第2話 小悪党人生

わしは、戦乱でいまはもうない街の貧民街で生まれ育った。

幸いにも豊富な魔力をもっていたわしは、地元の小金持ちに金を出してもらって、魔法を習うことが出来た。


かよわせてもらった学校はかなり、まともなところで、魔法以外の学問も基礎から、みっちりと教えてくれた。


もちろん、そんな地域で金を持っているやつは、少なからず裏社会に関わりがあり、合法非合法を問わず、金儲けには手段を選ばないタイプの者ばかりだった。

金を出してくれたわしのパトロンが、わしをどう使おうと思っていたかは、わからん。

縄張りを争っての小競り合いは、しょっちゅうだったから、そういった戦力として、使おうと思っていたのか。


だが、卒業の直前に、そいつは殺された。

対立組織が、腕のいい冒険者を雇ったのだ。ふざけたことに、あとで調べたらキチンとした冒険者ギルドを通した正規の依頼で、やつらも別に、暗殺を初めとした荒事や裏仕事を専門にやっている冒険者崩れではなく、まっとうな冒険者だった。


……下町に蔓延るならず者を退治してくれ。

と、まあ、そんな依頼だったらしいが、依頼人もまた、下町に蔓延っているならず者のひとりだった、と。


わしは、かなり優秀な生徒で、はっきり言って、こと攻撃魔法については、その学校で、学ぶこともなかった。

なので、そのまま、退学の道を選んだ。


資金的にどうしようもなくなったからではない。

そこいらのチンピラをあしらえる程度の魔法はすでに身をつけていたから、何がしか、金を稼ぐ方法はあった。

だが、それ以上、魔法学校で学ぶことがあるとは、とても思えなくなったからだ。

……まあ、わしも若かった。


授業に意味はなくても、「卒業証書」に意味があることを知ったのは、故郷の街を離れて、さて、冒険者にでもなるか、と、とある街の冒険者ギルドを訪ねたときだった。


多少の魔法が使えても、魔法学校の卒業証書がないと、錆級からでないとスタートしかできないのだ。つまり、やれることは下水の掃除とか街角の掃除とかドブさらいとか、ない。


もう少し「出来る」つもりでいたわしは、ギルドの受付に相談し、冒険者学校に入学する道を選んだ。



当時は、無料で学べる(それどころか、寮まで用意してくれる)冒険者学校も存在したのである。


3年かけて、わしは、冒険者学校を卒業した。

これは、正直にいい経験だった。


冒険者学校は、学校に通えなかった貧者のこどもに、手に職を与えてやる、という社会的な政策の一環であったのだ。


何のために、そんな事を。

と、当時、わしは嘲笑ったものだったが、考えてみてもらいたい。


ここを卒業しなければ、早いか遅いかはともかく、彼らは、犯罪に手を染めるしか、生きる術がないのだ。


毎年、千人の犯罪者を減少させられるとしたら、これは、為政者にとっては、損な取引ではあるまい。

一方で、一人前の冒険者も、多く在籍していた。

わしのようにまともに、学校を出なかったため、冒険者資格を取り損ねた者や、いままで辺境の地で、冒険者をしていて、ギルドへの登録を怠っていた者などだ。


わひは、どちらともウマがあった。

その後も彼らの一部とは(悪事を含め)ツルむことになる。


わしが、魔道の授業を通じて、興味をもったものは、人間の上位存在。

災害級の魔物と呼ばれる「意志の疎通が図れる人間以上の存在」だ。

それらは、もちろん珍しいがまったく手に届かないものでもない。


吸血鬼たちは、人間を捕食しなければならない為に、人間の街に暮らしている。

正体を隠して、街を流れ歩くものが大半だが、なかには血に対する欲求を充分に制御できるものもいる。こういった吸血鬼は、爵位をもって呼ばれるのが普通だ。


冒険者が、ともに、パーティを組むこともありうる心強い存在だ。

まあ、吸血鬼側からみれば、非常食と一緒にいるつもりだけなのかもしれん。


人間の文化をこよなく愛する古竜は、正体を隠して、人間に混じっていたりする。

一流国家ともなれば、古竜と親睦をもっておくのは、ステイタスでもあるから、たとえば、なんらかの名誉職を与えて、貴族として、遇することもありえない話ではない。


これも運がよければ、「会える」タイプの超存在だ。


一方で迷宮に潜れば、それ以外の“災害級”にお目にかかることもできる。

危険度は、こちらのほうがはるかに高い。

なにしろ、そいつらは、迷宮主や階層主として、迷宮を守る立場にあるわけで、迷宮攻略のために、やって来た冒険者とは、最初から相性はよくないのだ。


あとは、神々がいる。

いまは、次元を事にする別世界にしか存在しない神々もその昔は、直接、人間の呼びかけに答えたり、自らの血統を人間に伝えたりすることがあったらしい。


ここからは、自慢話だ。

わしは、そういった超常の存在どもといやに相性がよかったのだ。




ふむ。

ワシは、それなりに才能のある魔道士だったし、冒険者学校で出てからは、裏も表も裏も構わずに、仕事をこなした。

後暗い仕事を生業とする冒険者どもからは、一目おかれ、あるいは、完全にひとの道から外れた犯罪者どもともうまく付き合ってきた。


育ちが育ちだけに、善悪の判断が鈍いのか。

と、ワシは、悩んだこともある。

だが、別段、まっさらの冒険者たちと、迷宮に素材をもとめて潜れば、仲間を庇って負傷もする。

一方で、裏切った組織の者がいかに命乞いをしようと、短刀を振り下ろす速度を遅くすることはない。


「それが、正しいのですよ。」

これも、高位アンデッドである元聖女殿からの言葉になる。


「正しくはないような気がするが。」


「正しくないのが正しいのですよ。」


通り客から、小銭を巻き上げるインチキ占い師のようなことを言う。

ワシはそのとき、けっこう怖い顔をしていたと、思う。


「善悪など。その局面によってすぐに、かわるのですわ。

1枚の神の表と裏のように。

あるいは生と死のように。、」


彼女の手のひらが。美しい顔を覆い……手を退けると、そこには、真っ黒な骸骨が笑っていた。同時に瘴気だふきだす。

魔道の訓練を受けたことのないものだったら、それだけで、意識をもっていかれそうな瘴気だった。

もう一度、手を振ると、顔はもとの聖女のそれに戻り、あたりの空気も清浄を取り戻した。


「一番、わからんのが、あなたのような人間をこえた存在が、俺ごときの木っ端魔道士とまともに対話をしてくれる事なのだが。」

わしは、たぶんそのときまだ四十代。

それなりに、主に裏社会で、名を知られるようにはなっていたが、こんな超大物が「会話 」を、してくれる相手ではない。


「あなたは、誰に対しても同じ態度だ。」


わしの疑問に答えるように、彼女は言った。


「恐れられたり、敬われたり、そういった不純物の感情があなたには、全くないのです。

それは、有限寿命者を前にしたわたしたちには、とても珍しいものなのですよ。」



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