第32話 増援要請

「と言うことは、だ。」

グリシャム・バッハは、なんとか会話の主導権を取ろうと、口早になっている。

「駅で、テルメリオス宛の切符を買ったカップルは、アルディーン姫と断定は出来ないものの、可能性として、否定はできない。

一緒にいた男が、アルディーン姫とどのような関係かはわからないが、少なくとも、魔道院の学生では無い。

ここまでは、よろしいだろうか、マロウド学院長。」


「それは、問題ないかと思われます。筆頭魔導師殿。」

筆頭魔導師!

正確には、統一帝国中央軍魔道師団の筆頭魔導師なのだが、中央軍以外の者たちも普通に、そう呼ぶ。

紛れもなく、グリシャムは、現存する魔導師の中では屈指の存在だろう。


だが、マロウドにそう呼ばれる時、なぜか、グリシャムは、小馬鹿にされているように感じるのだ。


おまえごときが、筆頭魔導師と、名乗るのか?


と。


イライラしながらも、ここは、魔道院を敵に回すことは避けなければならない。

とくに、魔道院が、アルディーンを積極的に逃がしたのでは無いことが、ほぼ確定しているいまとなっては!


「もうひとつ。疾走した事務局長に同行した魔道院の学生はなにものでしょうか?」


「それは、答える必要がありますか、筆頭魔導師殿?」

いい加減。このタイミングになってお茶が出た。

いれてくれたのは、リーシャ。あの聖女の趣をたたえるマロウドの秘書だ。


一口飲んでその不味さに辟易しながらも、グリシャムは、言葉を返した。

「誤解からとはいえ、中央軍の分隊ひとつをつぶし、わたしの直属兵をもまた、病院送りにした者に興味があるのですよ。

できれば、中央軍にスカウトしたいものでね。」


「ああ、そのことなら」

マロウドは、リーシャに命じて、ファイルを持ってこさせた。

「名前は、ジオロ。専攻は、魔武道科です。」


「在籍はまだ、一年。」

あまりにも鮮明な画像は、ウィルミラーで撮影したものを、印刷したものだろう。

ハンサムというには、あまりにも精悍で、あまりにも凶暴すぎる。

画像の若者は、青春期の猛々しさを誇示するように、唇を釣り上げていた。

「得意とする武器は?」


「はて? リーシャ?」

「……知っている限りでは、彼は無手の闘いを得意としています。」


聖女は、答えた。


「武器は…まったく、使えないこともなきのでしょうが。少なくともそちらの方面の授業はうけておりません。」


「先行したダキシム少佐の分隊には、特殊な防護服を支給していた。

物理的な打撃、魔法攻撃、どちらにも無類の体制をもつ戦闘服だ。

その性能は、竜鱗を模したものだ。

もし、伝説級の武具でも振るわれたなら、倒されるのもわかるが、拳士には、どうしようもない代物だ。」


「竜鱗ならば、魔法プラス物理攻撃で破ることが出来ますね。」

リーシャが淡々と言った。

「実際、古竜の怖さはその巨体や膨大な魔力量であって、防壁として、竜鱗は確かに優れてはいても絶対ではありません。

まして、人間の衣服の形に再現したとして、その性能の何パーセントを再現できるのか。」


「確かに、ホンモノの竜鱗と比較すれば、その性能は、半分といったところだろう。」

グリシャムは、苦々しそうに言った。

この女は…見てくれは確かにいいが、しゃべりすぎだ。

「それでも、魔力の付与を受けない武具が、あの制服を切り裂くのは無理だ。

まして、素手では。

生身の肉体に、魔力を乗せることは出来ない。」


そのグリシャムの顔が、驚愕に歪んだ。

その視線は、問題の生徒の名前に釘付けになっていた。


「ジオロ…“ボルテック”……!!」




グリシャム・バッハは、マロウドにいくつか指示を与えると、学長室を足早に去った。


魔道院の中庭を、横切りながら、ウィルズミラーを取り出し、はるか西域の中央軍本部へつなぐ。

ミラーのなかに現れた画像は、この距離で、わずかな魔力しか消費していないことを考えると、驚く程に鮮明だった。


事務官らしき、地味な紺色の制服に身を包んだ男は、画面のなかで、驚きのあまり、言葉を失っている。


「……大隊を派遣しろ、というのか。バッハ卿。」

「その通りです。というか、他にどういう意味にとれましたか、ガルドー准将。」

「無茶だ。」

ウィルズミラーの画面に映る男……兵站を担当するガルドーは、頭を抱えた。

「いいか、すでに、そちらには最新装備を与えた特殊分隊を派遣している。」

「彼らは、病院送りです。特殊な打撃で、体内の魔力循環を乱されたようだ。

あれは、もう使い物にならん。」

「だからと言って!」

「他ならぬ、我らの大望のためです。

アルデイーンがどこまで、察知して逃げ出したのかはわからぬが、速やかに捕獲。

場合によっては、その場で“魂移し”を行う。」

「バッハ卿。」

画面のガルドーは、脂汗に塗れていた。

「単純に、予算の問題ではないのだ。

もともと、グランダは、中央軍ではなく、北方軍の管轄だ。

彼らを刺激せずにうごかせるのが、せいぜい、分隊単位なのだ。

そして、お主の“魂移し”を使った皇位継承の話はギリギリまで、ほかの勢力に悟られてはならん!

悪くすれば反逆罪に問われかねんのだぞ!?」



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