第44話 猟犬の群れ

北方軍の勇将と呼ばれた男は、フードを深く被った女を、じろりと睨んだ。


たしか、魔道院学院長の秘書だった女だ。学院長室にいた。

なにかと出しゃばるリーシャとは、異なり、部屋の隅で、たんたんと事務作業を行っていた。


恐らくは、魔道院を卒業したあとも、研究室に残り、適当な就職口を失って、魔道院の事務員に雇われたのだ。

そんな風に、北方軍の勇イードルの身体を乗っ取ったグリシャム・バッハは、解釈したし、だからこそ、その事務員から、魔王宮に同行すると告げられたときに、バカにされたように感じたのだ。


「誘拐されたアルディーン姫を探すためのには、魔王宮の禁忌の領域にも足を踏み入れなければならぬかも知れぬ。

足でまといを連れていくつもりはない、とマロウド殿に伝えろ。」


フードに僅かに除く唇が、笑みの形につり上がった。

「ぼくは、あなた方の護衛のために、雇われたのだよ、イールド。」


イールドの視線には、相手を威圧するだめの魔力が備わっていた。


だが、背は高いものの、どちらかと言えば貧相な体格の女の発した言葉が、それを打ち消し、押し返した。


「グリシャ……イールド殿。」

中央から派遣された冒険者ポーが、後ろから囁いた。

こんなとき……中央軍が活動しにくい他方面軍の管轄区域で、活動が必要な場合に派遣される冒険者パーティを装った部隊のリーダーである。“千貌”と異名をとる冒険者で、同じ相手に同じ顔を二回見せたことがない。

「彼女はヨウィス。北方では屈指の冒険者です。」


「そっちの年齢性別不詳のいう通りだ。」

声のトーンを落として、ヨウィスは言った。

「わたしは、冒険者だ。“銀級”の資格を持っている。とは言っても、冒険者としての活動は何年も停止状態だが。

でも、こちらの方が重要じゃないかな。

わたしは、魔王宮に入ったことがある。」


「なるほど。」

グリシャムは、腕組みをといた。険しい顔はそのままだったが。

「マロウドは、本気で、我々の役に立てるつもりで、おまえを派遣したのだな?」


“それはなんとも”

と、ヨウィスか、呟いたのは、心の中だけだった。

“イールドなら、わたしとは顔見知りだだし、わたしが、冒険者だということも知っている。

そのイールドの身体を乗っ取ったのは、賢者と聖女と予想通りわ中央軍匹敵魔導師グリシャム・バッハに間違いなさそう。

それを監視するために、賢者は、わたしを派遣したわけだけれども。”


「もちろん。ただし、おまえたちが、本当の禁忌を犯そうとすれば、それを止めることにはなるだろう。」


「本当の禁忌?」

せせら笑うかのように、グリシャムは言った。

「そんなものがあるのか?」


“ああ。”

ヨウィスは、思考を巡らせる。

“悪名高いグリシャム・バッハの「魂移し」だが、移した肉体の記憶は、まったく使えないということか?”


「……例えば、第六層、第七層への侵入。例えば、二層の吸血鬼たちを殺傷、例えば、三層の古竜への攻撃。」


「注意しよう。」

グリシャム・バッハは、答えた。

「だが、いまや人類は、統一され、かつてない高みに登りつつある。

魔王だ、賢者だ、古竜だと、過去の遺物に必要以上に恐れることは、なにもない。」



■■■■



「行動が、迅速だね、アルダー将軍。」

マロウドは、愛想良く、そう言った。

期限は悪くない。

というより、他人が困っているのを見るのがうれしくて仕方ないのだ。


「遅れました。」

アルダーは、憮然として言った。

「魔王宮に、急ぎ伝達しましたが、すでに、イードルは、魔王宮に入った後でした。

西域から到着したばかりの冒険者パーティと一緒だったそうです。それに……あなたがつけたヨウィス殿も。」



「どうせ、冒険者パーティは、中央軍の息のかかったものだろうね。

魔王宮は、広い。そうやすやすと、アルディーン嬢が捕まるとは思えないし、もし、捕まえたとしても“魂移し”は使えないだろう。

魔王宮は、あれで、独立した世界だからね。世界をまたがって、魂写しを仕掛けられるとは思えない。」


「出てきたところを捕まえるよう厳重に警戒はいたしました。」

アルダーは答えた。

「ですが、アルディーン姫が、自分の意思で、イードルに同行していると言い出された場合は、拘束が難しいことも、考えられます。」


「あのムスメを洗脳するとでも?

いや、そうか。“魂移し”か!!」

マロウドは、実に。

実にうれしそうに手を叩いた。

秘書のリーシャが、それをそっと睨んだ。

「誰か自分の言うことをきく人間の、いや、極端に言えば、自分の魂を移植してしまえばいいわけだ。

やつらが、欲しいのは、アデルの血を引いたアルディーン嬢の肉体のみ!

中身が別人でも、一向に問題なし!

なるほど、なるほど、魂の移植というのも、単純にそれだけで終わるものではなく、諜報や、あるいは戦闘などに、さまざまに応用が効く可能性を」


「学院長。」

リーシャが、実に普通の声で言った。

困った上司をやんわり、注意する優秀な部下の口調だ。


それだけで、マロウドは、うっかり、氷の塊でも飲み込んだように黙った。


「銀狐のハイベルクは、追跡するために、明日には、自ら指揮するバーティを率いて、魔王宮に、入るそうです。」

アルダーは、言った。

「戦女神神殿のミヤレは、増援を待たずに、単独で、魔王宮に挑むと、言って来ました。」


「アレは、戦女神を信奉し過ぎている。

もし、同じ立場に置かれれば、戦女神がどう行動するか、というのが、すべて判断基準だ。」


「アルディーン姫が、魔王宮に入ったとして、助けを求めるのはだれでしょう。」

アルダーは、さぐるような目で尋ねた。

「第一層のギムリウスの戦闘力は、桁違いですが、逆にいえばそれ以外の能力は、持ち合わせていません。

第二層のリンド伯爵は、西域すべての吸血鬼を総動員することができますが、逆に」中央軍に反対することが、地上で暮らす吸血鬼に危険を及ぼす可能性があります。

四層のミュラスは、そもそも“継承”の意味がわかっているか、怪しいものだ。

五層のオロアは、おそらく相談相手としては、最適でしょうが、地上のごたごたに一切関わりはもたないと、言明している。

第六層は……」


「その可能性は、ない。」

マロウドは断言した。

「賢者ウィルニアは、これは断言するが、皇位継承のゴタゴタを興味深く、見守っている。

だが当事者になるのは、絶対にゴメンだ。」


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小悪党、転生する~悪事を重ねてのし上がって大往生、これでいいやと思ったらなぜか周りが離してくれません。 此寺 美津己 @kululu234

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