第33話 北部軍


歩きながらの推し問答の末、グリシャム・バッハは、皇都からの応援をとりつけることに成功した。

正規軍は、派遣できないが、荒事に特化した冒険者パーティを派遣してくれる。


ジオロ・「ボルテック」が、噛んでいる以上、ここももとない戦力ではあったが、ないよいはマシだった。

加えて、グリシャムは、アズディーン逃亡の鍵を握ると思われる、ランゼ事務局長と、そのボディガードが、西域に逃亡した可能性と、彼らを補足するように依頼し、これは快諾された。

ただし、ここでグリシャムは、ランゼなボディガードが、ジオロ・「ボルテック」であることを告げなかった。


こちらの言う通りの増援を出して貰えなかった以上、グリシャムとしても自分の得た情報すべてをさらす気はなかったのだ。

よくある事ではあるが、こうしたわずかな過ちの蓄積が、組織にいらぬ出血を強いることになるである。


そして。

ガルドー准将の懸念は、直ぐに現実となった。


魔道院の門を出たところで、グリシャムは兵士の一団に囲まれたのである。

寒冷地らしく、首元や袖口、服の一部に毛皮をあしらった意匠の制服は。


北部軍のものであった。


「北部方面軍グランダ地域担当イードルです。」

一応、敬語だし、敬礼もしたが、グリシャムを、見つめる鉄色の目には、敵意したかなかった。

「先日は、中央軍の分隊が、魔道院内部でほ暴力行為があったそうですな。加えて、クローディア家のアルデイーン姫が、あなたから逃げるために、魔道院から失踪した、との噂もある。

詳しく、お話を伺いたいのですが。」


「イードル大佐。」

グリシャムは、軍以外のことは、鴻毛の軽きにおいている。逆に言えば、軍の内部のことについては、ほどほどに良識人だった。


もともとが、クローディア大公国の白狼騎士団をルーツにもつ、北部軍が、中央とそりが悪いこと、そして、グランダに駐留している北部軍の指揮官が、“青狼”イードルであることも知っていた。

「先遣分隊においては、いろいろ誤解もあったようだ。そして、アルディーン姫が、わたしから逃れるために姿をくらました、などということはない。そもそも、昨日までは普通に授業にも出ておられたのだ。

同年代の少年と、駅にいたのも目撃されている。

逃亡など大袈裟に騒がずに、若い2人の恋物語を見守る度量は、北部軍にはないのかね?」


「アルデイーン姫が『逃げた』のだと騒ぎ立て、捜索しているのは、そちらでしょう?

中央軍筆頭魔導師グリシャム・バッハ閣下。」


グリシャムは黙った。

たしかに、彼はアルディーンの失踪についてそう判断し、そのつもりで行動してきた。

それは間違ってはいない。

だが、それを公言してしまったのは、不味かった。


グリシャムは、足元を見た。

ちょうど、魔道院の敷地を一歩出たところだった。


ここまで、北部軍が声をかけるのを待ったということは。


荒事になるのを、覚悟していた。


という事なのだろう。

グリシャムは、笑った。


イードルと部下の兵士10名ばかりが、ギョッとしたように、半歩、退いた。


これは。

グリシャムに、とっては一番得意な分野だった。



■■■■■■




「大隊の派遣を断ったよ!」

マロウドは、ダンスをするようなステップで、リーシャの手を掴んだ。

「ガルドー准将閣下は、なかなか、出来るお方だ。」


リーシャはダンスの気分ではなさそうに、マロウドの手を払い除けた。

「代わりに、中央軍子飼いの冒険者パーティがくるわ。実質、殺し屋と変わらない連中よ?」


「そうだね。大隊にかわるものなのだから、おそらく大隊並の働きができるものたちなんだろう。」


あってはならないことが起こっていた。


ウィルズミラーによる通信を傍受するこたは、帝国法では、珍しく、連座を含む極刑をもって相当とし、それは例えば私文書を盗み、開封した罪とも比較して、あまりにもおもすぎるのではないか、と議論されたが、実際に、問題になったことはなかった。

ウィルズミラーの通信を傍受する技術が、まったく進捗しなかったためである。


これだけ、社会に広く流布した技術であり、それこそ、学生でも所有している魔道具であるにもかかわらず、その原理はまったく開明出来なかった。


おそらくは。

開発者である賢者ウィルニアと、その共同開発者である、かの“踊る道化師”リーダー以外には、解析不可能。


そのウィルズミラーの通信を、軽々と聞き取り、また、秘書官もそれをなんの疑問にも感じていない。


「しかし、アルディーンは、どこに、いったのでしょう。」

リーシャの声には、憂いが篭っていた。

「グリシャム・バッハから逃げるように、姿を消した。そして、グリシャム・バッハの得意とするのは、魂の移し替えです。」


「大方、アデルの魂をアルディーンに移すことで、代替わりを成功させたかったんだろうさ。」

マロウドは、飄々と言った。


「それは、アリなの?」

「三十年法自体が、試行錯誤中だ。これから運用例を積み重ねていって、人間社会にとって、慣例や常識として、定着していくんだろう。

だが、これは認めないほうがいいだろうな。魂を若い体に移すのは、ある意味転生と一緒だ。そして、記憶を残したまま、転生を繰り返すことは、魂を劣化させる。

それに、魂を移された側は、どうなる?

体を乗っ取られた魂は、実質、死を迎えることになる。王家に生まれた子供らは、親父殿の若返りの器として育てられるわけだ。

まともな王室運営ができるとは、思えんね!」


マロウドは、椅子に座り直した。


「さて、せっかちなグリシャム・バッハ氏に合わせてこちらもやるべきことをやっておくか。

まずはアルディーンの足取りだ、な。」


「身を隠すために、逃亡したとしたから、西域中央部ね。ひとはひとのなかに隠れるのが、一番効率がいいから。」

「しかし、相手は中央軍だ。ここはまだ北方軍が羽振りを利かせているが、西域中心部に行けば行くほど、中央軍の影響力は強まる。」

「なら、比較的自治権が強いオールべ?」

「そう、いろいろ検討すると、オールべ一択になってしまうのが、不満なところだ。

身を隠す、だけなら近くに打って付けのところはあるがね。」

「どこです? それは。」

「魔王宮だよ! あそこならば統一帝国もおいそれと手は出せない。

頼りになるかもしれないものたちもいるし、ね!」

「階層主たちは、人間の政治には介入できません!」

「それでも、頼ってきたものを庇護してやることくらいはするさ!

どうかね、ぼくの推論は。」

「確かめる価値はあるかもしれません。」


秘書は、すっと手を挙げた。


奥の席で、書き物をしていた女性が、立ち上がる。

魔道院には、あたりまえの、フードを深く被った魔道士姿だった。


「確かめてきてくれる、ヨウィス。」

「まあ、そのくらいなら。」



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