第20話 そうする理由

店主は、驚いたように、たっぷりと、時間をかけて、ティーンを見つめた。


それから、困ったもんだ、とでも言うように、頭を振って、肩をすくめた。

小太りのオヤジがやると、なんともユーモラスに見えた。


「あのなあ、お嬢さん。ここの階層主は、全部が“知性のある魔物”すなわち災害級だ。おおきな声では言えないが、ここからここまでなら、魔物と遭遇せずに歩き回れるエリア、魔物と遭遇はするが、素材の収集か出来たり、希少な鉱物、植物が採取できるエリア。これがきっちり、決まっている。

だから、こうやって、観光目的の迷宮ツアーなんぞが、出来るわけなんだが。」


「階層主の部屋まで、案内してくれればいいんだけど。そこからの折衝は、わたしがやる!」


店主はちょっと考えてから、前金で貰いたいと、金額を口にした。

どう考えてもひと財産。

やっと成人したかどうかの若いカップルに、払える金額ではなかった。


「あのねえ。身ぐるみ剝ぐ気なの?」

「階層主に会って、命をとられてしまうのなら、財産など持っていても意味は無いし、もし、生き延びれば、全財産をはたいてもお釣りがくる。

ここの階層主は、そういう存在だし、それがわかっていて、おまえも会いたいと言ったのだろう?」


ティーンの顔に、いやあな笑みが浮かんだ。

誰かに、似ていた……思い出すことは出来なかったが。


「と、言うことは安くなくとも、階層主と会えるところまでは、案内が出来るってことね?」


しまった!

と、でも言うように店主は、顔をしかめた。


「腹芸は、ここまででいいんじゃないかな、“ダイバー”リーガン。」

ぼくの呼び掛けをきいて、店主は、いっそう、難しい顔になった。


「その呼び方をする奴は、ひとりしかいないし、そいつは、とっくに引退したはずだがな。」

「ぼくは、そいつの最期の弟子でね。名前は、ヒスイ。冒険者だ。まだ、ほんの駆け出しだけどね。」

「なにか、証拠になるものはあるのか?」

「ないな。強いて言うなら、ぼくがここにいるのが、証拠だろう。」


店主……“ダイバー”リーガンの眼光が鋭くなる。


「どういう意味だ。」

「去年。あんたが…師匠にあてた手紙を、ぼくも見てるのさ。

配下のガイドのひとりが、階層主の“試し”に通ったそうじゃないか。」


■■■■■


話は、少し遡る。

昨晩のことだ。


駅に併設された料金が、けっこう割高なホテルの一室。


「なにを考えているんだ、ヒスイ!」


ぼくの提案をきいたティーンは、さすがに目をむいて、どなった。


「せっかく、脱出したグランダへ戻るなんて。」


「ぼくらは、今のところ、世界で二人だけ。完全に孤立した勢力だ。」

ぼくは言った。

「もちろん、中心人物は、おまえで、ぼくは巻き込まれたに過ぎない。ただ、“魔拳士”ジウル・ボルテック=“妖怪”ボルテック卿が、筋書きを書いて、かの大神が、直々に絡んでいる以上、そこから、逃げ出すよりも、立ち向かったほうがいいのは、明白だ。」


「非常に回りくどい言い方で、わたしの味方をしてくれるって、言ってるのはわかる。

それは、ありがとう。」

ティーンは、一応はそう言ったが、追求の手を緩める気はなかった。

「それと、グランダに戻ることと、どういう関係があるの?」


「いまのぼくらの状況は、歴史を紐解くと、五十年前に、バズス=リウが、旗揚げをひした時の、状況に近い。孤立無援で、頼りになるものは、フィオリナただ、独りだった。」


「わたしは、戦女神のような現人神じゃないし、あなただって、悪いけど、バズス=リウには、だいぶ見劣りすると思うけど。」


「それは否定しない。」

ぼくは、正直に言った。

「似ているのは、状況だ。

相手は、世界そのものに匹敵する大勢力、対して、こちらは二人きりだ。

そして、大きな組織は、小回りのきく個人を相手にするときには、往々にしてその武器の選択を誤るものだ。

例えば、仕付け針を使うべきところに、破城槌をもちだしてしまうように、だな。」


「つまり、あなたの言いたいことは、常に相手の裏をかいて、動き続けることで、相手をミスリードできるってことね。

一応は、分かった。

でも、なんで、逃げ出したグランダなの?」


「我々には、味方、もしくは中立な立場から、アドバイスしてくれるものが必要だ。

十分な知識と、中央軍にも一定の影響力をもち、場合によっては、庇護してくれる存在が。」


「わたしもそれは考えたわ。

例えば、クローディア家とか。

でもあのジオロが、その影響力を駆使して、わたしを守るかわりに、ボディガードを召喚して、グランダからにがすことを選択したことを考えると、どこを頼っても力不足なのは、見えてるわ。

少なくともグランダに、わたしたちを匿ってくれるひとなんていないわ。」


「さて、そこでだ。」

もったいぶった話し方だな、とぼくは反省しながら続けた。

「また、話は、バズス=リウとフィオリナの故事に戻る。彼らは地上にはまったく味方はいなかったが、まったく味方がいなかったかというと、そうでもない。」


ティーンの目が零れ落ちそうなほどに、見開かれた。


「……それって、まさか。」

「そうだ。“魔王宮”だ。あそこの階層主ならば、ぼくらを匿い、助言をくれ、さらに味方になってくれる可能性がある。」

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