第29話 特異種

ティーンの行動は、見事なものだった。

燃える溶岩の中に、生身で足を踏み入れたサリアを救おうと、自分も溶岩のなかに飛び込んだのだ。


そう。

小悪党とは、おっちょこちょいなのである。


「ぎゃあああっ!! 熱い、熱い、あ……」

ティーンは、体を見回した。

彼女の体も燃えている。


ぼくの肉眼では、ティーンの体もサリアの見事なおっぱいも、オレンジの炎に焼き尽くされて、溶け崩れていくのが、見える。


だが、それは幻覚だ。


ぼくも続いて、階段に足を踏み入れた。


マグマ溜りのなかに、隠された通路だった。


ここの溶岩は、冷えて固まっている。

それどころか、周りの熱さえ、来ないように障壁がはられていた。


「階段の位置は、毎回変わる。」

二層へと続く階段を降りながら、サリアは言った。

「マグマ溜りのなかに、隠されているが、数日に一度、偽装がとけて姿を現すことがある。ここから、入った実は観光客向けの入口よりも、吸血鬼たちの生息区域までは、早い。」


「あんたには、その偽装がきかなかったようだな?」

ぼくは

たぶん、あのメガネがタネだ。


もし、異世界技術に由来するのもなら、なんとかその技術がほしい。


「さっきから、わたしのいた世界の技術に興味があるみたいだけど」

階段を降りながら、サリアは、振り向いた。

「わたしに言わせれば、この世界の魔法の方が驚異的だ。

人間としてのスペックには、大差はなさそうだから、要するに、人間を超えた存在、つまり、古竜やら、吸血鬼やら、神獣やらと、意思の疎通ができるのが、大きい要因のようだ。

高い山を見れば、そこへの登り方もわかるわけだからね。」


サリアの視線が、ぼくとティーンを通り越して、階段の入り口を見ているのに、気がついて、ぼくらも振り向いた。


……いた。


黒を貴重に、オレンジの紋様を貼り付けた外観をもつ蜘蛛の魔物が!


サリアは、慌てるふうもなく、手を挙げた。


「やあ。今日は客人を第三層まで、案内する予定なんだ。狩りや採集の予定は無い。」


ぼくと、ティーンは、オレンジ紋様の蜘蛛が、同じように、手、手ではないな、棘のついた脚を上げるのを見た。

有り得ないことだが、それは、炎熱蜘蛛が、挨拶を返したようにしか見えなかった。


ギムリウス配下の蜘蛛達には、量産型と、それぞれ特別な能力を付与した特異種が存在する。

炎熱蜘蛛は、特異種に相当するが、挨拶をしたり、意思の疎通ができたり、と言うような、知性はもたされていないハズだった。


「わたしは、ティーンという。」

ティーンは、同じように手をあげた。

「こっちは、わたしの仲間で、ヒスイ。

第三層の古竜を尋ねる途中なんだ。」


なるほど。


それは、蜘蛛が、己のオレンジの紋様から炎を吹き出す音だった。

だが、それはなんとか聞き取れる言葉になっている。


ぼくは、ギムリウスの蜘蛛達や同様に集団を形成することで、擬似的な知性を獲得する生き物と、意思の疎通をしたことはない。


たが、言語に似たものをもっていたとしても、彼らは人間のような発声器官をもたないのだ。

多くは、羽や脚を擦り合わせたり、顎を鳴らしたりして、交信するのだ。たとえ、その言葉を聞き取れたとしても、同じような音を発する器官が人間にはない。


「すごいじゃないか、炎熱蜘蛛。喋れるのか!」



ボボボ。


火がふきだした。なんとか、それは言葉に聞こえた。


「通じているなら、ありがたい。」


炎熱蜘蛛は、そういったのだ。

単なる事実確認だけではない。抽象的な思考もできる知性を身につけている。


「迷宮研究家よ。この二人は冒険者なのか?」


炎熱蜘蛛は、炎をふきだした。

発音はかなり、いい感じだが、難点もある。

こちらが熱い。


「少し違うようだ、ジルバード。」

サイアは答えた。

迷宮研究家、研究家、か!

たしかに、剣士でも拳士でも魔法士でもない彼女を表すには、うってつけの言葉だった。

「地上でなにか、トラブルを抱え、その解決のために、三層のリアモンド様を尋ねるつもりなのだ。」

驚いた!

炎熱蜘蛛は、知性をもっている。

そして…名付けたのは誰なのか、名前まで 持っていた。


「良ければ主上と連絡をつけようか?」

炎熱蜘蛛…ジルバードはそう言った。

「昨今は、義体のほうが気に入ったと見えて、めったに本体のほうには、意識を戻さない。だが、呼びかけることは可能だ。」


「ありがとう。でも今回の相談事は、たぶんに俗世がからむんだよ。」

ティーンは済まなそうに言った。


「大丈夫だ。どこの方面軍が相手であっても、主上と我らなら、確実に屠ることが、できる。」


ぼくはティーンに目配せした。


な?

だから、ギムリウスには、相談しない方がいいだろう?


ティーンは、引きつった笑顔で頷き、言った。


「ありがとう、ジルバード。でもわたしたちは、あなた方の力ではなくて、知恵が借りたいの。」

「ならば、確かに、我が主上よりも、リンド伯爵やオロア老師、リアモンド様のほうが、むいているかもしれない。

単純に思考だけの問題なら、主上よりも“ユニーク”のヤホウをオススメする。」


自分の創造物にけっこうなことを言われてるぞ、ギムリウス。

と、ぼくは、心の中て思った。

あまり、接する機会はなかったが、ぼぬの記憶にあるギムリウスは、可憐な肢体をもた、しょっちゅう、キテレツなことを仕出かす少年の姿だった。


「さあ。わたしたちは、先へ行くとするよ。」

サリアは愛想良く言った。

「一昨日、溶岩湖ツアーの団体さんが、“舞踏場”を出発している。そろそろ、溶岩湖に、着く頃だぞ?」


「ならば、持ち場に戻るとするか。」

ジルバードは、ガチガチと顎をならした。

「気をつけていけよ。

第二層は、けっこう寒いぞ。」


マグマ溜りの中で暮らすお前に比べれば、何処だって結構寒いだろう?


と、ぼくは突っ込もうとしたが、思いとどまった。


「ここに、比べればどこだって、寒いでしょ!」

ティーンが叫んだ。

ジルバードは、カチカチと脚を打ち鳴らした。


喜んでいるのだ、とあとで、サリアが教えてくれた。

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