第36話 君の名は
朝食は部屋に運ばれてきた。
釜だきの穀物に、発酵した豆の調味料を使ったスープは、具だくさんだ。
茶は、濃い緑色で、かなり熱かった。
ティーンは、残さず食べた。
他ならぬ真祖の許可が取れているのだから、最短の距離で、三層へ連れて行ってくれはするのだろうが、それが飛翔魔術を含め、底なしの魔力、体力をもつ吸血鬼たちにとっても最短ならば、食べられる時に、食べめ置くべきだった。
給仕にきたのは、あの謎めいた、爵位を、もたない女吸血鬼ライミアだった。
ぼくは、彼女をもう少し、お高くとまった女かと、思っていたが、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。
お茶を入れ替え、いったん中座して、戻ってきたときには、制服のように見えるすっきりとしたジャケットとバンツのうえから、旅装用のマントを羽織っていた。
マントの下のジャケットに、冠を頂く不死鳥のエンブレムが、縫い取りされていた。
「食べたものは、そのままで。」
彼女は言った。
「さっそく、出かけるよ。第三層の入り口は、少し遠い。」
それから、ぼくを見て、ニヤッと笑った。
「どうしたの、坊や。血でも吸ってもらいたくなった?」
「ライミア殿。ヒスイをからかうのは、やめていただきたいな。」
サリアは、語気を荒げることなく、淡々と言った。
「いえ、ヒスイがわたしの胸をじろじろ見てるものだから。」
そう言いながら、ライミアは、態とらしく体をくねらせた。
「胸なんか見てない。その意匠のエンブレムを見ていただけだ。」
「へえ?」
ライミアは、マントの前を開いた。
間違いない。
グランダのギルド“不死鳥の冠”のエンブレムだった。
「これに見覚えがあるってこと?
もう二十年かそこらまえに、活動は休止してる冒険者ギルドが使ってたエンブレムだけど、ね。」
ぼくらは、これ以上、そのことは触れずに、先を急いだ。
基本、広大な宮殿を模したつくりの第一層とは異なり、二層は、深い森が続く、森林地帯だ。
ぼくたちが、一層から下りた場所は、古びた礼拝堂になっていて、そこから、ぼくらはラウルのいる宮殿に案内されたわけだが。
けっして、不快とは思わないが、どの建築物も、古びている。
世界は、昼ではなく、しかし、真っ暗てももない微妙な時間帯に設定され、厚く覆った雲が、空を多い、はっきり言って時刻も定かではない。
道と言えるほどの道でもなく、それでも踏み固められた枯葉のうえを、ぼくたちは、無言ですすんだ。
無理やり、転生させられてから、二日。
自分の、そしてこの皇女らしきティーンの行動力には、呆れるばかりだ。
途中の木立が開けたところに、朽ちかけた東屋があって、そこでぼくらは昼食をとった。
信じられないくらい厚切りのハムや新鮮な野菜、チーズを挟んだサンドウィッチだった。
「これが、あの」
と、ティーンが一口かじって、感激したように呟いた。
「あの、なにかな?」
「いや。あの」
ティーンは、済まなそうに、ライミアの胸をチラ見した。
「アルディーン姫は、同性の乳房に興味がおありか?
心配せずとも、まだ、姫は成長期だ。そのうち、もっとこう、ぐぐっと」
「いや、その紋章が。」
「そうだった。確かに“不死鳥の冠”は、クローディア家のお抱えギルドだった。
アルディーン姫も、“不死鳥の冠”のことはご存知か?」
ティーンは、すこし迷っていたが、ライミアをまっすぐに見つめると、言った。
「もちろん! 幼いころから。
なんどとなく、“不死鳥の冠”の話はきいたよ。
サンドウィッチを作るのが、得意だったマスターの話も!」
「ああ、わたしの名にたどり着いたのか?
それはそれで構わない。
それをおまえに、教えたのは?」
ティーンは黙った。
ライミアは、重ねてきいた。
「ヒスイに、か?」
ぼくは、ライミアとティーンの間に割って入った。
「そうだ。ぼくが、教えた。」
「分かった……そのことを別に責めるつもりは無い。だがおまえが、なぜそう思ったのかは聞かせて欲しいな。」
「理由なんか、とくにない。
顔がそっくりだったからだな。」
ライミアは!
嬉しそうに笑った。
「なるほど! わたしとおまえはあったことがあるはずか!
面白い。実に、な。
いったいその義体のなかに入っているのは、だれの魂なのだ!?」
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