第31話 吸血鬼の宴
「久しぶり。迷宮研究家。」
ショートボブの麗人は、気さくに、そう挨拶してきた。
「ヒスイ、わたしの考えてた迷宮探索とまるでちがうんだけど。」
「そうだな。これは、サリア・アシュロンのおかげだ。
彼女が、階層主の“試し”を受けていなければ、今頃は、“庭園”エリアあたりで、一泊めの準備をはじめているころだろう。」
ぼくは、答えた。
「だが、今が危険でないかといえば、まったくそんなことはない。
周りを取り囲んでいるのは、全員が、爵位をもった吸血鬼だし、リンド自身も一瞬で、こちらの意志を奪うことができる。」
「階層主の“試し”って、わたしも受けるべきなのかしら?」
「いずれ、機会があれば、な。」
壇上の肘掛のついた椅子に、ゆったりと腰を下ろしたラウル=リンドは、歳のころは、二十歳前後。会うのは初めてだが、記憶にあるロウ=リンドとそっくりだった。
髪型まで、合わせなくても、と思うのだが、互いにこれが、気に入っているらしい。
「リンド伯爵閣下。」
サリアは、チラとぼくらを見た。
ぼくのリクエストは、第三層の古竜であり、第二層の真祖リンド伯爵は、対象外だった。
しかも、ぼくたちとリンド伯爵が、接触することが、回り回って、“漆黒城”に迷惑がかかる事も話してある。
「なんだ、よそよそしい。いつもみたいに、ラウル姉様と呼んでくれ。」
「ラウル……悪いが、あなたを姉様と呼んだことは一度もない。」
「そうか?
ならば、これからはそう呼んでくれ。
して、今日は何用だ? そこの二人は、我らに対する貢ぎ物か?
なかなかの美形、それも処女と童貞のよつだが。」
「それは知らない。
わたしの所属している冒険者ギルドは、依頼人に、性的経験の有無を申告させる習慣はないんだ。」
「そうか。」
中性的な美貌をもつラウルは、充分、魅力に感じられる微笑を、ぼくとティーンに投げかけた。
「“魔王宮”の階層主を味方にできるならば、初物を捧げるくらいなんでもないわ。」
毅然とした表情で、ティーンは言った。
ラウル=リンドの表情に、不可解なものが浮かんだ。
そんな態度をとるときの、ティーンは、確かに高貴な血を引くもののを思い起越させた。
彼女の母親ではなく、彼女の祖母を。
ティーンが、何故、統一帝国の皇室を離れ、クローディア家に養子に出されたのか。
彼女がアデルの血を引くことを、ぼくはほとんど疑っていなかったが、そこいらの事情はもう少し、探る必要がありそうだったり
「ヒトが我らに血を捧げるのは、鶏が卵を産み、牛が乳を絞らせるようなものだ。
それをもって、闇の貴族が味方になるなど、有り得ない。」
サリアは、ラウル=リンドとは、親しいのだろう。
だが、ティーンとラウルが、会話を始めたとたんに、すっと身を引いて、そこからのコミュニケーションは、ぼくらにまかせた。
これは、案内人として極めて正しいやり方だった。
くわしい事情もわらかないまま、口出しをするよりも、ここからは、ぼくらの仕事なのだ。
「逆に、おまえたちと会って、その血をすすらなければ、吸血鬼としての本分に反する行いとなるだろう。」
「わたしたちは、三層に向かう途中なんだ。」
ティーンは、揺るがない。
すでに、ラウルの目の輝きは、意思の弱いものなら、自我を崩壊させてしまうレベルだ。
ラウルの脚にすがりついて、血を吸ってください、一生お傍に仕えさせてください、と懇願したって、不思議ではない。
そもそも、並の爵位持ちの吸血鬼は、亜人でも、真祖は明らかに災害級の魔物、だ。
人間とは、生き物としてのランクが違う。
「もともと、二層は通り抜けるだけだ。
それにわたしには、追っ手がいる。そいつらから、逃げるためにもできるだけ迅速に、三層に移動したいんだ。」
「かといって、第二層の主たる、わたし。
リンド伯爵の招待を断る、という筋はないだろう。」
ラウルは、立ち上がった。
「ささやかながら、おまえたちを歓迎しよう。」
「だから、そんな時間は……」
「そんな時間だ。地上の時間ならば、もう深夜だ。人間にとっては、休息と睡眠の時間だ。」
以前、地上で、ぼくはロウ=リンドの人となりを知るほど、親しくはなかった。だからあくまで、きいた話ではあるのだが、ロウは、イタズラやちょっとした嫌がらせを好み、、活発で、行動的で。そして、おそろしく面倒見がいい。
むろん、そこには、なにがしかの彼女の心の琴線に触れるものがあったら、という条件付きではあるのだが。
そして、その半身というべき、ラウル==リンドは、ロウに比べれば、やや内向的ではあるが、その分、生真面目で、やはり、面倒見のいい姉御肌の人物のようだった。
「ささやかな宴」と、ラウルは言ったが、そらは「宴」とするいえるものではなかった。
テーブルについたのは、サリアとぼくたち。
第二層の吸血鬼たちは、先ほど、ぼくたちを半ば強制的に、ラウルのもとに連れてきたクラウド騎士爵、それにライミアと、紹介された女吸血鬼だけだ。
「ライミアさんは、“貴族”じゃないのか?」
彼女を紹介したときに、爵位がなかったので、ぼくは、あえてきいた。
まさか、そんなことが。
とは、思うが、人の生き血への渇望をある程度抑えて、対話が可能になるレベルの吸血鬼を貴族とよんでいる。
ライミアは、まだ血に飢えたままの獣だと言うのだろうか?
だが、ライミアにはそんなところはまったく見られなかった。
ラウルにかわって、彼女は、給仕係の吸血鬼に指示して。酒を選び、前菜とそれにかけるソースまでを事細かく、指示した。
運ばれてきた酒は、赤い赤いワインだった。
その色が、血液を思わせることから、吸血衝動を紛らわせたい吸血鬼は、これを好んで飲む。
続いて、様々なチーズや木の実が盛られた大皿がテーブルの真ん中に置かれた。
「では、出会いと、きみたちの旅が成功に導かれることを祈って、」
ラウルがグラスを掲げた。
「乾杯、」
吸血鬼たちは、グラスを空けたが、ぼくらはてんでに、唇を湿らす程度に留めた。
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