神樹幻惑 4

ステラは集落の少し離れにある家の前に立っていた。ここに「シンジュ」といういわゆる村長的な人物がいるらしい。

家の扉を叩く。コンコン。軽い木の音が響く。

だが、反応は無い。

外出中だろうか。しかし呑気に待っている時間は無い。

この場合、シンジュを探しに行くのが最も道徳的な道であろう。

ステラはハルマキを家の壁にかけて座らせた。


ステラは開いた窓に体を通し廊下に足をつけた。

家の中はかなり整頓されている。ここは風呂場だろうか。

木の落ち着いた香りがする普通の家だ。

薬はどこにあるのだろう。

ひとつ鍵のかかった部屋を除いて調査を終え、ここが最後の部屋だ。


扉を開けるとそこはリビングであった。一見特に妙なところは無い。

が。

突如ツンと奇妙な匂いがステラの鼻の奥を刺した。

この匂いは嗅いだことがある。

海岸で拾っても食べてはいけない類の匂いだ。

部屋を軽く歩くと簡単に匂いの元が見つかった。

大きな机の上に放置されている食べ物。

綺麗な木製の皿。整えられた配置。それが嘘のように並べられた酷い匂いの食べ物。

2人分の腐った食事と綺麗な室内の様子の対比は訪問者に明らかな異常を発信するのに十分であった。


壁掛けの棚の中の救急箱に手を伸ばした時、ステラは背中に声を当てられた。


「青の錠剤が解熱剤。」


ステラがびくっと背を伸ばす。

咄嗟に振り返るとリビングの入口に女性が立っていた。

翠色の少し波打った髪。下りた右の前髪が目にかかっている。

頬には変わった刺青。星か。いや花だろうか。

随分落ち着いた様子の女性。泥棒と鉢合わせてこの余裕である。

普通は双方幾分か驚くべき状況では無いだろうか。

色々考えている間に女性は落ち着いた様子で布で包んだ何かを広い腰掛けに寝かせた。

ステラは一瞬横たわるハルマキに目を向けた。

その次の瞬間。

ステラは天井を見ていた。

背中が痛い。旋毛で人の気配を感じる。

彼女は護身用に拾っていたナイフをステラから取り上げると机に置いた。

彼女は驚いた顔のステラに小さく微笑むと口を開いた。


「もう出てきて大丈夫よ。」


するとリビングに小さな少年と少女が入ってきた。

彼らは彼女の子供だろう。少し怯えている様子だ。

彼女がステラを星の旅人であると伝えると彼らの目から警戒心が消え去った。

ここではまだ知らなかったが星の旅人というのは有名な絵本の登場人物らしい。

それからしばらくの間ステラは子供という自由の申し子に振り回されることとなった。


ここに彼女はいないでしょ?


夜。ステラは妙な気配で目が覚めた。

訂正する。「あの女」の声で目が覚めた。寝覚めの悪さの最高記録はたった今更新された。

ちょっと寒い。

見るとリビングの廊下へ続く扉が開いている。

夕食後あの子たちと遊び疲れて寝てしまったようだ。

ぼーっとした頭をゆっくり動かして周囲を見る。

あれ。ハルマキがいない。

先程の「あの女」の声が頭でこだまする。

すると今までの安らぎが嘘のように嫌な予感が溢れてきた。

今までなぜ忘れていたのか。あの食器。あの匂い。

いや。いつの間にか気にならなくなっていた。

ステラは頼りないナイフを握りしめると再度家を探索した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る