第三章 迷宮

第19話 迷宮入り

迷宮を中心に、街が栄えるというのは、よくある話しだ。


迷宮は、別に、空高くそびえる塔の中に作られているのではない。

地中にあいた洞窟の奥にあるわけでもない。

王宮の地下深く。

罪人を突き落とし、絶望のなかで殺すための、地下牢が迷宮化する場合も認められているが、要は、迷宮は「場所」ではなく、ひとつの独立した世界なのだ。


迷宮の維持管理には、それこそ、古竜なみの高度な魔力を備えた知性体か、または、その疑似的な役目を代行する「コア」と呼ばれる設備が、必要となることから、迷宮が完全に独立した「世界」なのか、擬似的に構築された「閉鎖空間」なのかは、諸説ある。


ぼくの説明を、ティーンはつまらなそうに聴いていた。

いけないなあ。ついつい、若いものにモノを教える説教口調になってしまう。

いまは、ぼくも見かけは、若いものなのだ。

説教口調は、やめんといかんなあ、とジジくさい反省を心の中でしていると。


「あのねえ、そんなことは、とっくに知ってるの。」

買い揃えた冒険者風の出で立ちに身を包んだティーンが言った。


「え、そうなの?」

「わたしは、魔道院の学生であって、幼年学校の生徒じゃない。」


なるほど。


若い連中が、みんなヒヨコに見えるのは、老人の悪い癖だ。

幼くても、牙をそなえた猛獣である可能性は常に存在する。


ここは、最寄りの街からは健脚のものなら、半刻。


迷宮が封印されて時期を除けば、迷宮探索の冒険目当ての宿屋や道具屋などが、軒を連ねる。

昨今は、観光地としても人気が高い。

迷宮の入り口のある、黒い石造りの神殿の中庭は、最大の闘技場のさらに倍の広さがある。


神殿の入口からみて、最も奥に、地下へと下る長い階段があった。

長い、緩やかな階段だ。

その先に、かつては、閉ざされた巨大な青銅の門があり、そこが唯一の迷宮の入口とされていた。


ぼくとティーンは、カップルぽく見えるように手を繋いで階段を降りた。


迷宮の門をくぐった先は、舞踏会場を思わせる大広間だった。

昔は、高い高い天井には、シャンデリアを思わせる照明が揺れ、魔物たちと勇敢な冒険者たちの死闘が展開されたというが。

もっともいまは、死闘も舞踏会も無理である。


広間を埋め尽くすのは、大半が土産物屋。もしくはガイドツアー募集の客引きである。


ここは、もう迷宮の中のはずなのだが。

一応、すぐ外は「神殿内」ということで、この手の商売が禁止されているのだ。

だからといって、迷宮の中で、こんな商売をするかっ!


「買い忘れた装備はないかね?

うちは一日レンタルもやってるよ。

万が一のために解毒剤と回復薬。今日はセットで特別価格だ!」

「どう? 安全確実なルートで、溶岩湖までご案内するよ。もちろん、ウィルズミラーの撮影もオッケイだ。」

「竜をみたい方は、こちらです。

一緒に写真も撮ってくれるかもよ!」


続々とつめかける者たちは、ただの観光棋客かまたは、冒険者の格好をした観光客だった。

ぼくらは、後者である。

(と、周りには思っておいて欲しい。)


一応、「スリル!サスペンス!誰も行かない深層部へあなたをご案内 玄人向けミステリーツアー 参加者募集中」と、看板を掲げたガイドツアーを、ぼくとティーンは訪ねた。


「いらっしゃい。若いねえ。マントがお似合いだ。ホントの冒者みたいに見えるよ。」

お世辞のつもりか、丸顔の周りをぐるっと髭が覆った店主は、お世辞のつもりか、そう言った。

魔道院の学生は、一般課程を終了すれば、青銅級の冒険者資格と「同等」と見なされるため、これは少なくともティーンにはお世辞には当たらない。


「どうかな。家族友人に自慢話のできる迷宮ツアーは? うちはちょっぴり危ないところも案内しちゃうんだけどね。

そのかわりひょっとしたら、手付かずのお宝が手に入ることもあるよ。」


「どこまで、入れるの?」

ティーンが充分、年相応の純真そうな顔で尋ねた。


「吸血鬼の住む暗黒宮殿。なんと古竜にも会えるかもしれない大空洞。死霊の救う虚無の空隙。迷宮そのものがひとつの生物とも言われる謎めいた階層。

なんでも承るよ。まあ……料金はそれなりになるけれど。」


「うーん。」

ティーンは考え込んだ。

「ちょっと違うなあ。」


「とっておきの名所も案内出来る。まずもって、うち以上ガイドは、いない。」


「場所じゃないんだよなあ。ほんとのところ。」


「古竜をみたい、とかかい。それは流石がに。

会えそうな場所につれていくことは出来るし、安全も、ある程度は保証できる。

だが、相手も知性のある生き物なんで、確実に、どうのこうのは、言えねえのさ。」


ぼくは、ティーンに目配せをした。

このガイド屋。「“ワンショット”リーガン」は実はそれほど流行ってはいない。

大半のガイド屋は、本当に迷宮内部の安全なコースを、身振り手振りでもりあげて、冒険をしたように、客に錯覚をさせて金をとる

のが商売だが、ここは、違う。


いまとなっては、絶滅してしまった昔ながらの「冒険者ギルド」。その中でも迷宮攻略だけに特化したギルド。

通称“潜り屋”と呼ばれる専門性の高いギルドだったはずだ。


ティーンは、なかなか魅力的な笑顔を、店主に向けた。

彼女は、美人だ。


フィオリナともアデルとも違う。リウど違う。

いや、共通するものはあるのだが、もう少し線の柔らかい。

ひとを安心させるような、温かみのある美貌だった。


「わたしは、階層主に会いたいんだ。」

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