第7話 世界最強の妖精の一番長い日

「ゴーレム達は使えないな」


 俺は地下倉庫で眠る、人型のゴーレムたちを見た。


 執事型、侍女型もあれば、熊のような体躯の者もいる。

 どれも強力な個体で、一体で一つの軍を震え上がらせたこともある。

 しかし、起動には俺の魔力が必要なのだ。


 今の俺は、神聖力しかない。


「ここで、主の帰りを待っていてくれたコイツ等には悪いが」


 今の俺では起動できないようだ。

 あとは、所蔵していた魔道具も殆どが使い物にならない。


 魔力を上昇させる物ばかり。


 魔力を下げるアイテムは、幾つか見たことはある。


 「なんの役に立つのだ、敵に貼り付けるのか?」と思っていたが。


 今、思えば「あれは神聖力を上げるアイテムだったのだな」と腑に落ちた。


 引き出しの中にある魔道具を見回す。


(この反応速度をアップさせる魔道具くらいは、使えるか?)


 俺は目に入った、チョーカー型の魔道具を着ける。

 そして適当な服を見繕うと、街に出たのであった。




   ◆◇視点〔三人称〕◇◆




「・・・どうして追い返したの」


 賢者学院の中央塔の入り口で、ルオルを追い返した二人の導師は青ざめていた。


 ルルア最高大魔道士に、「フリオと名乗る人物を追い返しました。――まったくあのガキめ、何を考えているんでしょうか」と言った途端、彼女の機嫌が見る間に悪化したのだ。


 〝終わりの魔女〟の二つ名で知られる、学院の最高大魔導士ルルア・ルル。

 まるで可憐な少女のような見た目だが。500年生きると言われる氷の妖精フラウ族。

 既に20を超える妙齢の女性だが、その姿は14、5に見えた。

 しかしその容姿とは裏腹、彼女は〈氷魔術〉を極めし者だ。


 彼女がその気になれば、この街すべてを氷漬けにすることなど造作もない。

 その戦力が、いま明らかな怒りをあらわにしている。


 学長机の向こうで、うつむき無表情に机を見つめている。


 表情がまるで変化しない。氷の魔術を極めるために、表情をも凍らせたと言われる魔女。

 その感情の変化を見た者はそうはいない。

 だが今、導師たちには見えているのだ。


 彼女の纏う魔力が黒く〝うねり〟〝のたうち〟物質化し、辺りを霜で覆い雪の結晶を舞わせているのが。


 導師たちはもうガチガチと歯の根が合せられず震え続けている。

 それはもちろん、目の前の魔術使いが放つ冷気で寒いせいではない。


 いつ彼女が殺戮と心に決め、自分たちを氷の棺に葬るか分からないという事だ。

 いや、それだけならまだマシだろう。八つ当たりに国すら滅ぼされ兼ねないほどの怒りを放っている。

 そんな事になれば、家族も友もただでは済まない。


 普段は何を考えているか分からないが、温和で話の分かる人物だけにその怒りの凄まじさが理解できた。


「尋ねているの―――どうして追い返したの?」


 導師たちは、あまりの恐怖に言葉を継げなかったのすら不味かった事に気づく。


「そ、そのおふぉ・・・ごッホォ、おッぉ」


 だが、まだ若い導師は慌てて釈明を行おうとしたところ、彼はまるで喋り方を忘れてしまったように咳き込んだ。


「ぇれ、ウゔぇェエエエエ・・・」


 隣にいたもうひとりの導師も声を発そうとするが、ついには嘔吐。


「・・・・・・・・・」


 〝終わりの魔女〟の星色の双眸が、体に変調を来している二名を見据える。


「お、おゔるひを!!」

「こ、ころさ・・・な・・・オヴェエエエエ」


「・・・そ、そうじゃない・・・、別に怒ってない、イライラしてるだけ」


 「それを怒っていると言うのでは」と若い導師たちは思ったが、そんな言葉は言えるわけがない。


「・・・・・・もう、行っていい」


 目を瞑じた終わりの魔女はそれだけ言うと、背を向けて長い息を吐いた。

 すると、この部屋の大きな窓の玻璃はりが急激な低温にさらされ、ピシリと長いヒビでズレた。


「し、失礼しま」

「すすすすす」


 震えながら、生まれたての子鹿よりも酷い有様で二度ほど足をもつれさせ顔面を床に打ち付けながら出ていった若い導師二人であった。


「・・・・明日来るって訊いたけど、探しに行く? でも・・・・わたしは今世の師匠の姿を知らない。導師の彼らは黒髪としか、憶えてなかった・・・・・・、明日まで・・・長い」


 500年という長寿を持つ氷の妖精族の彼女だが、その中で今日は一番長い日になるようだった。




 

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