003:「冬物語(Ⅰ)「ラノベ表紙についての考察」」

 八重歯ちゃんにカレシがいる事が発覚してから数日が経過していた。授業中、旧制高校時代からの名残、男子の制服は地味かつ標準的な詰襟、女子生徒は古き良き時代(昭和)を彷彿とさせる糞ダセェーブレザー。


 我が高校の学生服は至極残念である。男子はともかく女子の制服はもうチョットくらい可愛くリニューアルしてもと良いと思うのだが……



 俺、「文月綾一」が在籍している「県立海神第一高等学校」、通称「一高」、海神市旧市街地、平浜区の海岸部、漁師町りょうしちょうに設立されている。某県公立高の中では最も古く、偏差値は公立では県下ナンバーワンを誇る進学校だ。


 海岸沿いに建てられている校舎はかなり古く津波の脅威も考えられ危険、その為に立て替え、或いは新市街地である鬼隠への移転が計画されていた。


 そんな進学校の中でも俺は成績上位者、東京の一流大学に進学するつもりだ。フフッ、もう人生勝ったも同然だよ。


 勉学以外の休憩時間はもっぱら読書、現在は主にライトノベルを読んでいる。

 友人達と楽しい一時を過ごさないのかって? 愚問だね。友人達のとの付き合いは最小限で良い。


 俺の限られた貴重な時間ライフを無駄に消費する必要はない。趣味も友も部活も俺には必要ない、今俺に必要なのは金だけだ。


 だが、誓ってボッチではないぞ。俺はクラスメートとの交流も如才なくこなしている。俺は周囲の空気を読み完全同調シンクロする秘技「カメレオンの呼吸、壱ノ型」を会得している。

 クラスメート達に人畜無害な空気人間だと認識させる秘技である。


 放課後、俺は真っ直ぐ帰宅部。さっとカバンを取り出しバイト先へと向かった。昇降口を出て、グラウンド脇を通る、部活中の学生達、その中に見知った顔。普段は部活生などに興味は無かったのだが……


 金網越しのテニスコート。八重歯ちゃんはテニス部。今は練習試合中らしい。ラケットを握り相手のサーブに集中している。


 はためくスカート、リズミカルに揺れ動く身体、ボールを見つめる真剣な表情。

「やはりカッコいいな」


 テニスウエア姿の八重歯ちゃんは眩しかった。そして部活の時はポニーテールなんだよなぁー。ポニテは後ろ姿が良い、黒髪と首筋のコントラスト、髪が揺れる度チラリ見見え隠れする首筋、グッと来るねぇ。

「ポニテ良き♡」


 俺はぼんやりしながらポニテ少女を見つめていた。

 ホイッスル、練習試合終了。誰かが八重歯ちゃんに駆け寄ってくる。「イケメン先輩」ご登場。八重歯ちゃん弾けるような笑顔。カレシ先輩とイチャついていた。


 同じテニス部同士。青春の二文字を映像ビジュアル化したような状況を見せつけられる。俺は独り言。

「幸せそうだな」


 周囲も祝福ムード、温かい眼で見守っている。「お前等もう付き合ってるだろう……状態」……ああっ、「もう付き合っている」のか。本当は俺が彼女の隣に立っていたはず……「俺」と「八重歯ちゃん」金網を隔て別世界。


 俺は、周囲から見れば人畜無害な空気人間……否、それは「偽装」である。だから俺は誰にも聞こえない位の小さな声で、叫んだ。

「ルルー●ュ・ヴィ・ブリタ●アが命じる。貴様達は、死ね!」


 俺は最も崇拝している人物、某アニメキャラの台詞を口にした……彼等は死ん……何も起きなかった。金網越し、二人はイチャイチャなままだった。


 告白しよう、俺は他人の不幸を心から願える極悪人である。だが二人の死を願っても、破局を神に祈ったとしても奇跡は起きない。強制力ギアスなんて使えない、俺はただの一般人、無力者だ。嗤うしかない。


 愛されようと努力しない、告白しない、何もしない傍観者には自身の運命一ミリすら変える事は出来ないのだ。


 八重歯ちゃんが金網を飛び越え俺を抱きしめる……なーんてラノベ的超展開は現実世界では決して発生しないだろう? ああっ、現実ってのはなんと分かりやすい筋書ストーリーなのだろう。

「先の展開が分かり安過ぎる…………クソつまらねーな。それが現実リアル


 クソつまらねー現実では、カッコいい奴がモテ、金や才能がある奴等だけがチヤホヤされる。特殊能力も尖った特技を持たないその他大勢は、モブキャラ扱い。

「リアルのキャラ設定は至ってシンプル」


 そんな何処にでもいそうなモブキャラでも、チョットしたきっかけで運命が大逆転する。魅力的な美少女達が次々登場し、甘々なシチュエーションが次々弾けまくる。それが脳内恋愛、「恋物語フィクション」なのだ。

「…………ふう」


 溜息、もういい、もう全て終わったのだ。過去だ。俺と八重歯ちゃんは悲恋物語トラジックラブストーリーとして完結したのだ。脳内で。


 再び某アニメキャラの台詞を思い出す。

「さようなら……たぶん、初恋だった………………ゴホン、何度目かの……」


 俺は完結した物語、読み終えた小説には興味ない、だから悲しくねーよ。

 故に明日、教室で出逢ったのならば、俺は八重歯ちゃんと笑顔で接するとしよう。カレシが出来たことを弄るかもしれない。人は時に笑顔と共感で「偽装」しなければならぬ時がある。俺の「偽装」は完璧だ。完璧なはずだ。


 八重歯ちゃんとイケメン先輩。幸せそうな二人を見つめ続ける。

「俺は極悪人だ。悪ならば、絶対……泣いちゃいけない」

 自身の無力を、無能を、弱さを……そして現実に対しては絶対に敗北を認めるわけにはいかない。故にまた某アニメキャラの台詞を引用しよう。

「間違っていたのは俺じゃない、リアルの方だ」


 俺は現実世界の出来事では泣かない。それが矜持プライド。ただ……ただ少しだけ現実に失望していただけだ。


 今日も、現実は一ミリたりとも変らない。

「フン、帰ろう。完全に無駄な時間を過ごしてしまった」


 俺……いや俺達にとって恋愛は「物語フィクション」でだけで十分だ。

 だけど少女一人との妄想恋愛をラノベ五巻分くらい詳細に妄想できる俺みたいな変人は少ないかも知れない……でも大丈夫! 数百円あれば書店で沢山の恋愛系ライトノベルが手に入る。きっとお気に召す恋愛小説に出逢えるはず。


 今なら、無料で読める小説の投稿サイトだって良作が充実している。

 それを読めばきっと幸せな気分に浸れる。俺が保証する。

「さぁバイトだ、本代も稼がねーとな」

 俺はグラウンドを後にし、急ぎバイト先に向かった。


 ******


 俺のバイト先は一高がある平浜の対岸、宝多島の地元ファミレスチェーン店。平日、高校からの移動はもっぱら路面電車を使用している。明治から昭和初期時代の車体を忠実に再現した複製品レプリカ車両。


 レトロ車体の路面電車は古き良き時代の速度スピード。周囲の風景、建物も看板もまるで時が止っているかのような非現実感。平浜地区の風景は明治・大正時代のタイムカプセル。ベルの音を鳴らしながら路地や建物の隙間を縫うように路面電車が走っている。まるで中世ヨーロッパ風異世界そのものの風景。


 ゆっくり、ゆっくり大正時代に建設された長い石橋、「大正橋」を渡り、対岸、宝多島へ向かう。大正橋は浅瀬と小島を幾つも繋いだ古い石橋、この橋も文化遺産に指定されていた。


 波静かな湾内、無人の小島が点々としている、絶景だ。まぁ地元民である俺達にとっては見慣れた風景。それでも観光客らしい人達は、物珍しそうに周囲を見つめていた。それが地元民と観光客の見分け方。


 俺は絶景をガン無視し「友人」とL●NE中。本日読んだライトノベルの感想を報告した。

『読了』

 友人から速攻返信が帰って来た。まったく暇な奴だな。

『お疲れ様、おもろかったかい?』

『それなりにな。このライトノベル小説はアニメ化するだろう。「幼馴染のヒロイン」というありきたりの設定を上手く使っている。実は幼馴染のフリをした赤の他人だったという展開も悪くない。ヒロインは二人とも可愛いしな』


『幼馴染系ヒロインは大好きかい?』

『ふむ、そうだな、悪くない』

『綾一氏の周囲にはカワエエ幼馴染はいーひんかったんかいな?』


 俺は暫く沈黙、その後返信。

『そうだな。加えて「目の見えない可愛い妹」と「俺に尽してくれそうな同級生」と「お姉さんみたいな生徒会長」と「ひ弱そうで実は男勝りのクラスメート」と「ドエロいビザ喰い女」が側にいれば、俺は鎮魂歌を奏でる魔王になれるだろうな』

『オイオイオーイ』


 現実世界では超絶美少女幼馴染がいる確率は宝くじ級……いや、女の子の幼馴染がいる確率すら絶望的だ。


 幾つかのスタンプを交え、SNS上で俺の書評を続けた。

『綾一氏の書評はえらい正確やからなぁ。ワイ何時も助けられてるわ。このイラストの仕事を引き受けて正解やったわ』

『そうか? ただ素直に感想を述べただけだ。ただ小説の中身よりも……』


 俺は自身のスマートフォンを見つめた。ディスプレー画面には電子書籍の表紙イラストが映されていた。カラフルな民族衣装を纏ったピンク髪の超絶美少女、装丁は当然として、キャラデザイン、構図、作画、こだわった衣装設定……そして彩色、細かな表現力、ヒロインの表情。今回のイラストにも魅入られた。


 この新人作家、表紙が彼のイラストでなければ読んでもらえる人はもっと少なかったであろう。

『今回も見事な表紙イラストだ。何時も感心する。サブヒロインの一人がポニーテールなのも◎だな』


 俺は素直に感想を述べた。

『おおきに♡♡♡ 愛してるで』


 また速攻返信が帰ってきた。「友人」はフォロアー数百万オーバー、表紙イラストを担当した作品が全てアニメ化されている超人気プロイラストレーター。

『ふん、オッサンに「愛してる」なんて告白されても嬉しくねえよ』


 友人の名は『アリアン』氏。業界屈指の有名人だ。だがイラスト業界でもネット・SNS上でも彼の本名、容姿を知る者はいない。ツイッターの自画像はでっぷりとしたお腹が特徴的なオッサンのイラスト。だがそれはフェイク。実は超イケメンだと噂される事も多い。謎多き人物だった。


『綾一氏、ワイの正体メッチャ可愛い女の子かも知れへんとは思わへんのかい?』

『ふむ、俺を嵌めようとしても無駄な話しだ。俺は大人気イラストレーターアリアン氏のSNSをフォローしている。イラスト以外の呟き、大抵の内容は食い物、特にメガ盛り&ラーメン系が多い、その量はとても女子が食べているとは考えられない。更に顔はスタンプで隠されていても、作業中の手は間違い無く男であることを証明している』


『綾一氏。よう見てるなぁ』

 極めつけは。

『身近な登場人物が超絶美少女!? ……そんなベタ過ぎる設定はアホ丸出しだ。俺なら速攻ボツにする。「実は美少女だった」設定するなら少しはアイディアを捻らないといいけないな』


『フフッ、そやね。綾一氏にはかなわへんわ』

『だが、そのごつい手から最高級美少女イラストが次々生みだされていく。「天才イラストレーター」の称号は伊達じゃないな』

『おおきに』


 再びハートマークのスタンプ。アリアン氏ほどの有名人がSNSを通して俺にウザったいほど絡んで来る、謎だ。だが今は何でも話せる「親友」みたいな存在だった。

『この作家は、表紙ガチャSSRの大当たり、流石アニメ化請負人。この俺が永遠のライバルと認めた男だ』


 アリアン氏からまた返信。仕事が忙しいはずなのに。

『本気でそう思てるのかい? この小説の作者はんに失礼やで。ワイはこの作品読んでおもろい思たさかい、表紙イラストの仕事を受けたんやで』


 アリアンは関西出身なのだろう。SNS上でも大阪? 或いは京都訛り。

『アリアン氏、その認識は誤りだよ。ライトノベルというジャンルは表紙イラストや挿絵によって読まれる可能性が劇的に変化する。本棚で平積みされる、或いはネット広告で表示される表紙の美少女が全てと言っても過言じゃ無い』

 話を続ける。


『読者が最初に目にするのは「イラスト」と「タイトル」、いわば見た目ビジュアル。だからこの段階でヒロインの可愛らしさが視覚的に伝わらなければ、タイトルで面白そうと思われなければ読者から読んで……』


『いいや、になって貰えない。ストーリー、小説テキストの出来映えも重要だが、表紙イラストはラノベにとって核心的要素』


『これはラノベでは初歩の初歩、常識のはずだ。表紙イラストや挿絵もない。ヒロインの容姿不明のライトノベルなんて想像出来ないだろう』


 すかさず返信。俺はもう宝多島中央ステーション駅に到着したのに。アリアン氏は表紙イラストが極めて重要だというが不満なのだろうか?

『小説の中身よりイラスト? ほんま、そう思てるのかい?』


 俺の返信。

『そうだ……ただ』

 そう書きかけ、俺の手は止った……




 平浜地区の対岸部は「宝多島」という島である、山の中腹には五鬼平家の居城、宝城(たからじょう)がそびえている。


 宝城は通称「小安土城」と言われ、戦国時代の英雄、織田信長が建設した安土城を模しながらも一回り小さくしたと伝えられている絢爛豪華な南蛮風天守閣。


 また宝城は天守閣ばかりではなく城門や石垣、堀、更には櫓に至るまで全て創建時のまま完全保存されており、戦国時代近世山城の全容を現代に残している。極めて貴重な遺産、当然「国宝」に指定されていた。


 世界遺産「海神市旧市街地区」の中でも江戸時代~明治初期の建造物がひしめく宝多島は、世界中から観光客が訪れる、京都や奈良に負けない一大観光スポット。


 

 俺が乗っている路面電車が終点に到着した。宝多島の路面電車は全ての路線が必ずこの駅に停車する。俺が降車する予定の駅だ。「宝多島中央ステーション」なんてご大層な名称だが、大正時代に建設された木造の小さな駅舎。そんな小さな駅が観光客と地元民がひしめいていた。


 そんな人波に揉まれ、杖をついた老人がよろけ、転倒しそうになっていた。動きの鈍い老人は乗り換えの為にホームを移動しようとしていた。俺は老人を横目で追う。

「ふむ、「豊玉神社線」か?」


 老人は豊玉神社線のホームに向かおうとしていた。豊玉神社線は山の中腹にある豊玉神社と周辺集落、少なくとも観光客が乗るような路線ではない。老人の服装から見ても地元民なのだろう。他に豊玉神社線で他に考えられる事は「明陽館学園」。有名私立学園行きと言う事か……


「いや、違うだろうな」

 俺は首を振った。幼稚部や初等・中等部生のお迎え……? 陽明館はセレブ御用達、大抵は超優秀な大金持ちばかり、寮生以外ほとんど高級外車でのお迎えのはず。


 おぼつかない足取りの老人、進みが遅い。駅舎は一応申し訳程度のバリアフリー化はされているが、景観と歴史的価値を損なわないよう、そういった設備類は最小限。それ故足の悪い老人は歩くのにも苦労していた。


「俺には関係無い」

 見て見ぬふりをする。言っておいたはずだ。俺は極悪人だ。それにバイトが始まってしまう。関わっている時間は無い。


 老人は再び転倒しそうになる、肩で息をしている。かなり無理しているな。

「非情な世の中だ」

 周囲は老人に気付いていない。フリふり

 俺は急ぎ、バイト先へと向かった。


 ******


「……あれれ? 綾一氏の返信来いひんなぁ」

 アリアン氏はL●NE上、俺の返信が帰ってこないスマートフォンの画面をずっと見つめ続けていた。




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