第37話 網を絞る

魔道院学院長マロウドは、この日、別の客人を迎えていた。


統一帝国北部方面軍イードル大尉である。

もともと、クローディア大公国の白狼騎士団がルーツとなる北部軍にあって、“青狼”との異名をもつイードルは、その苛烈な性格とともに、軍を象徴する存在であった。


「アルディーンは、西域行きの列車に乗っておりませんでした。」


グリシャムの属する中央軍とは、異なり、ここグランダでは、動かせる人員も体制も、はるかに整っているのが、北部軍だった。


グランダがほとんど、国としての体をなさなくなった五十年前には、警察を含めた街の治安までをクローディア大公国が、請け負っていた。

現在は、制度上はそうではなくなっはいたが……。


グランダの警察に相当する警邏大隊は、実質、北部軍の配下にあるといっても過言では無い。 だから魔道院が依頼した、アルディーンの失踪(誘拐の可能性も含む)に対して、イードルが自ら報告に訪れることは、不自然ではない。


「アルディーン姫は、いったん郊外に出たこあとで、またグランダに戻ったと、我々はふんでおります。」

「なんのために、そんなことを?」

「西域に逃亡した、と我々に思い込ませたいがために、です。」

「イードル殿」

マロウドの秘書のリーシャが、口を挟んだ。

「あなたまで、中央軍のあのいけ好かない魔道士と同じ意見なのですか?

アルディーンが、ここから自分の意志で逃げたという。」


「いえ。」

イールドは、冷たい目で、リーシャを一瞥した。

「現在のところは、憶測でしかありませんが。姫と行動をともにしているという少年に、誑かされているものかと。」


「それは、だれ?」

リーシャも冷たい微笑みで返した。


「わかりません。駅で切符を買う時にトラブルを起こしたので、駅員が、記憶しておりましたが、互いに別の名前で呼びあっていたと。

魔道院の制服を着ていたそうですが。」


「グリシャム・バッハ閣下から、絵姿を見せてもらったよ。」

マロウドは、ゆっくりと言った。

「うちの生徒ではないようだ。」


リーシャが、イールドを睨むようにして言った。

「絵姿を作るのに、中央軍は駅員さんの頭をかなり酷く弄ったようね。

鉄道局から、抗議がいってるはずよ。

首謀者のグリシャム・バッハの身柄の引渡しと、グランダからの即時、無条件の全面撤退。」

「まったく! 中央軍というのは勝手なそしきですな。」

「そればかりではない。」

マロウドもまた、イールドをなんとも言えない表情で、見つめながらゆっくりと言った。

「いまさらながら、鉄道局も、アルディーン嬢が、皇位継承に対して重要な役回りなのを理解したようだ。鉄道保安軍の精鋭“絶士”が動くよ。」


「保安軍は、軍とは名ばかり、鉄道網の保全に東奔西走するだけの警備屋です。

真なる皇帝の剣は、我ら、ち、北部軍です。」


「で?」

イールドの言葉を華麗にスルーして、マロウドは続けた。

「アルディーン嬢と、その連れはどこに行ったのだろう?」


「それについては、彼女が逃げ込むのに、絶好の場所があります。」


マロウドとリーシャは、一瞬、視線をからめた。

「そんな場所がグランダにあるのかな?

そもそもグランダが危険だと思ったから、彼女は逃げ出したのだろう?」


「あります。」

芝居がかった口調で、イールドは言った。

「魔王宮です。彼女の出自なら、魔王宮の災害級の魔物にも受け入れられるはずです。」


マロウドは、ため息をついた。

「たしかに、その可能性は考えた。

……ヨウィス。」


部屋の隅で、書類を整理していたもうひとりの秘書が立ち上がった。

フードのしたの顔は、均整が取れて、美しく、すらりと背が高かった。


「彼女は、現役の冒険者としても活動していてね。いろいろ、ツテを使って聞き込みをしてもらっていた。」


「そ、それで!」


「確証はなにもない。」

まったくの無表情で、美女は淡々と言った。

「だが、アルディーンの年代に似合う冒険者が、ここ二日で、178組、魔王宮一層の“舞踏会場”でガイドを雇っている。」


「そ、そんなに!」


「魔王宮は、一定の所までは観光地だから。

ただ、アルディーンの目的から考えるとと、団体ツアーに参加したとは思えない。

単独でガイドを雇ったのは、そのうち7組。アルディーンのツレと思われる少年と一緒になのは、1組だけだった。」


「ならば!」

イールドは身を乗り出した。

「ならば、それが!」


「学院長と黒の聖女は、アルディーンが魔王宮に向かったのではないか、という推論をたてて、わたしに調査をさせた。

そして、一応、それらしき人物を発見した。

情報はそこまでで、なにも確証はない。」


「それでも、その可能性が高いのなら、調査隊を! アルディーン姫のガイドをしてるのは、どこのギルドです?」


「それは教えられない。」

冷たい、というより、無関心。

出来の悪い魔道人形が与えられた知識だけで、回答するような平坦な口調で、ヨウィスは言った。


「なぜだっ!」


「ガイドの身を守るためだ。皇位継承闘いは、人の世の暮らしと魔王宮と。別のところでやってくれ。

そもそも、中央軍は、北方地域の迷宮には立ち入りは出来ない。特別許可をえる方法も、あるが、この状態で、許可がおりるとは思えない。」


イールドは、妙な表情を、浮かべた。

「……我らは、北部軍だ。迷宮への探索は、一般の冒険者と同等の権利を有する。」


「そうだった。」

ヨウィスは、淡々と言った。

「ところで、グリシャム・バッハの居所について、イールドは知らないか?

昨日、正門を出たところで、おまえたちと、グリシャムが交戦しているのは、多くのものが目撃している。

意識を失ったグリシャムを、おまえがどこかに連れ去ったところまでは、調べがついているんだが。」


チッと、舌打ちして、イールドは答えた。

「グリシャム・バッハ閣下の身柄は、こちらで確保している。取り押さえられる直前に、特殊な薬物を服用したらしく、昏睡状態のままだ。」

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