第15話 魂移し

「中央軍が、動いている、だって?」

明日の朝の始発までは、あまりすることもない。

ぼくと、ティーンは、駅の構内の宿泊施設をとった。


部屋は、ツインのベットだけの最小限の個室。

なにしろ、乗り換え待ちの機能しかない駅だから、あらゆる施設が最小限だった。

これなら、宿泊や飲食などは、この「街」に任せてしまったほうがよかったのだが、なまじ、「駅の構内ですべてが完結できる」というコンセプトで、駅舎が作られたため、街は発展せず、かといって、駅中の施設も酷いもの、という結果になった。


しかも、値段は高い。


ベッドに腰を下ろしたティーンは、足をブラブラさせながら、応じた。

「もともと、いろんな勢力がわたしを監視しやすくするために、わたしを魔道院に置いたんだ。クローディアの“銀狐”もいるし、グランダの“影”もいる。“亜人城”も高位吸血鬼を送り込んでいたし、戦女神神殿も、北方族の手練れたちだっていた。

何で、中央軍だけがいないと思うんだ?」


「統一帝国中央軍が、特別な存在だからだ。

分かりきったことを聞くな。」


部屋はせまかった。

ぼくは、考え事をする時のくせで、部屋をうろうろと歩き回りたかったが、ベッド二台が置かれた部屋には、そんなスペースはなく、ぼくは、とんとんと足踏みしながら、頭を悩ませた。


「つまり、やつらは単におまえが、皇位継承者たちに、なにかあったときのスペアではなく、別の利用法があったから、接近してきた、とそういう事か。」

「うん。まあ、少なくともこれまでは、あまり関心がなかったはずなんだ。」


ティーンは、思い出すのも不快そうに顔を顰めた。


「健康診断、と称して徹底的に身体を調べられた。医者のまえで、肌を見せるのは、なんでもないと思っていたが、ああもめちゃくちゃにされるとかな。血を取られて、口からも鼻からも、なにかの管を入れられた。

……ったく!」

顔を赤らめて、ティーンは続けた。

「下半身もいろいろ、差し込まれた。

とくきわたしが処女かどうかは、重要なポイントだったらしい。もう少しで破瓜の相手が、検診用のチューブになるところだった。」


「まるで、おまえの身体そのものになにか価値がある、とでも言わんばかりだな。」

ぼくは、コートを、羽織ったままの、ティーンを横目で見ながら言った。

口では強気でも、行動は、道徳並びに法規を逸脱するほど、果敢でも、やはり年相応の少女なのだ。

「つまり、皇室の血を引くかもしれない、後継者候補になるかもしれない、おまえという個人ではなく、おまえの身体そのものが、目的だった、ということだ。」


「頭はよく回るみたいね、転生者のヒスイくん。」

「うん。たぶんそれで、選ばれたんだろう。」


あとは、正義感とか道徳とか社会通念とかを適当にスルーして、最善の行動がとれるからだろうな。


「ぼくが考えたストーリーはこうだ。

中央軍は、いまのアデルという個人にそのまま、皇位にあってほしい。だが、アデルは自分の決めた三十年法に、あくまで拘って、退位を決めている。

そこで、中央軍が考えたのは、義体にアデルの魂を移す方法だ。これなら、別の人格として、引き続きアデルが、皇帝位を継続できる。

義体の研究ならば、グランダか、カザリームが双璧だからな。

ところが、義体に魂を移しても、それが本当にアデルであることを証明し、皇位継承の権利が生じるかは、微妙なものがある。一定期間、自律稼働した魔道人形には、たしかに、独立した人格が認められ、さまざまな権利も付与されるが、なにしろ、皇帝位だ。

はいそうですか、と認められる可能性は極めて低い。」


「わかったわ。あなたの前世は、“背教者”ゲオルグね。その頭の回転の速さ、わたしを慰めるより、真実にたどり着こうとする傍若無人さ。間違いないわ。」


たぶん、ティーンは、嫌がらせで言ったのだと思う。

ゲオルグは、なかなか毀誉褒貶の著しい人物で、たしかに一度は、“世界の声”という神々の集合体に組みし、暗躍し、多くの破壊をばら蒔いた。“調停者”として、暗黒の二十年にあって、和平と調停に東奔西走していた時期も、その動きは、公平中立ではなく、“黒の御方”バズス=リウにかなり、肩入れするものだった。

そんなふうに言われている。


「そこで、中央軍が白羽の矢をたてたのが、ティーン、おまえだ。

アデルの血を引くおまえなら、現在の継承者をなんとかしてしまえば、正当に皇位を継げる。その身体に、アデルの魂を移せば」


「……わたしは消える、わね。」


「弾き出されるか。融合されて消滅するか。」

ぼくは、真実にたどり着いたうれしさで、軽くステップを、踏みながら叫んだ。

「そうか! 弾き出されたおまえの魂の受け入れ先の義体。それを用意するために、ボルテックが呼ばれたのか。

だとすると」


百年に渡り、魔道院に君臨した大魔道士ボルテック卿。

魔拳士ジウル・ボルテック。

その息子、ジオロ。

すべてが同一人物だ。


相手が中央軍だとはいえ、そうそう遅れをとるとも、思えない。

だが。


「おい。まさかと、思うが、ジオロは、おまえを逃がすための案内役として、ぼくをよんだのか。だとしたら、」


あの妖怪魔導師の思うがままに、ぼくは動いてしまったことになる。


「たしかに、ジオロは、わたしに一時、身を隠すようにすすめてくれたわ。

そのための場所と、味方になってくれるもなを用意するから、待て、と。

でもそうもいかなかった。

皇都から、グリシャム・バッハが到着するって、」


「なんだ、グリシャム・バッハとは。」


「知らないの!?

いま、世界最大の魔導師よ。中央軍のお抱えで。その専門は魂移し。

移す対象が遠く離れていても、意志の同意が、なくても魂を移してしまえるという希代の大魔導師なの。」



■■■■■



さて。

憂鬱な顔で、ジオロは、周りを見回した。


中央軍の兵士。

その全員が、地に倒れふしている。


「な、な、な、なんなんだ、おまえは!!」


ひとり残ったダキシムは、折れた、いや食いちぎられた剣を握りしめて、叫んだ。

その足元に湯溜まりができて、湯気をあげていた。恐怖のあまり失禁したのだ。


竜鱗に、匹敵するはずの彼らの制服は。


ジオロの拳をまったく防御でしなかったのだ。


「うむうむ。なにか、中央軍とグランダ魔道院には誤解が生じたようだ。

魔道院は、別段、統一帝国ならびに中央軍に対して含むところはない。」


「き、きさまっ! これだけやっておいて」


「現場が誤解に基づいて、暴走したのだなあ。

すべては、現場の指揮官たるおぬしの責任となる。」


「そ、そんな!!」


「いやあ。でかい組織というのは、そう動くのよ。」

ジオロは楽しそうに言った。


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