第14話 統一帝国

ジオロ・ボルテックは、かなり雑に扱われた。

連れていかれたのは、円形の闘技場である。

攻撃魔法の効果測定、あるいは、本当に魔法や魔道具、武術を使った試合に使われることもある。


そこを使ったのは、なかなかよいアイデアだった。

闘技場は、しばらく貸し切りにしても問題ないし、通路にひとを立てておけば、第三者に不用意に接近されることもない。


砂がひかれた闘技場の地面に、投げ出されて、ジオロは呻いた。


統一中央軍の隊長は、細身の剣を抜き、ジオロの口に、無造作に、それを突き刺した。

剣は頬を抜けて、ジオロの頭を地面に釘付けにした。


「無理に喋れとは、言わない。」


剣はそのまま、頬を切り裂いた。

出血が、砂を濡らした。


剣はもう一度、ジオロの口に差し込まれ、口腔内をズタズタに掻き回した。


「喋るな。おまえに聞きたいことは、なにもない。

あ、いや、そうだな。もし、おまえがアルデイーンをどこに逃がしたか知ってるならそれだけは、聞いてやる。もちろん」


剣が、ジオロの耳を切り飛ばした。


「言わなくて構わない。我々は速やかにアルディーンを見つけるし、今度は甘やかし足りはしない。

いまのアルディーン状態は、我らの目的のためには、充分だと判断された。

我々は、いまのままのアルディーンを欲している。」


剣先が、ジオロの目をくり抜いた。

視神経が繋がった眼球を、隊長は、自分の口に入れると噛み砕いた。


「だから、おまえはもういい。

喋りたいことがあれば喋れ。それが少しでも我々の利益になるようなら、その間だけは、活かしておいてやる。」


「……我々?」

弱々しい声でジオロは、言った。


「そうだ! 統合中央軍光帝派だ。

アデル陛下による永遠の御世を欲するものの集まりだ!」


ここまで、ついて来ていたランゼの顔色が徐々に変わっていく。

無表情から、驚愕に。


「おまえらの派閥の目的ということか!」

ジウロは、口から血と唾を吐き出しながら、叫んだ。

その顔を、隊長は、軍靴の踵で踏みにじった。

「我らは、唯一、光帝アデル陛下のご意志を反映するものだ。

クソのような派閥どもと一緒にするな!」


「ダキシム少佐…」

ランゼが、静かに隊長に呼びかけた。再び彼女は冷静さを取り戻し、仮面を被ったよう無表情となっていた。

その彼女に向かって、ヒュウと音をたてて、ダキシムの剣先が伸びた。


ランゼは、軽く頭を振って、それをかわした。髪が数本、切られて宙を舞った。


飛び退いたランゼを、ダキシムの部下たちが取り囲む。




ヒュウ。

ランゼが呼気を吐いた。

それが、高速圧縮された魔法詠唱だったのだろう。

7つ、8つ。卵ほどの紫電の塊が産まれて、兵士たちに向かう。当たれば、即死かどうかはともかく、意識を刈り取るには、充分な威力があったはずだが、その隊服の表面を滑るようにして、紫電は消滅した。


防ぐ。というよりも、魔法と布地が反発を起こすかのような、ランゼにも初めてみる現象だ。


「そいつを、殺せ。グランダ魔道院は、統一帝国に背いた。」


ダキシム隊長が、そう断定した。

ランゼは。無表情のまま。

兵士たちの剣先から、逃れるようにさらに距離をとり、指先を広げて、両手を伸ばす。


完全無詠唱で、10本の炎の矢が射出され。

兵士たちの隊服に、むなしく火花を散らした。


「無駄だ。」

ダキシムが嘲笑うように言った。

「我々の隊服の布地は、竜鱗にヒントを得た特殊な繊維で織られている。およそ、個人で使える魔法では、ダメージは通らんよ。」


ランゼとの距離を詰め、剣を振るった兵士の、懐にランゼは飛び込んだ。

踏み込みの勢いと体重移動を込めた肘打ちは、兵士の胸板を撃ち抜いた。


そのまま、肩を極めて、兵士を投げ落とす。


打撃の威力も吸収されてしまうことを、当たった感触で悟ったランゼの変化技だった。

これは、ダメージが通った。

肩が外れた苦痛に、顔を歪めながら、兵士は無事な方の腕と両足を使って、ランゼを拘束した。


「体術は、まあまあだな。」

ダキシムが冷たい笑を浮かべた。

「だが、ここまでだ。無駄な抵抗だったな。

おっと!」

足元のジウロが、身を起こそうとしたのを、油断なく、またも腔内に剣を突き立てた。

「おまえも無駄なのだよ、ムダ……」


ダキシムの顔色がかわった。

ダキシムは、このまま、剣を突き立てて、ジウロを殺すつもりでいた。だが、その剣は。

押しても引いてもびくともしなかった。


ジウロが笑った。

剣の切っ先を、「食い止めた」まま笑った。


ガツン!


剣の先が消失した。

折れた、のではない。ジウロが、剣を食いちぎったのだ。

そのまま、ゆっくりと、ジウロ・ボルテックが、身を起こす。

ちまみれの顔。

だが、ダメージは?


切り裂いた頬は?

抉った眼球は?


手枷が。足枷が。

自ら外れて落ちた。まるで、この男の体から一刻も早く、逃げ出したい、とでも言うように。

魔法封じの首輪は、無数のヒビが生じ、次の瞬間、砂となって消滅した。

そんな素材で作られてはいないのに。


そして、最後に。

魔力を侵害する両腕に掘られた刺青が、粒子となって、消えていった。


とっさに、兵士のひとりが、ランゼを羽交い締めにして、その首すじに、短刀を押し当てた。人質にしようとしたのだろう。


ブフッ!


ジオロが口から吐き出した剣の切っ先が、その額を貫ぬき、兵士は白目をむいて崩れた。


「魔力封じの紋章は!」

ダキシムが叫んだ。

「貴様は魔力を練ることすらできないはずだ。」


「なんというか。」

おお、痛えといいながら、ジオロは、口の周りの血を拭ったので、ぜんぜんダメージではなかったわけではないらしい。

「魔力を封じるにも魔力を使う訳だが。

その魔力を乱してやれば、魔力封じも外せる。」


「魔力を使わずに、どうやって魔力を乱した!」


「そこらは、我が無頼無神流の奥義だとでも言っておこう。」


ジオロは、大きく伸びをした。

まるで、無理やり縮こまっていた身体を伸ばしたようだった。


「魔力体力強化の紋章魔法を、逆に使うとあうのは、いい発想だった。」

ゆっくりとジオロは、歩く。

気圧されたように、ダキシムが退く。

「せっかくなので、分析させてもらった。

魔力封じの首輪のほうは、語るに足らん!

俺が一言でも魔法の詠唱にはいれば、それに耐えきれず、崩壊しただろう。いくらなんでもボルテックの名を名乗るものを捉えるのに、こんな粗悪品を使うことは、害悪だ。

まあ、おかげで。」


おおおっ!!

兵士の1人が飛び込んできた。

体を沈めて、地面すれすれの位置から、さかしまに斬撃を繰り出す。ジオロはその剣を二本の指先で掴んでとめた。

続くジオロの膝蹴りを、兵士はかろうじて両腕で、ブロックした。

その身体が大きくふっとぶ。


統一中央軍の制服は。

竜鱗の性能を取り入れたもので。

魔法にも、斬撃にも、打撃にも、無類の耐性を持つ。

はずだ。

だが、兵士は、座り込んだまま、動けない。


ジオロの膝蹴りをブロックした、両腕が砕かれていた。


「で、まあ、おまえがぺちゃくちゃと喋ってくれたおかげで、おかげで、いろいろとわかった。」

ジオロは、物憂げな顔で、一歩一歩。統一中央軍の兵士たちに近づいた。


「ボルテックさまっ!!」

ランゼが叫んだ。

「噂は、本当でした!!

アデル陛下の魂を、アルディーン姫の身体に移すことで、皇位継承を行う準備が勧められています!」


「おまえ、裏切ったんではなかっのか?」

ジオロの質問に、ランゼは、無表情で答えた。


「イヤダナア。ソンナコトアルワケナイジャナイデスカ。」


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