第43話 竜の虜囚

 

「古竜殿、わたしたちは、あなた方に囚われた、という事になるのですか?」

いくら名家クローディアの養女で、ひょっとすると統一帝国皇帝陛下の気を引いているかもしれない。

それでも、ティーンの口調は丁寧で、無駄な行動(にげようとしたり、反対に攻撃したり)は、一切しなかった。


「そうだな。第三層のこの辺りは、、人間の出入りを禁止してはいないが、その場合は、前もっての申請が必要となる。おまえたちは、申請なく三層に侵入し、高貴なる竜種を傷つけた。」


そう言いながら、ゾールは、嵐竜に治癒魔法を施している。

気絶から覚めた嵐竜は、ゾールにじゃれついた……

もちろん、見た目は牙をがちがち言わせながら、体長50メトルの巨体でのしかかってきているのではあるが、まぎれもなく、それはゾールを認識して、じゃれているのだろう。


およそ、無目的なまでに視界に入ったものを襲う習性のある嵐竜であるが、唯一の例外が古竜である。


「襲われたので応戦しただけです。」

ティーンは、嬉しそうに抗議した。


「だが、逃げるという選択肢もあったはずだ。

申開きがあるなら、あとでゆっくり聞こう。」

「あ、もうひとつ」

「なんだ?」


ゾールは、顔をしかめた。


「仲間が、戦闘で怪我をしています。手当をお願いできますか?」


「見たところ、その少年がいちばん重傷のようだな。

治癒魔法は、使えるか?」

「わたしも、ヒスイ自身も使えます。どこか、横になって休める場所を提供ください。」

「ふむ? 痛むか、ヒスイとやら。」


ぼくは、足に少し体重をかけてみた。

全身を痛みが貫く。

たが、この程度は。

治癒魔法と充分な睡眠で大丈夫だ。


「まあな。出来ればでいい。白酒を一本都合してくれ。」

「消毒にでも使うのか?」

「いや、飲むのさ。」

ぼくはニヤッと笑った。

「痛みには泥酔がもっともよく効くんだ。」


ゾールの目が大きく見開かれた。


「おまえは……」

「ヒスイと言う。ティーンが安全を確保出来るまで、同行するように仰せつかっている。」


ライミアは、面白そうに、ぼくたちを眺めていたが、サリアの肩をポンポンと叩いた。


「では、わたしたちは、ここで失礼する。」


ゾールが、じろりとライミアを睨んだ。

「おまえと賢者殿の弟子が、主に竜を攻撃していたのだが。」


「リンド伯爵の側近と、ウィルニアの弟子を拘束してみるかね、ゾール。」


「後ほど、リンド閣下と賢者殿には、我が神竜より、申し入れをさせてもらう。」




おまえはひとりで歩けるな?

と、ティーンに念を押してから、ゾールは、ぼくを見えない力場で包んだ。

ぼくの体は、まったく力を入れずに立ち上がり、ゾールの向かう方向へふわふわと漂った。


古竜が、その背に人間をのせるときに使う力場だ。


「竜の背に乗る」は、常套句として、勇気ある行いをする、または、大変な名誉を得る、という意味に使われるが、文字通り「乗る」のではない。

特殊な力場を発生させて、それに人間を包んで一緒に飛行するのだ。

でなければ、竜の飛ぶ高度に、その急加速に、人間の体は耐えきれない。


その力をゾールは、「拘束して、連れ歩く」ことに応用している。


「見事なものだよ、ゾール。」

ぼくは、力場のなかから、ゾールに話しかけた。

「竜のもつ力の応用、という訳だ。。強大すぎて、周りにも被害を及ぼしてしまう竜の力を制限しつつ、相手を無傷で無力化できる。」


第三層は、竜たちの巣窟だ。

知性をもつ竜。いわゆる古竜だけで、八柱いるという。

構造は、二種類に分かれている。

二十メトルを越える巨体が動き回るための、広々とした大空洞と、それに付随した桟道。

こちらは、造りこそは、しっかりとしているものの、手すりなどは、考慮されていない。


この造りには、見覚えがあった。

昔の銀灰皇國でよく見た。


全員が飛翔、または浮遊の魔法を使えるのが当たり前であるがゆえに、転落の危険など度外視した造り方。


実際、このような道が有るだけマシだ。

道の幅は十分ある。

高所が苦手でなければ、けっして歩きにくい道ではない。


「ティーンも一緒に運んではもらえないか。」


ぼくはたずねてみた。

ティーンは気丈で、体力も十分だとは思うが、実際には、どこまで気力が持つかわからない。

少なくとも肝心カナメには、ティーンが交渉するしかないのだ。


そして。

人を越えた存在、“超越者”を一番、がっかりさせるのは、対峙した人間が威圧に負けて、ひと言も口が効けなくなることだった。

いまのところ、ゾール。

かつて、“神竜の鱗”をめぐって、竜の都や人間界を騒がせた“深淵竜”殿に対峙して、なお、ティーンはびくともしなかった。だが、リアモンドは、そも古竜ゾールをしても格が違うのだ。


少しでも、ティーンの消耗を避けたかったのだが。


ゾールの返事は

「一度に力場に包めるのは、一人だけだ。」

というツレナイものだった。


「わたしは、大丈夫よ。」

ティーンはケナゲに言った。

「それより、ヒスイ。これはうまくいってるのよね。わたしには、理想的にことが運んでいるとしか、思えないんだけど。」


「その理解で合っている。」

ぼくは答えた。

「ぼくらは、迷宮内のルールに違反して囚われたんだ。もし、追っ手が来ても、おいそれと引き渡されることはない。」


「竜が自主的に保護したのなら、そうはいかなくなるからね。」

ティーンは、ゾールにウィンクした。

「これは、あなたの知恵なのでしょうか、ゾール殿。」


ゾールは面白くなさそうに、ティーンとぼくを一瞥した。


「リアモンドさまは、今、不在だ。おまえをするか。

それはすなわち、古竜が統一帝国の継承にどう関わるかという意味になるのだが。

その判断をリアモンドさまに仰ぐために、一時、おまえたちを拘束するだけだ。これで古竜が味方についたと、 夢にも思わんことだな。」

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