第4話 望まぬ転生
転生!!
ぼくは目を上げた。
天井は、なんの飾りもない。タイルが貼られていて、電球がいくつも光っている。
転生というからには、いったんは赤ん坊の姿に戻されるのだろうか。
首を動かすと、同様に冷たく、タイルの貼られた壁が見えた。
いや、個人の家じゃないな。
病院かなにかで、生まれたばかり、という事なのだろうか。
ぼくはしばらく、動かずにいた。
赤ん坊の体は、柔い。
間違って、寝台から転げ落ちたりしたら、それだけで致命傷になりかねない。
ぬうっ。
と。目の前に男の顔が現れた。
20代になったばかりの、精悍な男の顔だ。
「なあにをやっている。」
男は言った。
なんだ?
こいつが、わしの、いやぼくのいまの父親なのだろうか。
それははっきり、言って、嫌だな。
ぼくは、抱っこしてもらおうとして、手を伸ばしたが、その手はビンクの柔肌に包まれた赤子のものでは無かった。
「へえ。」
大体の状況を飲み飲んだぼくは、そのまま身体を起こした。
神域で、かの神様と別れた時の身体のまま。
おそらくは十代半ばの少年の身体だ。
ただし、服はなにひとつ身につけておらず、体はビショビショに濡れていた。
男がタオルを放ってよこした。
ぼくは、とりあえず全身をぬぐったあと、絞ったタオルを腰に巻き付けた。
「気分はどうだ?」
「ああ? そうだな。腹が減ってる。」
自分でそう言って、ぼくは驚いた。食欲など、積極的に感じたことなど、もう何年もなかったのだ。
「ここは、どこだ?
いや、いまは何年だ? おまえがここにいるということは……いや、超越者に片足を突っ込んだおまえがいるだけでは、何年たっているかはわからんな。
そして、なんのためのにぼくは呼ばれたんだ?」
「神域で、あれとは話をしたのか?」
男は、乾いたタオルをもう一枚、放った。
もう少し体をきちんとふけ、ということらしい。それに魔道士のマントも。
「したぞ。ただし、あそこは神域ではないそうだ。あれが、もともと誕生した異世界だそうだ。」
「なんと!」
男は好奇心まんまんで、ぼくに顔を近づけた。
「で、どんなところだ? 鉄の船は、空中に浮かんでいたか?」
「まあ、待ってくれ。」
ぼくは辟易して、彼を推しやった。
「ぼくが、どこかで必要とされているので、転生しろと言われただけだ。
正直、そんなものは望んでいないし、滞在したのも、ほんの数十分。あいつの家とかいう場所で、話をしただけだ。
何一つ。見ていないし、なんだったら会った人間はやつひとりだ。」
「やくにたたんなあ。」
という顔をしながら、彼は実際にそう口にした。
「ぼくの質問にも答えてくれ。ぼくが死んでから何年たっている?
ここは、どこだ?
ぼくはなんのために、転生させられたんだ?」
男は、ちょっと考えてから。
飯にしようか。
と言った。
ぼくが目覚めたのは、なにかの研究室のようだった。
いくつかセキュリティをくぐり抜け、ぼくは食堂に案内された。
一度に50名は食事できる広い食堂だ。
食事の時間とははずれているのか、誰もいなかったが、男は構わずに厨房に、おーい、なんか、食えるものを二人前だ。急ぎで頼む。
と、声をかけた。
設備やぼくの、目覚めた研究施設のような部屋からも、ここは、個人の家では無い。
ほどなく、シチューとパンが運ばれてきた。
ぼくは、本能の要求するがままに、パンにかぶりつき、その香りと甘味を楽しんだ。
うまいっ!!!
美味いと感じるのは何十年ぶりだろう。
高級なパンではない。シチューも具材は、余り物の肉片や野菜くずばかりだ。
だが、それが胃の中におさまること時代が、たとえようもない快感だった。
「間違ってたな。」
ぼくは、ぼやいた。
「三大欲求などというものは、超越したつもりでいたが、たんに老いた身体が、それを積極的に欲しなくなっただけ、か。
老いが、体や思考までも制限し始めてしまっていた、と。
そういう、ことだな。」
「おまえとは、かれこれ三十年会っておらんから、知らん。」
男は自分も健啖に、食事をたいらげていたが、不快そうに言った。
「隠遁した、という話はきいた。正直、おまえの存在自体、すっかり、忘れておったよ。」
男の話し方は、ときどきジジくさい。
たぶん、彼の御年は、150を超えているはずだ。
だが、その外見は、二十代。精悍な拳士のそれだった。
「引退したのは、本当だ。」
「で? なんでくたばった? 誰かに殺されたのか?」
「寝入りばなに食った粥を、寝ながらもどしてしまって。窒息だ。」
「だれか、処置をしてくれるものはいなかったのか?」
「いない。なんとか身の回りの事は自分で出来ていたからな。」
「そうか。ある意味、大往生かもしれんな。おおいっ!」
男は手をあげて。厨房を呼んだ。
「シチューを、もうひと皿。それに芋の細切りをあげたヤツをくれ。」
「あと、麦酒も。」
「麦酒を、ふたつだ。」
未成年だから。という、理由で、酒は断られるかと思ったが、男は気にせず、オーダーを通してくれた。
「ここは、北方だな?」
ぼくは言った。
「まあ、あたりだが、なぜそう思った。」
「このなり、だぞ。西域の中心部なら、未成年の飲酒にはもう少しうるさい。
異世界転生、ではなくもといた世界での転生か。面白くないなあ。」
「よく、しゃべるし、よく、食う。」
男はニヤニヤと笑った。
「この間まで、くたばりかけたジジイだったとは思えんな!」
「それで、いまはいつ、だ?
いや、この間まで、くたばりかけていただと言ったな。あれからいくらもたっていない、ということか。」
男は、自分のウィルズミラーを取り出して、ぼくに見せた。
日付と時間が表示されている。
神聖統合歴29年……。
そのときになって、自分がいつ死んだか正確に覚えていないことに気がついた。老いは、日々の経過も。いまが何年何月か、といったことも、どうでもよく思わせてしまうのだ。
「アレから啓示をうけて、おまえの体を用意するのに、まるひと月かかった。」
男……魔拳士ジウルは言った。
「だから、事態はまるでかわっていない。いや時間の経過分、悪化しているだけだ。」
「ああ……」
無為に過ごした10年を、ぼくは心から後悔した。
アレが、ぼくを叩き起して、転生させたのは、いまジウルの言った『事態の悪化』とやらに、関係しているのは間違いなさそうだ。
だが、それが、なんだか。
さっぱりぼくには、分からない。
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