第四章 混迷

第35話 第二階層の夜はふけて

真祖の片割れ、ラウル=リンドについては、結局、彼女が最近、アイスクリームを使ったスイーツにハマっていることくらいしか、情報を得られなかった。


「要するに、“漆黒城”が、巻き込まれることを用心してくれているというわけだなだなっ?」


パフェの後には、発酵した豆を使ったスープに、圧力釜でたいた穀物が運ばれて来た。順序は、違うだろうとおもったが、まあ、出されたものは、どれも美味かったし、ぼくらはほぼ一日中歩いて、途中、負傷もして、ここにたどり着いている。

保存食をかじり、スーブを温めただけの食事りは、だいぶマシで、それだけでも感謝をいくらしても、し足りない。


「ならば、あとはライミアに頼めるか?」

「仰せのままに、真祖さま。」


男装のラウルよりも、よほど淑女然としたライミアは、微笑んで、一礼した。

歳の頃は、二十歳前後だろうか。

もちろん、闇の貴族に年齢などはわからない。

だが、彼女はまだ、吸血鬼になって、数年と言っていた。

普通ならば、獣と一緒の時期だ。

親吸血鬼が、面倒を見ない限り、陽光のなかに飛び出して、自滅する。

もちろん、言語など、使える状態ではない。


「政治絡みのことは、ライミアに任せてるんだ。」


その「成って」数年の吸血鬼に対して、ラウルは、むしろ丁重ともいえる態度で、そう言った。



寝室まで、案内してくれたのは、騎士爵殿だった。

準貴族というべき、爵位をもつものが、こんな雑用を、とも思うが、なにしろ、これ以下の吸血鬼は。たとえ主の賓客であっても、欲望に負けて、喉に牙を突き立てかねない。


「クラウド。今度、陽光耐性の練習につきあうよ。」

顔なじみらしいサリアが、そう言うと、クラウドは、済まなそうに言った。

「クラウド殿、またはクラウド閣下な。

しかし、助かる。」


部屋は、三人一緒だった。

とはいえ、寝室は三つある。

空気は、カビ臭くもなく、ホコリひとつないくらいに清潔だった。


「迷宮探索って、こういうモノなの?」

「なんとも言うが、全然違う。」


明日は、いよいよ第三層になる。

サリアは、予想したよりもはるかに優秀だったが、古竜どもを相手にしては、こうは行くまい。

なにはともあれ、真祖を頂点として、まとまっている第二層とは、違う。


ぼくらの求める相手である、階層主リアモンドの言うことを、ほかの古竜が聞かない、というわけでは、決してないが、そもそもリアモンドことアモン殿は、そんなこと細かな命令をしようなどとは、決して思わないだろう。

つまり、ぼくらは、竜が気まぐれに吐いたブレスに消滅させられたり、うっかり、踏みつけられたりする危険と、隣り合わせで、アモン殿を、探さなければならないのだ。


第三層の古竜、つまり知性をもった竜は、全部で八体いるという。

その全員と、サリアが友好的な関係を築いているとは、思えない。


生まれて初めての“迷宮探索”に、おそらくは実戦に、負傷間で、経験したティーンに、ぼくは、一刻も早く休んで欲しかったが、彼女は、あれこれと質問をしたいようだ。


寝室に入らずに、身を乗り出すようにして、サリアに尋ねた。


「サリアは、誰の“試し”を受けたの?」

「第六層。賢者ウィルニア。」

「それはまた気の毒に。」


ぼくは思わず、そう呟いていた。


「ほかの階層主たちにもそう言われたわ。

おかげでみんな、すごく良くしてくれる。」


「ヒスイは、賢者を知ってるの?」

ティーンが尋ねた。


「お伽噺に出てくるくらいの有名人だぞ。もちろん、知っている。」

「そういう意味ではなくて」

「もちろん、わかってる。

ぼくの師匠が、何度かあったことがあるらしい。人類史への貢献度と、及ぼした害悪で、やっと相殺が出来るらしい。」

「ウィルニアって、ウィルズミラーや電気を使った照明や、蓄電池やらの発明者でしよう?

その功績を、帳消しにするくらいとんでもないやつなの?」

「閉鎖空間の構築、積層魔法陣の発見、兌換紙幣の考案、その功績を数えるための専門学校があるくらいだ。

だが、ぼくの師匠は、こう言っていた。

賢者と魔王が溺れていて、浮き輪がひとつしかなければ、迷わず、魔王に浮き輪を渡す、と。」


「あなたの師匠は、間違いなく、ウィルニアを理解してるみたい。」

サリアは言った。

「さあ、ティーン。あなたはもう休むんだ。自覚してないだけで、あなたの心も体も疲れきっている。睡眠が必要なんだよ。」


「もう、ひとつだけ。」

ティーンは食い下がった。

「あのライミアって、吸血鬼は何者?

なんで、真祖にあんなに偉そうにしているの?

そもそも、吸血鬼として生まれ変わって、何年もしない吸血鬼が、あんなに流暢に喋れるものなの!?」


「それについては、親となった吸血鬼がよっぽど優秀だったんだろう。」


「確かにそれは、きいたことがある。とすれば、ライミアの親は、侯爵、いえ西域に七体しかいない公爵級かしら。」

「いや。それでも吸血衝動と、陽光への忌避は残ってしまう。

ライミアの親は、“真祖”だよ。

真祖ラウル=リンド。」


「ヒスイの言う通りよ。」

サリアが言った。

「むしろ、この短時間に、そこまでの真相にたどり着けたわね、ヒスイ。」


「真祖が従属種を作ったら、あまりにも強力な吸血鬼が、出来上がってしまうから、真祖自らが、従属種を作ることは、禁じ手になっていたはず……」


「よく、勉強してるよな、ティーン。」

ぼくは、ふぅと、息をついた。

「だが、真祖は、自分の決めたルールなんて、必要があれば平気で破るんだ。

ライミアの件もそうだろう。

統一帝国の力は、人類史においても、類をみないレベルに達しつつある。

いずれ、東域や南洋域、さらには、ここにも侵攻を企ててもおかしくないほどに、な。

だから、人類と折衝というか、外交の出来る人材をリンド伯爵は、欲していた。

だから、拝み倒してでも、ライミアに吸血鬼としての生をあたえ、手元においた……」


「まさか、ライミアも知ってるって、言い出すの!?」


「あれは、グランダの宰相やクローディア大公国の大臣を歴任した傑物の奥方だよ。

人間であったときの名乗りは」



■■■■■



「あれが、統一帝国皇帝の落胤、か。噂には聞いてたけれども。」


ラウルと、ライミアの前には、空になったワインのボトルが転がっていた。

ラベルは、「クローディア家秘蔵」と書かれている。


それ自体が、ひとつの商売、ブランドとなったいまは、商品量としては充分に流通してはいるのだが、その値段は、大商人をも青ざめされるものだった。


「落胤。という言い方は不適切かも。」

ライミアは、新しいボトルのコルクを捻った。

吸血鬼の怪力は、コルク抜きを必要としない。

さっき、さんざん飲み食いした二人だったが、目の前の皿には、サンドウィッチなわつまれている。

信じられないほど、分厚く切ったハムや野菜をたっぷり挟んだサンドウィッチだ。

「アデルは女帝です。落胤という言葉は、男性がどこぞの女性に、子を産ませたときにふさわしいかと。」


「しかし、言われてみればたしかにアデルの子だ。アウデリアの、フィオリナの面影がある。」


「例の『三十年法』が、他ならぬアデルに適用されるのは、今年です。」

ライミアは言った。

「つまり、皇位継承問題が、間違いなく、発生する。」


「あ、でも、ええと、それは前々から、分かっていたことだから、アデルもその準備はすすめていたのではないかな。」


「すすめて、いましたよ。12名の候補者を選別して。そのうちの一人を皇帝に。あとの11名は、帝国の中核となる官僚になるはずでした。」


「あのティーンという少女は、そこに入っていない。」


「そうです。幼い頃に、クローディア家に養子としてあずけられた。もちろん、統一帝国帝室からの依頼としてそうなったので、別にティーン、いやアルディーン姫の母親が、アデルだと明言されたわけではない。」


「見たところ、魔力量もかなりのものだね。頭の回転もいい。なぜ、アルディーンは候補から外されたのかな?」


「そうですね。なぜ、皇位継承からはずされて、養子に出されたのか、そして、なぜ、その彼女に、いまになって、中央軍が、」


「それを、探って欲しいのだよ。」


「もうひとつ。」

ライミアの目が、すうっと細くなった。

「あのヒスイは、わたしを知っています。あれはいったい何者ですか?」


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