第21話 案内人

“ワンショット”リーガンは、周りの同様の店と一緒で、テントに毛が生えた程度。

もともと、迷宮の中なのだから、雨風の心配もないのだから、これでいいのだろう。


一応、なかには、テープルと椅子があり、「商談」ができるようには、なっていた。


少し待っていろ。


そう言って、ぼくらをおいて、店を出たリーガンは、しばらく戻ってこなかった。


「ここまでは、予定通り、ね。」

ティーンは、ぼくを見つめた。

その視線には、同じ小悪党仲間に対する共感以上のものがあったように思う。


少しは、信頼という、やつを獲得出来たのだろうか。


「問題はここからだ。」

ぼくは言った。

「ぼくも、師匠宛の手紙を読んだだけだ。

リーガンの部下の誰が、階層主の試しを得たのか。そもそもそれが本当なのかとうかも確定ではない。」


「少なくとも、そこまでは、本当でしょうよ。」


ティーンがそう言ったとき、リーガンが戻ってきた。

白いコートの女魔道士を連れている。

いや、剣や槍などの武器を携えていなかったから、そう判断したまでで、黒いタイツの上からロングコートを羽織っただけの姿は、少なくとも、ぼくの知るどんな冒険者にも当てはまらない。


「駅で、ちょっとした事件があったらしい。」

リーガンは、ぼくはの前の席に腰を下ろした。

女魔道士も、そのとなりに腰を、据えた。

俯いた顔は、フードのためか、顔立ちまでは分からない。

「さきほど、グランダ魔道院のランゼ事務局長が、駅前で、襲われたそうだ。護衛が撃退したそうだが、襲ったのは、統一帝国中央軍の筆頭魔導師グリシャム・バッハの手下らしい。

返り討ちにあって、両手両足を砕かれた襲撃者は、保安部に逮捕されたが、黙秘。

グリシャム・バッハらは、宿に籠ったまま、だし、襲われた方のランゼ事務局長とその護衛は、そのまま、クローディアに旅立ってしまって、ウィルズミラーを使っての呼び掛けにも応答無し。

両者の間に、なんらかのトラブルが、あったのは、間違いないが、事情が分からず!保安部も手をこまねいている。」


「そりゃ、大事件だ!」

ぼくは、言った。

リーガンは、疑り深い視線で、ぼくを見た。

「グランダは、ほんとに久しぶりなんだ。そんなに治安の悪い街だという印象はなかったけど。」


「ウィルズミラーのニュース配信だと、トップのトピックだ。

おまえたちくらいの若者だと、暇さえあれば、ウィルズミラーを眺めているもんだが。」

と、リーガンは、わざわざ自分のウィルズミラーの画面を差し出した。

「迷宮内は、ウィルズミラーは、禁止のところが、多いから、宿においてきて、しまってるんです。」

ティーンは、しおらしく、そう答えた。


これは本当で、迷宮内の“情報”を記録して持ち帰るのは、魔物の素材や希少鉱物を持ち帰るのと、同じ程度の危険度があった。


魔物のなかには、ウィルズミラーに記録された映像や動画を“ゲート”として、現れることができるものもいるという。

それ以外にも、迷宮内は、撮影や録音、自動マッピングを阻害する魔法が働いているところが多い。


それなりに、高価で、ものすごく頑丈でもないウィルズミラーを、わざわざ迷宮探索に持ち込まない、という選択肢は、当然存在した。


ふう。

ぼくは、胸を撫で下ろした。


ぼくらは、ターミナル駅のホテルで一晩あかしたあと、グランダに戻り、そのまま、魔王宮へ直行していた。

もたもたしていたら、駅でグリシャム・バッハと鉢合わせしたかもしれない。


「そちらが、階層主の“試し”を得たという冒険者の方ですか?」


ぼくが尋ねると、女魔道士は、顔を上げた。

細面で、知的な顔立ちだ。

かけた眼鏡は、視力矯正といつよりも、様々な情報の収集、分析のための魔導具だろう。


「サリア・アキュロンだ。」

「はじめて、お目にかかる。ボスの昔の知り合いのお弟子さんにあたる、とか?」

「ぼくは、護衛に雇われただけでね。

実際の依頼者は、こっちの女性だよ。」


真っ黒な瞳が、ティーンを見据えた。

ティーンも、サリア・アキュロンを見返した。


「ティーンという。訳があって、階層主と会いたいんだ。ここなら、それを可能にする人材がいると聞いてきた。

あなたが、そうなのか、サリア・アキュロン。」


女魔道士は、視線を逸らし、のろのろと言った。


「いかにも。わたしは、階層主の“試し”を経て生き延びている。

ただ、わたしが災害級の魔物並の猛者だと思ってもらっては、困る。案内は出来るが、そのまでの道のりは危険が伴う。

自分の身を守る自信がないのなら、やめておいた方がいい。」


「危険は承知のうえよ!」

ティーンは、きっぱりと言ったが、サリアは、さらに続けた。


「確かに。あなたが、厄介な人物なのは、わかる。

隠し武器を少なくとも、5ヶ所。身体にひそめている。だが、それは対人用のものだ。迷宮の魔物には通じない。」


「ぼくらは、別に戦うのが、目的じゃあないんだ。」

ぼくは口を挟んだ。

「戦闘は可能な限り、回避したい。」


「それでも、避けられない戦闘はある。

こらから、案内するところは、観光客用のガイドコースではないんだ。」


「ぼくも、ティーンも本業は魔道士だ。

魔法攻撃のほうが得意でね。」


サリアは、少し考え込んだ。


それから、隣のリーガンに向かって言った。


「わたしは、受けてやってもいいと思う。」

「おまえがそう言うなら、俺も反対はせんが。」


リーガンは、改めて、ぼくらを向き直った。


「おまえらが、どんな裏の事情があるのかは、知らんが、迷宮に入ったら、それはないものと思えよ。そこは、独立したひとつの世界で、階層主は、ひとりで軍団にも匹敵する。」


だからこそ、こっちは迷宮を目指してるんだ、とぼくは心の中で思った。


「ところで、誰と会いたいの?

可能かどうかはともかくとして、リクエストには応じるわ。」


「そんなに、たくさんの階層主から、“試し”を受けたの!?」


「いえ、よく勘違いされるんだけどね。

“試し”は、ともに語る価値のあるもなかどうかを判断するもので、別に力比べではないの。だから、ひとりの階層の“試し”で魔王宮のすべての階層主は、“試し”に通過したものとして、わたしを、扱ってくれる。

さあ、どの階層主に会いたい? 難易度に差はあるが、そこらも含めて、相談しよう。まず、おまえの希望から聞こうじゃないか!」




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