第42話 対決! 嵐竜

「わたしは、クローディア家で育ったんですよ!」

ティーンは。不快なことを思い出すように、言った。

「“不死鳥の冠”のギルド長と、彼女のつくるサンドウィッチのことは、寝物語に聞かされました。」


そう言えば、かの大公亡き後のクローディア大公家のことは、あまり興味がなく、一通りのことしか知らない。


かの大公位は、姪と結婚した騎士団の副団長が継いだはずだった。

統一帝国が、誕生し、クローディ大公国が、その直轄領となったあと、当然、当時の大公は退位し、白狼騎士団は、再編成されて、北部方面軍となったはずだ。


「ほかになんの印象もなかったのか、わたしは!」

憮然とした面持ちで、ライミアは、言った。


「逆だろうよ。おまえの功績や履歴で語ろうとすると、それだけで、物語が書けてしまう。

あのギルマスが、グランダ風サンドウィッチの生みの親だと、それだけ言ったほうが、印象深く、人となりを語れる。」


ぼくが、そう言うと、ライミアのしかめっ面は、いっそうひどいものになったが、視線は、こちらに向けないを


紫電を逸らす障壁は、かなりの集中力と……それに魔力を消費するはずだ。


「アルディーン姫が、わたしに当たりをつけたのは、分かるとして」

額に汗を滲ませながら、ライミアは言った。

「おまえは、なぜわたしがわかる。

『顔』でわかったと言っていたな!

前に……その義体に、はいる前に、わたしにあったことがあるのか?」


「ミュラ閣下!」

サリアが、叫んだ。

「用意が出来ました! ブレスの吐き終わりを狙って、障壁の解除を!」


竜が、紫電を発射するのをやめた。

体を大きく震わせ、一声、吠えると、こちらに向かって突進してきた。


「知性のある竜は、たいてい知り合いじゃなかったの?」

ティーンが咎めるように言ったが、サリアは、即座に否定した。


「残念ながら、あれは嵐竜という。

千年のうちに知性を獲得することが、叶わなかった“古竜”のなり損ないだ。知性がない故に、プレスを集束させることは、できないし、もともと身に備わった以上の魔法も使えない。」


50メトルを越える巨体は、竜の中でも大きなほうだった。

それを後ろ足で立ち上がり、こちらに進むその姿は、もたもたとしているようにも見えたが、実際には馬が疾走するよりも、早かっただろう。なにしろ、もともとのスケールが違う。


その竜に、サリアは振りかぶって、泥団子を投じた。

腰を捻って。

見事な投球だった。


曲線を描いて、泥団子は、竜の鼻ヅラに命中し、爆発した。

けっこう、大きな音と衝撃に、竜はタタラを踏んで、立ち止まる。


2投目、3投目もはずすことなく、この巨体に命中した。


だから?


嵐竜は、知性をもたない。

ゆえに最大の武器である集束されたブレスを使うことが出来ず、その場その場で相応しい判断をなすことも無理だ。

だが、それでも竜は、竜、だった。


その巨大。その魔力。

そして、その身体を覆う竜鱗。


異世界の技術なのだろうが、その程度の爆発で、竜鱗の防御を突破することはできない。


「そして、知性がない、ということは、対話もできない、ということだ。」

「わたしたちのような小悪党には、不向きな相手ってことね!」


ティーンの理解の早さに、ぼくは満足して頷いた。

まあ、嵐竜に「向いた」相手など、本物の古竜以外にはいないのだろうが。


嵐竜は、怒りの咆哮をあげた。

痛みは、感じているようだ。

最初に、鼻ヅラに一発食らったときに、爆発とともに撒き散らされた粉を吸い込んでしまったのかもしれない。


明らかに敵意をもった視線を、ぼくらに向けた。


「まずいな、完全にこちらを敵として認識したぞ。」

ぼくが、言うと、すかさず、ティーンが突っ込んだ。

「じゃあ、いままでの攻撃は何だったのよっ??」


「あれはなんというか、番犬が不審者に吠えかかるようなもんだ。いまの攻撃で、われわれは、“怪しいやつ”から“敵”に昇格してわけだ。」


「うまい例えをするな、少年。」

ライミアが言った。

「そういう口のきき方をするものには、何人か心当たりがあるが、その身体の中に入っているのは、誰なのかな?」


サリアが叫んだ。

「ライミア殿! 障壁を!

全員、ふせて」


竜が、迫る。


殺意をむき出しに。この迷宮に侵入した卑小な生き物を抹殺せんと。


ぽくは、先程のブレスもどきの反射で掘り返された地面の窪みに、ティーンを引きずり込んだ。

「目を閉じろ! 耳を塞げ!」

「なにが、どうなって」


サリアが、グルグルと色を変える液体に満ちた試験管を、投じた!


先ほどと違うのは。

竜の体は。その不可侵の鱗に覆われた巨体は、サリアが先に投じた泥団子が破裂したときの粉に塗れていた。


ライミアが、サリアを引き倒し、ぼくらに3人に覆いかぶさった。


「わたしの障壁は、爆発のような衝撃には相性が悪い。飛来物はわたしが受け止めるから」




あとは、何も聞こえなかった。




ぼくは、なんとか、口にはいった泥を吐き出した。

爆発の轟音のため、耳鳴りがひどく、

立ち上がろうとしたら、目眩がした。


サリアは、倒れたまま。うめき声を上げているので、意識はあるらしい。


ライミアは、ズタボロになった背中を復元中だった。

渋い顔なのは、怪我よりも、ボロ布と化した衣服の方だろう。

身体は、治癒しても着ていたものはそうはいかない。いま彼女は、ほとんど全裸に近い状態だった。


ぼくを、睨むと、冷たい声色で言った。


「おまえが、わたしの想像する誰であれ、そんな欲情にみちた目つきで、見られるのは、気に食わないわ。

ガイド料とは別に、鑑賞料金もいただこうかな?」


「話してなかったか?

ぼくたちは、サリアの店で有り金全部、巻き上げられて、無一文なんだ。」


「それは、本当よ、ライミア殿。」

サリアがなんとか体を起こした。

「とは言っても、第三層まで案内して、古竜に引き合せる料金として破格だけどね。

正直、適当に、街のチンピラ集団を締め上げて、有り金を吐き出させた程度の金額よ。」


「さ、サリアさん!!」

金の出処には、あまり触れられたくないぼくと、ティーンだったが、絶妙のタイミングでティーンが、叫んだ。

「す、すごい! ドラゴンスレイヤーですよ、わたしたち!」


そう。


前もって、竜にまぶした粉の効果はか、嵐竜の体はズタズタに避けていた。

肉が爆ぜ、ところどころ、骨が見える。


「ぼくとおまえは、なにもしていないが、な。」

ぼくは辛辣に言った。

「それに、ドラゴンスレイヤーは、本来、竜を『倒した』ものに対する呼び名だ。

あの竜は、たしかに重傷だし、一時期に意識を失っているようだが、命までは奪えていない。

そして、ライミアとサリアの持ち札は、すべて、切られたあとだ。これ以上、あの嵐竜に有効な攻撃をする術はない。」


「え?」

不安そうになったティーンが、聞き返した。

「それって、つまり」


「手詰まり、だ。ほかの竜に気が付かれるまえに。あるいは、あの竜が意識を取り戻さないうちに、すみやかに撤退するしかない。」


幸か不幸か、ティーンはいちばん、軽傷だった。

次にぼく。

次がサリア。


これは覆いかぶさった順番だ。


たが、いちばん上のライミアは、吸血鬼だ。その回復力は、人間の比ではない。

サリアのコートもまた、耐衝性能に優れていたのだろう。

一瞬、気を失ったようだが、目立った外傷は見当たらない.,


問題は。

ぼくの足だった。


けっこう、有り得ない角度でねじ曲がってしまったいる。


骨は折れていないとはおもうが、痛覚を麻痺させて、なお、歩ける状態ではない。


「という事で、とっとと、退避してくれ。」


ティーンは、力強く頷いて立ち上がった。


「では、また後で。」

「うん。」


「おまえらは!」

ライミアが、なにか言いかけたが、その前に降り立った影があった。



それは、ぼくやティーンと同じくらいの年齢に見えた。

つまり、北方基準で、やっと成人にたっするか、どうか。


細身でどうかとすると、華奢にさえ見えて。


だが、その内に秘めた圧倒的な力に、サリアが、よろける。

止めようとしたぼくも、痛めた足首を激痛が、走り、ともに地面に座り込んだ。



ライミアと。

ティーンは、しっかりと、そいつを。

少年の姿をとった古竜に対峙していた。


「三層において、竜を傷つけたもなは、先へ進むことも、逃げることも許されない。」

少年は、たんたんと告げた。

「我が名は“深淵竜”ゾール。

おまえたちは、竜の虜囚となるのだ。」








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