第25話 やつらの事情
ジオロ・ボルテックとランゼは、結局、クローディア行きの列車には乗らなかった、
彼らは、最寄りのターミナル駅(それは奇しくもヒスイとティーンが使ったのと同じ駅だった)に向かうと、さらにそこから、西域中心部へと向かう列車に乗り換えた。
「いったい、どこへ向かってるんです?」
「なんで着いてくる?」
半個室の1等席に、陣取った彼らは、サービス係と当たり障りのない会話をし、お茶菓子を頼んだが、二人きりになると同時に、剣呑な態度を取り戻した。
ランゼは、まず自分の質問に応えろと、言わんばかりに息を荒くして、ジウロを睨みつけた。
ジオロは、そこは一応、折れた。
「行き先は、そこの切符に書いてあるな……オールべだ。」
オールべは、帝都を除けば、西域でも最大の都市だった。歴史上、はじめて鉄道公社がその支配下においた街であり。
多くの主要路線が、ここをターミナルをして利用していた。ヒトもモノもカネも、オールべを、介さないものはひとつもなく、統一帝国誕生前の暗黒の二十年の期間にも、直接の戦火に晒されることはなかったため、あらゆる設備、機構、組織構成に至るまで、ここが、西域各都市の目指すべき理想とまで言われていた。
「オールべに行ってどうするのです?」
「待て待て。一問一答で行こう。
今度は、俺の質問に答えろ。なんで着いてくるんだ?」
ランゼは、駅中のショップで、コートや身の回りのものを買い揃えていた。
財布すら、持ってきていないランゼであったが、彼女くらいの社会的地位があれば、ウィルズミラーに、決済機能を付与することが、できる。
日帰りでいけるクローディアはともかく、これは長旅になりそうだ、と判断したゆえの買い物だった。
「あなたについて行く、と決めたんです。」
「なんで、着いて来る、の答えにはなっていないぞ。ああ」
ジオロは、意地悪そうな笑みを浮かべた。
「俺に惚れたか?」
「突然の職場放棄と失踪の原因としては、それでいいです。」
「おいおい」
「別に正解から、大きく外れている訳ではありませんし。」
ランゼの顔は、だが、恋する乙女のものでは無く、なにかの求道者、いや、もっと言ってしまえば、興味深い研究対象を見つけた学者のそれだった。
「あなたの技前を、目の当たりにして、こらをほっとけるわけがないでしょう?」
ああ。
そっちか。
と、ジオロは呟いたが、別に残念そうではなかった。
若い女に、節操なく手を出してしまった経験が彼にはあり、そういったことが引き起こす面倒ごとは、本当にこりごりだったのである。
「かつて、神竜皇妃リアモンドと引き分けたと言われる魔拳。生身の拳がいかに鍛え上げようが、竜鱗に通じるわけがないと、これは、どうせいい加減に作られた伝説の類いだと思っておりましたが」
「おいおい。少しは尊敬しろ。」
「現実に、あの竜鱗の特性を取り入れたと言われる中央軍の防護服をものともしない、あなたの技を見ていると」
「だあからあ。あれが、俺が、いや俺の親父が魔拳士と、呼ばれる所以だぞ。
拳の打撃に、魔力を乗せるんだ。これは別に秘密でもなんでもない。
俺……の父親が、魔道院で教鞭をとっていたときには、そう教えたし、実際に魔武道専攻科として、現在、俺も席を置いている。」
「ですが、炎や氷の刃、岩の槌、電撃、といった具象化された魔力を、見に纏わせることはできても、生の魔力そのものを打撃に乗せることができたのは、史上、二人だけです。
魔拳士ジウル・ボルテックと、その弟子“銀雷の魔女”ドロシー。」
「弟子入りが希望か?」
「弟子と呼びたいのなら、それでいいです。とりあえず、わたしが列車の切符を買っていることをお忘れなく。」
「しかし、なあ。ドロシーのあれは才能と……環境が産んだ奇跡だぞ。おまえをその領域にまで連れて行ってやれるかは、なんとも」
「一問一答にしましょう。」
事務局長、あるいは元事務局長は、毅然と顔を上げて言った。
「オールべに行って、どうするのです?」
「あの街は大きい。紛れて隠れるにも、あそこから別の街に移るのにも、便利だ。」
「ジオロ……」
ため息をついて、ランゼは言った。
「つまんない答えです。あなたは、身体も魂も、乗っ取られそうなアルディーン姫のたまに、義侠心で立ち上がったのでは無いですか? いえ、あなたは、あの年頃の娘が異常に好みだと文献にもありましたので、スケベ心かもしれませんが。」
「統一帝国のことは、統一帝国が。
つまりは、人間が解決せねばならないのさ。」
ジオロは、真面目な顔でそう言った。
「“踊る道化師”のような半神となった英雄たちは、そこに介入することを禁じられている。そして、俺もどうもそっち側らしい。
せいぜい、見にかかる火の粉を払うくらいしか、出来なさそうだ。」
ゆえに。
ちょうど、飲み物と茶菓子が届いた。
飲み物は、熱いコーヒー。茶菓子は、木の実とドライフルーツを、たっぷり練りこんだタルトだった。
「盛大に火の粉がかかりそうなところに、この身をおいてみる、くらいしか出来なくてな。」
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