小悪党、転生する~悪事を重ねてのし上がって大往生、これでいいやと思ったらなぜか周りが離してくれません。
此寺 美津己
第一章 悪党は意外としぶとい
第1話 死ぬにはいい日だ
今日は、死ぬにはいい日だ。
わしが、そんなふうに思い始めたのは、もうかれこれ20年ばかり、まえからだった。
なかなか、意味深げな言葉だが、わしの言葉では無い。どこかの誰かの格言だ。
出典はわからぬ。
もともとは、勇猛を持って知られる冒険者の言葉だったのとか。あるいは、異世界の格闘者が、大事な試合の前にふともらした言葉だったのか。
死も生も存在のあり方の表と裏に過ぎない。
死んだ記憶のない、わしにはピンと来ないが、実際にこれはアンデッドの友人からきいた言葉だ。
彼女は、いわゆる“災害級”。
魔物でありながら、知性を獲得した超常存在だ。直にきいた言葉なので、嘘でないのだろう。
それに、しても死んでいるものは、いまさら生きたいとは思わないし、生きているものは、死にたくないと考える。
だから、「死ぬにはいい日」というものはありえないはずだが、わしにとってはもう何年来、そんな言葉を反芻する日々が続いていた。
別に、傍からみて、悲惨な生活を送っていたわけではない。
それどころか、もともとが悪党のわしには、過ぎた人生だった。
経済的にも。そして社会的な地位やまわりののものたちの尊敬など。
充分だ。いや充分過ぎる。
ワシの生業は、魔道士だ。
正規の学校を出ていない以上、正確には、魔道士崩れなのかもしれないが、そこそこの腕をもっている。
だが、伝説のナントカや不世出の天才カントカや、過剰魔力による老化遅延で、寿命を持て余すような存在ではない。
もてる魔力は限られ、寿命もまた、有限のものだ。
それでいい。
そして、わしはもう生きることに、喜びを感じなくなっていた。
若いころのわしに、聞かせたら、さぞ驚愕するだろう。
名酒も。
どんな珍味も。
そうだな。若いころはあれほど夢中になった、美しい女たちに対しても。
欲しい。
手に入れたい。
そう思う欲望が、消えていった。
本能的な欲望からして、そんな具合だったから、知識に対する探究心や、向上心、名誉欲や承認欲求などもなくなっていた。
ここ二十年。
地位と名声で得た屋敷を処分したワシは、この海辺の街のコンドミニアムで、寝たり起きたりの生活を続けている。
少しずつ、体は不自由になり、少しだけだが、思考も鈍くなった。
何度か死に至る病の兆候はあったが、わし自身の魔法で、治癒させてしまったから、問題は無い。
問題はないはずなのに、身体は疲れやすく、動きも鈍くなっていく。
慢性的な痛みが、治しても治しても定期的に襲ってくる。
その日。
食べたくはなかったが、なんとなくの習慣で、粥を食べた。
そのまま、眠りについたのだが、夜中に、粥を戻した。
わしは。
眠っていたのだと思う。
吐瀉物で気道がふさがった。
なんどか、力無く咳き込んだあと。
わしの心臓は停止した。
したいこともなくなり。
なにもかもが億劫になったあと、苦痛を感じずに死ぬ。
悪童の末路にしては、十分すぎる恵まれた最期だった。
まさに、「死ぬにはいい日」だったと。
そう思わんかね?
ひとは、無限に生きることなど出来ない!!
それは無益で、愚かしいことだ。
身体を構成する計算式の問題では無い。
知性を、一般程度の知性のある魂程度では。そこまで長いときには、耐えられないのだ。
これもアンデッドの友人の受け売りなのだ。
記憶というものは。魂に刻まれた傷のようなものらしい。
長く生きれば生きるほど、魂は、ズタズタに傷ついていく。
だから。人間は死ぬのがよいのだと、彼女は言った。死んでまっさらになって、また産まれてくるのが正しいのだど。
「死んでも、生前の記憶が、残ってるなら、一緒ではないか?」
わしは、そのとき、彼女にそんな疑問を投げかけた。
「よく、気がつきました。」
彼女はそう褒めてくれた。
「無限の記憶に耐えうるように、魂を進化させることは可能です。
それが出来たから、わたしはここにこうしているのです。
できなければ、『死』の衝撃で理性は崩壊するでしょうね。」
「魂の進化?」
わしは、うなった。当時、わしはいくつだったか。60か。あるいは、もっとか。
「それは、わしにも可能なのか?」
無限に生きたくなった訳では無い。無限寿命に耐えられる魂とそうでないものがあることに、興味があったのだ。
まだ、色々な事柄に探究心を残していたころだった。
古竜や、神獣や、上位の“貴族”など無限の寿命をもつ存在は、そのような特別な魂をもっている、という事なのだろうか。
「そうであるものも、そうでないものもいますよ。」
聖女の姿をしたアンデッドは、愛想良く答えた。
「古竜たちは、すべてがそうですが、吸血鬼はそうでもありません。なにしろ、上位者によって、半ば無理やり、不死者となってしまうのですからね。」
「……相応しくない魂が、不死、とは言わなくとも不自然に長いときを過ごせば?」
「魂そのものが、欠損して消滅します。輪廻の輪に戻ることもない消滅です。
正直、たんなる『死』よりたちは悪いのです。」
「ちなみに、ワシの魂は?」
「ふつう、です。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます