第41話 第三層

第三層への入口は、古びた木の扉だった。年代物だということは、ひと目でわかるが、よく手入れされている。


「不満そうな顔をするものではない。」

案内人のサリア・アキュロンが、ティーンに言った。

「ライミア殿がいるから、普通に歩いてここにこれている。そして、通常なら、ここで待ち受けるであろう伯爵級以上の吸血鬼もいない。」


「あんまり、若い時に楽をし過ぎると、ろくな大人にならない。」

ティーンは、あまりまえのことをしかめっ面で言った。あるいは、クローディア家では、そのように子どもをしつけているのかもしれない。


あまり自由奔放に育てたりすると、魔王と結婚して、世界征服に乗り出したり、生きながら信仰を集めたりと、まあ、ろくな娘に育たないのは、明白だからだ。


「さて、ライミア殿。ここまでの同行ありがたく思う。ここからは、わたしの仕事だ。

彼女を、“神竜皇妃”リアモンドと会わせるのは。」


「構わない。」

ライミアは、あまり愉快そうでもなく、言った。

「わたしも同行するわ。

わたしは、神竜皇妃をはじめ、何柱かの古竜とは、顔見知りだよ。“試し”を受けた訳では無いけど、“試し”を受けたものの友人でもあり、第二階層主の正式な配下。

知性のある竜ならば、いきなり襲っては来ない。」


ドアは、開いた。

石で作られた階段が、下方に向かって続いている。

灯りは、所々に蝋燭が燃えているだけで、全体は闇に沈んでいた。


「もともとが、分離された空間なのに、いちいち『階段をおりる』とか『ドアを開ける』といった動作を、必要とするのは、馬鹿げてると思う。」

ティーンが、言った。

少し、口早になっているし、いま話すにはどうでもいい話題だった。

彼女も、やはり、緊張はしているのだ。


「階層を変わるのに、『登る』『降りる』と言った動作は、わかりやすいからだよ。」

ぼくは、答えた。

別に彼女が答えを欲していないこは、わかっていた。

これもまた、空間転移のエフェクトのひとつだ。

少なくとも魔道院に在籍していたていなら、そんなことは、とっくにわかっている。


階段は、手すりが着いていた。


サリアが、また薬を混ぜ合わせて、光る球を作り出した。


昔、よく探索者達がつかった魔法による光球によく似ていた。

これをいちいち薬品を調合するのが、『不便』とみるのか、それともただでさえ、無駄な魔力消費をさけねばならない迷宮内で、魔力ゼロで、同様の効果を得られる利便をとるか。


空気は、冷ややかに乾燥しており、階段の石は、特に滑りやすくもなかった。


それでも、慎重に一歩一歩、階段をおりたぼくらの目の前に、巨大な空間が広がっていた。


天井の高さは、百メトルはあらだろうか。

床の面積は、最大の競技場の倍はたしかにあっただろう。


そこにいるものは、たしかにそれだけの面積を必要とていた。



竜。

身の丈、50メトルを越える竜が、その中央に鎮座していた。



「これが」

ティーンが息を飲んだ。

「これが、竜?」



次の瞬間、放射状に放たれた紫の雷が、ぼくたちを覆うように、放たれた。



ぼくは、魔道士としては、並だ。

本物の召喚を使う“血の聖者”殿や、マヌカなどには、及ばないが、ぼくの本分は、強大な力をもった存在と、“仲良く”することで、その力を借りることで、成り立っている。

単独で戦えば、よくて中の上。

竜どころか、図体のデカさだけは匹敵するダイナソアや飛竜にも、歯が立たない。


ぼくらを救ったのは、ライミアの張り巡らした障壁だった。


理論上。

集束されていない竜のブレスは、人間がこれを防ぐことが出来る。

理論上は。


(これは、逆の論法から導き出され理論だ。つまり“集束された竜のブレスは、人間には防ぐことは不可能”。)


「ライミア。」

サリアが、半ば呆れたように言った。

「何をやってるのかは、分かるけど……。そんなことが可能なの?」


そう。

分散され、稲光のように空間を満たした竜の吐き出す紫電は、障壁を滑り、散っていく。


いくら集束されていないとはいえ、竜の持つ魔力は、人間のそれとは比較にならない。

まともに止めようとしても、瞬時に粉砕される。

だが、ライミアの創り出した障壁は。


紫電の魔力を、なんの力もくわえないまま、方向を変えて、四散していく。

それが、どれほどの破壊力を持っているのかは、障壁の周りの地面のえぐれ具合を見ても、明らかだった。


「“力”が加わらないように、滑らせ、分散させる。」

ティーンが、ライミアを見つめた。

「それは、たしかに、あなたが得意な魔法だったはずだけど。」


「誰か、わたしのことをしゃべったのか?

サリアか?」

ライミアは険しい表情で言った。

視野は全て、紫の電光状のブレスに覆われている。


「あなたが何者だったか、想像は着くけれど、それを気軽に口外しないくらいの分別はあるのよ?」

サリア・アキュロンは、また薬の調合を始めている。

今度は、それを別のポケットから取り出した土塊に混ぜて、粘土の団子を捏ねていた。


「そうすると、やはりおまえか。

ヒスイの坊や。」

ライミアは、こちらを見ずにそう言った。

無詠唱。どころか、この層に降りて、竜と対峙した瞬間には、すでに竜は、紫電を吐き散らす準備を整えていたのだ。

反射的に、発動させたのは、真祖の血によって作られた吸血鬼とての力だったかもしれない。

若いころ。

本の小娘のころに、当時、西域でも精強を誇った竜人の分隊をひとりで、手玉にとったとか、武勇伝には事欠かない彼女だったが、これほどの使い手であったなら、例えば、“災厄の女神”に仕えていた頃も、もっと別の形で、一連の騒動に参加していただろう。


「悪いが、ブレスを遮る方に、集中ひてくれ。」

ぼくは、自分の“収納”の中を懸命にまさぐっていた。

魂ごと、この身体に転生させられたのならば、“収納”もまた使えるはずだった。


……とは言え、ぼくの魔力では、常時展開できる“収納”に入れられるものは、たかが知れている。


そして、具体的に何を入れていたかは、まったく記憶がなかった。

この十年あまりの怠惰な生活のせいだった。


いま、ライミアが、集中を途切らせて、障壁の効果が失われれば、ぼくらは消し炭だ。

ひょっとすると、ライミア自身はそのから蘇ることが出来るのかもしれない。


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