第12話 小悪党と夜を駆ける

グランダの街が、遠くになっていく。

「異世界」の友人から、きいた話では、「夜行」といって、夜に列車を走らせるのは当たり前のことらしい。

だが、この世界では、まだまだ夜は夜の生き物のためのものだ。


いま、ぼくとティーン…本人の申告によれば、アルディーン・クローディアのいる世界では、今くらい時間はともかく、夜を達して、列車を走らせることは無い。


「ずいぶんとグランダも発展したものだな。」

地上の星のように見える街灯りが遠ざかるのを見ながら、ぼくは、ぽつりとつぶやいた、


「はあ。」

何かに気がついたように、ティーンがにんまりと笑った。

「あなたが転生してきたのは、異世界じゃなくって、この世界の違う時代ってことね!?

おそらく、史上最大の跡目争いになるであろう、初代“統一”皇帝の後継者争いに、妖怪ボルテック卿が招いたのは誰かしら。

上古の英雄剣士ブラホワルド?

ギウリーク聖帝国の礎を築いた三代目“剣聖”ガルフィート伯爵か?

いや、そんな大昔でなくとも、英傑はいくらでもいるわね。

クローディア大公国中興の祖となった“大公”陛下とか?

神にもっとも近い冒険者“燭乱天使”ローゼン・クリュークか。

はたまた、かの女神とも親交厚かったバルゴール伯爵夫人ミュラか。

そういえば、神をも欺く魔導師“背教者”ゲオルグも最近、入滅したときいているよ。」


ティーンが適当に、ぼくの前世について、考察している間に、ぼくは別のことを考えていた。


「で、姫君。」

「ティーンでいいわよ。」

「ディーン。きみはなぜ、逃げ出したんだ?

そして、どこに逃げるつもりなんだ?」


ティーンは肩を竦めた。


「まず、二つ目の答えよ。

どこに逃げるかは考えてないわ。

で、ひとつめの答えなんだけどね。

わたしは、もともと皇位継承者のスペアとして、魔道院に軟禁された状態にあったの。」


「スペア? つまり、統一帝国で一緒に育てられている後継者たちに、なにかあった場合の予備ということか?」


「そういう事!

優秀な人材をひとつところに集めて、よきライバルとして、切磋琢磨させる。そして、互いに殺し合わせるかわりに、そのうちの誰がが、皇帝の位についたときは、それをサポートする優秀なスタッフとして機能する。

悪いアイデアじゃないし、歴史を紐解けば、一時の銀灰のように、皇位継承者ごとに各派閥がバックについて、互いに殺し合うようなやり方よりは、だいぶマシでしょう。

ただ、それが思うようにいかない場合だってあるわよね。」


「いくら、きれいごとを言っても、やはり、皇位にはつきたいか。」


「そういう事!!

しかも、それは12名の候補者の中から、ひとりでも離反者が出たら、その瞬間に崩壊する。」

「そして、現実にそのようなことが起こったか、少なくもとその兆候となることがあった。」


「そういう事!」


これはどうもティーンの口ぐせらしかった。

ぼくは、ゆっくりと感想を述べた。

「“教育”と資質によほど、自信をもっていたのか。そう言ってしまうと、アデルもブの悪い賭けをしたものだ。」


「皇帝陛下をご存知なの、ヒスイ。」


「雲の上の存在に、いちいち敬称をつける習慣がないだけだ。」

ぼくは、皇帝陛下などになるまえのアデルを知っていたが、まだ、この少女にくわしく話す気はなかった。

「そのアデル……陛下の落胤だというのか?

おまえが、か?」


「サッパリわからないんだ。」

わずかな路銀をせしめる為に、ひとり美人局を目論んだ女は、本気で困ったような顔をした。

「わたしが、統一帝国の帝室から、クローディア公家に養子に出されたのは、事実だ。本当に幼子だったので、当時の記憶はまったくない。

単純に、不義の子だったのかもしれないけど、アデルは女帝だ。

この三十年で、複数の男性との浮き名は、ある。

実際に、12名の皇位継承者のなかには、父親の違う子もいるしな。

ならば、わたしだけが、養子に出された理由はなんだ?」


「なるほど。それがわからなければ、どこに逃げて、どうすれば、いいのかすらわからない、というところか。」

ぼくとて、多少はひとより頭は回るつもりでいても、とっさになにか知恵が浮かぶ訳ではない。

「そうなんだ。

去年まで、クローディアの家で、今にして思えば、実質的に軟禁状態だったんだから、魔道院へ入学させられたときは、うれしかったんだねど、ここでも常に監視の目がついている。

というより、クローディアの監視だけでは、不十分なために、魔道院にぶち込まれた!

そんな感じがしてしょうがない。」


「監視、とはいってもひとりで外出は、出来たんだろう?

それほど、酷く束縛されていたとは、思えないけどな。」


「授業そのものは、楽しかった。一緒に学ぶ仲間もいたしね。

だから、そうね。監視とか束縛とかいうよりも、観察、が適切なのかもね。」


「観察?」


「そう。わたしの内在魔力、健康状態、趣味趣向、そういったものをじっくりと観察されていた。なんのために、と聞きたくなるでしょうね。」


ぼくは、考えてみたが、皇室の血を伝える数少ないスペアだという以外の理由は思いつかなかった。


「ここに来て、ひとりの皇帝と11名の補佐官という長年に渡り、アデル帝が次の世代のために、作り上げてきた体制が、くずれるような何かにが起きた。

一方でアデルの引退は、目前に迫っている……」

「ま、まて! それは自分が作った『三十年法』に縛られているだけだぞ。

そんな法は皇帝に対してのみは無効。または、政権が混乱するからという理由で、引退を延期すると発表すれは、済む話ではないかな?」


「小悪党、よね、ヒスイ。」

別だん、嫌悪することもなく、ティーンは言った。

「ホンモノの悪党は、自分のつくったルールに縛られるのよね。」



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