないで欲しいよ」


 絶対ではないが、あまり魔術師としても注目されたくはない。

 魔技師などならともかく、魔術師は駄目だ。

 なら、剣士辺りでいいだろう。


「これでも近流ちかりゅうを修めている」

久遠是近流くおんこれちかりゅう!? ――戦うなとか、不意打ち上等とかいう、臆病者や卑怯者の剣術じゃないか」

「それだ」

「ボクは、捨流しゃりゅうだよ」

放神捨刀流ほうしんしゃとうりゅう、なにも考えず、あらゆる道具を武器として振り回せっていう馬鹿武術か。お似合いだな」

「酷い! ――」


 この大陸には、大陸三流派と云われる3つのメジャー武術がある。

 どれも、刀の国がある東の島々で同時期に発生した。


 久遠是近流くおんこれちかりゅう――不意打ちを好む流派。

 放神捨刀流ほうしんしゃとうりゅう――無心になって戦う流派。

 来神一刀流らいじんいっとうりゅう――抜刀術という特殊な技法で、神速の攻撃を行う流派。


 この3つだ。

 ちなみに、久遠是近流の開祖は俺だ。


「――そもそも剣なんて、どこにも持ってないじゃないか」

「お前は剣で切られただろう」

「あれは魔術の剣だし、魔剣士じゃないかい・・・・?」


 俺たちが軽く言い合いをしていると――ふと、鼻にかかった涙声が酒場の奥から響いてきた。


「ま、まって下さい。せめてダンジョン攻略は一緒に!」

「お前なんて、連れていけるか」

「そうね」

「・・・」


 なにか装備がボロボロの魔術師風の女と、ゴージャスな格好の金髪魔剣士と、ゴージャスな格好の茶髪女剣士と、分厚い鎧に身を包んだ大柄な坊主頭が話していた。いや坊主頭は無言か。

 ゴージャスな女剣士がボロボロに指を突きつける。


「アンタが要ると、リゲルの魔術の威力が落ちるのよ。この〝〟――」


 魔術の威力が落ちる?


「――というかさ~、蝕み子って魔物モンスターと同じで魂がないんでしょ?」


 そんな言葉にボロボロの服の女がビクリと強烈な怯えを見せて、一歩下がった。

 魔物に魂がないというのは、この世界の常識だ。

 そして亜人の一部や、〝蝕み子〟にも無いと言われている。

 だが俺の魂は、何度かの人生で〝蝕み子〟であったがきちんと転生している。

 だいたい、レベル上限は魂に刻まれているから、魂がないとレベルが上がらない。

 魔物が転闢マルチリンクを起こすのも、魂がある故だ。


「わかりました・・・」


 諦めたのかボロボロの格好の女が、空いている席に向かう。

 その背中にさらに声が掛かる。


「おい、借金は忘れるなよ!」

「150万タイト、必ず取り立てるわよ」

「・・・」

「この先の利子もな!!」


 うなだれ力なく、とぼとぼと歩くボロボロの格好の女だった。


「彼らは?」

「最近、急に調子よくなったリゲル君のところのパーティーだね」

「あの追い出された女は?」

「彼女は――」


 ロファはそこで言い淀んで、俺の目を見てから続ける。


「――〝蝕み子〟だと言われ故郷を追われて来た子だよ。名前はナグ、君と同じく姓を失った子だね。まぁ君は適当に名字を作ったみたいだけど――それどころかミドルネームまで、あとで神殿に名前変更に行きなよ?」

「〝蝕み子〟か」

「そうだね――――知ってるかも知れないけど、彼女みたいな立場の子は、冒険者になるか娼婦になるかくらいしか選択肢がない。――娼婦になっても蝕み子を抱きたい人は少ない、割りに合わない薄給で働くことになる」

「見た目は悪くなさそうだぞ」


 櫛は通っていないが、銀髪のショートカット。長い前髪で若干見えにくい顔を見る。

 服もボロで、今の状態はあまり見目麗しいとは言えないが、薄い色素の儚げな美人に見えた。

 磨けば光るだろう。


「それでもだよ、美人で得するのは娼婦の館の店主だけさ」

「冒険者としても、薄給で働かされているようだが?」


 俺は、彼女の物乞いのような格好を差す。


「ちょっと前にヒルダつてに、注意したんだけどね」

「へぇ。ちなみにギルドマスター、俺も蝕み子だと家を追い出された」

「そうなのかい」


 ロファは興味がないらしい。


 しかし、一呼吸おいてから「ああでも、それなら余計に法術の周りに知られないようにね。蝕み子が救世主や預言者なんて呼ばれたら、神殿は威信をかけた行動に出るよ」と続けた。


 そうだな、その為のFランクだ。


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