第13話 ジオロの災難

ヒスイがいなくなったことに、気がついたのは、ランゼが最初である。

もともと、ジオロ・ボルテックが、かつての学院長、魔道院の妖怪ボルテック卿だと知るものは少ない。

彼がちただの学生の身でありながら、個人用の研究室をもち、いずこかより呼び出した英傑の魂を、自らの作った義体に宿らせたのも、ランゼ以外は知らない。


ヒスイ、と呼ばれることになった少年を、起こしに行ったのは、ランゼ自らである。

寝室には、ヒスイの姿はなかった。

用意した制服もなくなっているので、自分で起きて食堂にでも行ったかと、学食におりてみたが、その姿はなかった。

顔立ちは、まえもって、ジオロが完成させた義体を見ている。


まさか。

ひとりで、外出か?


魔道院は、校内への出入りはゆるゆるだが、流石に各棟への出入りは、少なくとも夜間はセキュリティが働くようになっている。


夜半から明け方への研究棟とそれに付属する宿泊棟からの出入りはなかった。

つまり、ヒスイは行方不明ということになる。


急いで、ランゼは、ジオロのもとに向かった。

なんだかんだで、ランゼは一族3代にわたってこの化け物に使えていることになる。


案の定、恐ろしい目つきで睨みつけられた。


ランゼは、事務方ではあるが、この学校の卒業生である。

その彼女が、失神しそうになるほど、怖い目つきだった。


「研究棟からの出入りは、なかったと言ったな?」

「そうです。正門が閉まる時間から、いままで、誰も出入りしておりません。」

「用意した制服は、なかった、と言ったな。マントはどうだ?」

「マントは……用意しておりません。」

「俺がやったんだ。素っ裸では、食堂にもつ連れていけないからな。」

「それは……ありませんでした。」


チッと、ジオロは舌打ちした。


「校内をブラブラしている可能性もあるが……探せ。」

「はい」

と、ランゼは頷くしかなかったが、それでも聞き返さずには、いられない、

「ジオロ様。いったい誰を召喚して、あの義体へと魂を移したのです?」


「ああ。」

ジオロの目つきが、いっそう剣呑な物になった。

「おまえは、知らなくてもいい。」


不満を無表情に隠して、一礼して、部屋を出ていくランゼの尻のあたりを眺めながら、ジオロ・ボルテックは思った。

若いからだというものは、確かにメリットが大きいのだが、デメリットもないわけではない。


現に、彼は自分の部下であり、幼女の頃にも何度か顔を合わせている、ランゼの肢体に魅力を感じている。

あるいは、同じことが、ヒスイにもあったのだろうか。


それで、ふらふらと校外に。

夜間のセキュリティに、かからなかったとすれば、まだセキュリティが作動する前の、宵の口に魔道院を出たことになる。

だが、かなりの酒量をいれたヒスイが、そうそう直ぐに動けるとも思えない。


それに、彼は金銭をまったく持っていないはずだ。


ジオロは、すっかり、考え込んでしまっていたので、ランゼが戻ってきたのに、気づかなかった。


彼女はひとりではなかった。


光沢を帯びた布地で作られた制服を着た兵士の一団と一緒だった。


ジオロが怒鳴る前に、兵士たちのリーダーが口を開いた。

「魔道院二回生のジオロ・ボルテックだな。」

「ひとに名を聞くときは、まず自分から名乗れ、と教わらなかったのか?」


ジオロは言い返した。

見慣れない布地の制服は、恐ろしいまでの防御力を、もっている。

こんなものを用意できるのは、それぞれの地方自治体が間に合わせに用意した治安維持軍ではありえない。


「我々は、関係のない第三者を誤って拘束してしまう恐れのあるため、おまえの名を誰何した。拘束されるおまえは、拘束するものの名をいちいち知る必要はないだろう。」


「統一中央軍、か。」

ジオロは、うめいた。


「我々は警察ではないから、おまえを逮捕することは、できない。拘束するだけだ。」

「そこらの言葉遊びになにか意味がいるのか?」

「抵抗した場合、それ相応の武器が使われるということだ。」


少し考えてジオロは、手を挙げた。


「わかった。なんの嫌疑か分からんが、同行しよう。だが、俺も忙しい身でな、手短に頼む……」


ドズッ!

鈍い音をたてて、その腹筋に槍の柄が打ち込まれた。

屋内ように柄を短くした短槍だった。


ジオロの体がふたつに折れて、床に転がった。


「い、いきなりなにを。ランゼ!!」

胃液を吐き戻しながら、ジオロは、忠実な部下の顔を見あげた。

ジオロの体に、兵士たちは手馴れた様子で拘束具をつけていく。


喉に嵌められた首輪は、呪文もしくは、それに相当する「力ある言葉」を発すると、電流が流れる。

両腕に、薬品をぬった針山をなんども突き立てられ、ジオロは苦痛のあまり、体を動かそうとした。

だが、思うように動かない。


剣山は、なんどもジオロの両腕を刺し、擦り付け、薬品と塗料を流し込んで、鎖で出来た蛇のよつな奇怪な紋様を刻みあげた。


「それはいったい」

ダラダラと血と苦痛の脂汗を流すジオロを、眺めたランゼが、兵士に尋ねた。


「これは、紋様術だな。」

ぐったりしたジオロに、手枷足枷を取り付けながら、隊長は言った。

「通常は、魔力、体力の強化ために、身体に刺青を施すのだが、これは逆だ。体内での魔力形成を阻害し、筋力を弱める。

統一帝国中央部では、一般的な刑罰に過ぎない。」


「いえ、しかし」

ランゼは、静かな声で言った。

「彼の嫌疑はまだ確定した訳ではないのでしょう?」


「我々は、警察ではない、と言ったのはそういうことだ。」

兵士たちは、自分で立つことも出来なくなったジオロを乱暴に持ち上げだ。


生気のうせた目が、ランゼを、一瞬捉えた。


「ランゼ、いったいなにを」


「ジオロ。あなたには、魔道人形を使って、アルディーン姫の逃亡を助けた疑惑がかかっています。」

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