第28話 こいつら!!
グリシャム・バッハは、己の力に自信をもっていた。
一対一の戦いならば、相手が古竜でも引けはとらぬ。
まして、人間の魔導師など。
そして、彼の所属する組織もまた、失われた古代文明を紐解いても、決してそれにひけをとらない超高度なレベルに達している。
中央軍は、東域、南洋域を配下に治める計画を立案し、その準備に、はいっていた。
西域、中原における半独立勢力、鉄道公社や漆黒城、銀灰、オールべ、カザリームなどは、明日にでも平らげることができる。
当然ながら、その次は古竜たちが、住まうという竜の都だ。
古竜を併呑して、その力と独自の魔法技術が手に入れば、次は、あの『神』と名乗るものたちが住まう『神域』ということになるだろう。
それは、充分、可能である。
グリシャム・バッハ自身が務める『統合作戦本部』は、そう位置づけていた。
……ただし、聖帝アデル様が頂点に君臨していただければ。
それが条件になる。
こんなところで。
これからすべてが手に入るこんなところで。
三十年法か何か知らぬが、代替わりなどで、これまでの計画が継承されない恐れがある。そんなことは、許されるものでは無い。
ぜったいに、だ。
自分自身の力と、動員できる統一帝国中央軍の力。そして、鉄の意志とダイヤの如き明哲なる思考力を兼ね備えたグリシャム・バッハは、このとき、ふと不安を感じたのだ。
名門とはいえ、たかだか、地方の魔法学校の学院長と、その秘書に。
「そ、それで」
内心の混乱を隠すため、グリシャムは口早に言った。
「アルディーン姫のお相手は、どんな方なのだ?」
聖女と見まごう秘書は、びっくりしたように目を見開いた。
表情は穏やかだったが、出てきた言葉は辛辣だった。
「グリシャム・バッハ閣下。あなたは、言葉の端々に、自分しかしらない情報を、わたしたちに漏らしてしまっています。
いまもそうです。
アルディーンに、彼がいると決めつけたような言い方をされるということは、どこかで、アルディーンが、若い男性と一緒のところを見たという情報があるから、でしょう?」
グリシャムは、無意識のうちに、眼光に魔力を載せていた。
だが、このリーシャという秘書もまた、それを全く無視した。
それどころか、若干、跳ね返しもしたのかもしれない。
ほんの一瞬だが、リーシャの顔が、まるで真っ黒な骸骨に見えたのだ。
そのおぞましさに、グリシャムは、震えた。
だが、それは、目の錯覚で、嫋やかなる聖女は、優しく微笑みながら、辛辣な言の葉を紡いだ。
「閣下に、第一層にたむろするギムリウスの眷属程度でも知性があるなら、必要な情報は、交換するべきだと、判断できるでしょう?」
グリシャムは、リーシャを穴のあくほど見つめた。
彼の頭脳はフル回転し、この秘書を、マロウド学院長から略奪し、己の欲望に奉仕させるところまで、事細かく、計画していたのだが、それはまったく表情に、出さなかった。
「昨日の夜。駅で、若いカップルが、テルメリオス行きの切符を買うのを目撃されている。」
グリシャムは、この数時間に、部下とグランダの官警を使って調べた情報を、マロウドとリーシャに告げた。
「女も男も、15、6くらい。どちらもすこぶる美形だったそうだ。女の方はコートを着込んでいたので、服装はわからんが、男の方は、魔道院の制服を着ていたそうだ。」
「それだけの情報で、その二人を、アルディーン嬢とそのお相手と決めつけるのは、どうでしょう。」
マロウドが、静かに言った。
「女の方の人そう、風体は、アルディーン姫にびったり一致する。
連れの少年に、心当たりはないか?」
グリシャムは、懐から、二人を描いた絵姿を取り出した。
切符の販売をした駅員の、精神を掻き回して取り出した情報から、描かせたかなり、精度の高いものだった。
正確な記憶を抽出するため、駅員にはかなり無理をさせた……たぶん、何日か寝込むことになるだろうが、グリシャムにとっては知ったことではない。
「女性が羽織っているのは、旅装用の折りたたみコートですね。
アルディーン嬢がこんな物を持っていたとは、知りません。だが、持っていないとも断定できない。
顔立ちは、アルディーン嬢に似てはいますね。
男性のほうは、たしかに魔道院の制服ですが」
マロウドは、リーシャを振り返った。
「うちの生徒に、居たか?」
「いません。」
聖女は、瞬時に、きっばりと答えた。
「い、いや、秘書殿も在校生全員の顔を覚えているわけはないだろう。
この絵姿を使って、調査をして欲しいのだが……」
「いません。だいたい、高度な魔法研究機関でもある我が校に、こんな若い生徒は、アルディーン以外にいないのですよ。
もし、いればそれだけで、記憶の対象になるでしょう。」
「い、いや。だが、体内の魔力量によっては、老化や成長が遅延することもあるだろう。そういった生徒の可能性はないのか?」
「それは、極めて稀なケースです。」
リーシャは答えた。
「あなた様もおそらくは、その一人でしょうが。グランダ郊外の長寿族の村を除けば、それこそ、西域すべてを合わせても、百に満たない数でしょう。そんな逸材がいれば、もちろん、わたしたちは可能な限り、優遇いたます。授業料も寮費もとりません。」
「そ!それは、さぞかし、よき待遇だな。」
グリシャムは、リーシャの長広舌に若干、引き気味にそう答えた。
「ところが、そうでもないのだ、グリシャム・バッハ閣下。」
マロウド学院長は、困ったように言った。
「あまりの優遇っぷりに一度は、満足してくれるのだが、数ヶ月続くと気づかれてしまうのです。」
「な、なにが」
「自分が学生なのではなく、単なる研究対象として飼われていることに。まったく人間というのは、やっかいなものですな。」
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