第30話 魔王宮第二層

「よう、迷宮研究家。」

「やあ、クラウド騎士爵。」


いかにも、なインバネスコートの若者に、サリアは、手を挙げて挨拶した。


「閣下、をつけろ、閣下を。」

「騎士爵自体が、そんなに誇れるものでもないだろう?

それより、いいのか?

一応、第二層の門番をしてるんだろう?

決まりの口上は。」


やらせんのか。

と、ブツブツ文句を言いながら、クラウド騎士爵は、ぶあっさ、とコートの裾を翻した。


「“魔王宮”第二層へようこそ。勇敢なる冒険者諸君!

ここは、生と死の狭間。闇と血の貴族たる、我ら吸血鬼の封土、おまえにも聞こえるであろう。死ぬことも生きることも出来ぬ者たちの怨嗟のうめきが。

悪いことは言わぬ。ここから引き返すがよい。」


白けきった表情で、見つめるぼくらの表情に視線に、彼は泣きそうになった。


「……そうか。あえて、流血と破砕の先にある栄光を求めるか。

ならば、最後の忠告だ!」


ぶあっさああっ!

コートの裾をひるがえるのに、わざわざ風を起こしている。

なかなかに、香ばしいやつだった。


「この層では、ウィルズミラーを使った撮影、録画、録音行為は、一切禁止とさせていただいております。

もし、そのような行為がみつかった場合には、該当のウィルズミラーは、破壊いたします。また該当者は、記憶の消去を行われ、ただちに、地上に送還、迷宮管理委員会へ引き渡されます。」


「ねえ、ヒスイ。」

ティーンが小さな声で尋ねた。

「迷宮攻略ってこういうものなの?」


「無論、違う。魔王宮の階層主に当たり前を要求するな。」

ぼくは、通常は1歩ごとに罠を調べ、魔物の襲来を警戒しなければならない迷宮を思い出しながら、言った。

「それにしても、階層主の“試し”を通ることが、これほどの意味があるとは。」


二層の支配者である吸血鬼は、魔物ではない。

聖光教の迫害のため、一時期、魔物に近い扱いをされたことはあったが、基本的には、吸血鬼は、人間が変化して「なる」ものである。

心臓は鼓動を止め、呼吸も必要ない。

実際に、人から吸血鬼に変化することは、まったく違う体への生まれ変わりに等しいらしい。


変わった直後の吸血鬼は、生き血を求める怪物、そのものである。


そこから、生き物としての「生」をやり直す。

会話ができるようになるまで、まず十年。

吸血衝動を抑えて、人間に混じって暮らせるようになるまでは、約百年かかると言われている。


通常、吸血鬼は、吸血鬼が人間の血をすすることで、誕生させるのだが、そうではないものもいる。

自らの力で、吸血鬼に変化したものを、「真相」と呼ぶ。

その力は古竜に匹敵し、不老不死。

ならば、誰かが打ち倒さない限り、神や古竜のように永遠に生き続けるはずなのだが、現代において、活動が確認できるのは、ここ。

魔王宮第二層。


その階層主であるリンド伯爵、ただひとり。

正確には、ラウルとロウの姉妹だけである。


ただし、真相の力をふるうことができるのは、ラウルとロウ。ふたりが揃ったときのみ、とも言われていて、いささか、謎の多い人物であった。


ぼくらは、望みもしないのに、そのラウル=リンドの前にいる。




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