神樹幻惑 5
タンタンタン。
家の雰囲気に見合わない鉄製の階段をおりる。
家の捜索で室内に人が誰もいないことがわかった。
そして外に出た痕跡もない。
それらの理由からステラの眼は室内の開かずの扉に向けられた。
そしてそれに答えるかのように
昼間かかっていたはずの扉の鍵は嘘のようになくなっていた。
扉の先には地下に誘う鉄製の階段が大きな口を開けていた。
階段を下った先は、先ほどの暖かな自然は噓のように消え去り
何かの研究施設のようになっている。
長い廊下の壁にはよくわからない機械が埋められ謎の数字を並べている。
ますますただ事ではない気がしてきた。
そして地下に降りて気が付いたことがある。
音。
これがいつから聞こえてきていたのか。それはわからない。
まるで急にモスキートーンを認識してしまったようなそんな感覚。
ただその音はステラにとって驚くほど不快であった。
規則性のない音の羅列が上昇下降を繰り返し、
後ろでは鉄板に針を立てて引っ搔いたような音が漂っている。
加えてその音は廊下を進むにつれて露骨に大きくなっている。
白を基調とした一本道の廊下がその変化を顕著にステラに示してきた。
そして廊下の奥の両開きの扉の前に立つと、
人感センサーが反応し、機械音とともにその扉は滑らかに開いた。
言葉にできない不快音。
その出どころは扉を開けるとすぐに断定できた。
少し薄暗い真っ白な部屋の中央に置かれた謎の機械。
スピーカーのようでオルゴールのようで楽器にも見える。
とにかく見たことのない何か大きな機械からその音は発せられていた。
機械の前にシンジュが立っている。足元には大きな布の塊が乱雑に捨てられていた。
ステラはハルマキの名前を叫ぶ。
横たわった人の影から反応が返ってくることはなかった。
ハルマキの状態を今考えるのは無駄だし、そんな余裕はない。
ステラが前に足を進めようとしたときシンジュの声がそれを止めた。
「君。家族はいる?」
その言葉は簡単な問いであった。ただ重かった。
言葉が今まで物理的に経験した重さの何十倍も重くステラにのしかかった。
ステラは自身が姉を探してこの島に流れ着いた事柄を簡潔に説明した。
シンジュはそれを聞いて少し悲しい顔をした後、ステラに提案する。
この島で一緒に暮らさないかと。
この島でなら「姉はいないが姉と静かに暮らしていける」と。
この時。すでにこの言葉の意味を理解するには十分なほどの情報と
その情報の整理がステラの中で完了していた。
無言の人々。
手つかずの食事。
要はこういうことだ。
簡潔に言うと幻覚が最も表現として近いだろう。
ただそれは集落全体。この森すべてを包み込むような集団幻覚であった。
はじめに入った多くの民家では
迎えてくれた人物とは別に必ず無言の人物が存在した。
そして三件目に訪れた一家の父親と子供は食事に一切手を付けない。
極めつけにその登場の仕方は露骨なものであった。
母親と思しき人物が名前を呼ぶと二人はどこからともなく現れたのだ。
先に家に入った時は声どころか物音ひとつしなかったというのに。
そしてこれはシンジュの家にも当てはまる。
先に家にステラが侵入した際には家中見て回ったのにもかかわらず誰もいなかった。
それなのにシンジュが呼ぶと子供たちが音もなく現れた。
腐った食べ物を気にしなくなっていたのはステラもまた幻にそそのかされていた。
そういうことだろう。
ただし。いつまでもこの偽りの安寧を享受するわけにはいかない。
やることは一つだ。
明らかに様子のおかしいあの機械か。はたまたシンジュ当人を打ち破るほかない。
ステラは服の下に隠したナイフを引き抜いた。
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